30話「天界の洗礼」
ペルフェクティオ下層――シャリドールでの検問さえ通過すれば、種族や身分を問わず誰であっても立ち入りを許される開放区。
地上の機能性と芸術性を追求した現代的な建築群と、天界特有の神秘的な白亜の建物が見事な調和を持って混ざり合い、敷き詰められた石畳の上を、商売や観光のために訪れた地上の多種多様な者たちが行き交う。
大型ヴィジョンには、地上のアイドルの姿が映し出され、巨大な商業施設の外壁のポスターには、見慣れたサブカルチャーの商品が描かれていた。
「ここが、本物の天界……」
本来であれば、好奇心のままにゆっくりと街を巡りたいところだった。露店に並ぶ魔道具の数々、地上と天界それぞれの特産品を一堂に集めた商店街、遥か遠方にそびえる世界樹を臨む広場。
しかし、今のリナにそのような贅沢は許されなかった。
「おい、さっさと歩け! ここに長居してると、一生出られなくなるぞ」
視線の先を進む二人の背中は、神々の地――ペルフェクティオ中層、そしてそのさらに先にある世界の中枢へと、迷いのない足取りで突き進んでいく。
だが、ベスタの警告はもっともだった。下層の浮かれた群衆が、この「規格外の二人」を見逃すはずなどないのだから。
「おい、あれベスタ様じゃないか!?」
「隣にいるのはサオリ司令官だぞ!」
波紋が広がるようにざわめきが瞬く間に伝播し、色めき立った人々がサインや握手を求めようと一気に距離を詰めようとする。
あっという間に人垣が築かれ、リナの視界は押し寄せる群衆の壁によって塞がれた。
「道を開けろ! 緊急任務中だ!」
氷のように冷徹な一喝――サオリの鼓膜を震わせるほどに鋭い声が響き渡った。
同時にベスタが、ただそこに立っているだけで周囲の空間を圧迫するような、凄まじい威圧を解き放つ。
二人の「最強」が放つ覇気に、詰めかけようとした人々は蛇に睨まれた蛙のように硬直した。
「……ひっ!」
誰かが短い悲鳴を漏らし、波が引くように人々が後ずさる。
先ほどまでの熱狂的な歓声は一瞬で消え去り、そこには静まり返った一本の「道」だけがぽっかりと残された。
二人は何事もなかったかのように堂々と、人々の中を通り抜けていく。
しかし、人々の好奇に満ちた視線は、「英雄」と「最高司令官」のあとを追う一人の銀髪へと集中していく。
「……おい、あのお二人が連れ歩いている方は……誰だ?」
「天界のツートップ自らが案内しているんだぞ。とんでもない実力者に決まっているだろう」
人々の勝手な想像は、リナの華奢な外見などお構いなしに、あらぬ方向へと加速していく。
その時、一人の男が手にしていた端末の画面から弾かれたように視線を外し、興奮気味に声を張り上げた。
「……待て、知ってるか!? シャリドールで『アイスドラゴンの頭焼き』を平らげ、あろうことか『竜の血』まで一滴残らず飲み干した化け物がいるらしいぞ!」
「なんだって!? あんなゲテモノを食える奴が、ベスタ様以外にもいるっていうのか!?」
群衆の視線が一斉に、背中に突き刺さる。
「まさか、あの人が……」
「間違いないわ、私聞いたことがあるもの! 地上には『竜』ばかりを好んで捕食する、恐ろしい化け物がいるって。きっとあの人に違いないわ……彼女は、『竜喰いの美食家』よ!」
(……違う、違うから! 無理やり完食させられただけで、自分から好んで食べてるわけじゃないから!)
心の中で全力の否定を叫んだが、口に出す余裕は一秒たりともなかった。
前を行くベスタは、肩をひくひくと揺らして漏れ出る笑いを必死に堪えていた。
「……リナ殿、ここの噂の広まりは光よりも速い。諦めるんだな」
サオリが同情するように、しかし、どこか冷徹なアドバイスを投げかけた。
下層に響き渡るざわめき。それは英雄たちへの畏怖から、いつしか「地上からやってきた謎の美食家」への興味へと変質していた。
リナは顔を伏せ、燃えるように熱い耳を隠しながら、一段と速度を上げた二人の背中を必死に追いかけた。
◆ ◇ ◇ ◇ ◇
「安心しろ、リナ殿。もうじき、このうるさい奴らとはおさらばできる」
どこまでも続いているように思えた賑々しい下層の景色は、しかし、街を遮断するようにそびえ立つ巨大な壁によって、突如として終わりを告げた。
街道の先には、分厚い壁を穿つように巨大な門が構えられ、その前には門番をしている白銀の甲冑たちが並んでいた。
「まあ、私はあっちのほうが嫌いだがな……」
吐き捨てるように、ベスタが低い声を漏らした。
壁の向こうに広がるのは、ペルフェクティオ中層――神々の住まう高貴なる領域。だが正確に言うなら、住んでいるのは純粋な神々だけではない。
まずは、神に直接仕える天使たち。彼らの中には、もともと中層の地に住んでいる高位の存在もいれば、出稼ぎのためにやって来ている者も混ざっている。しかし、どういうわけか、純白の翼を背負っているというだけで、彼らに対する入域のチェックは相当甘くなるようだった。
対して、この地に足を踏み入れられる人間は極めて限られている。特別な役職に就く者、警備を担当する聖騎士、そして代々天界に仕える名門の一族。
そのうちの一つ、御神楽家――サオリの姓は、選ばれた血筋たちの中でもとりわけ広く知られており、特に軍部において長きにわたって天界を支え続けてきた。
門番たちへと歩み寄ったサオリが、静かに何かを告げている。
最初、彼らはためらう素振りを見せたが、直後、サオリの顔を見て凍りついたように表情を硬め、壊れたおもちゃのように何度も首を縦に振った。
どうやら、またあの最高司令官は横暴を働いているらしい。
「問題ない。通っていいそうだ」
何事もなかったかのようにサオリは告げたが、眉唾な話である。
「……ただ、一つだけ……」
ふと表情を陰らせたサオリは、どこか気まずそうにリナへと視線を滑らせた。
「……この先、何を言われても……基本無視してくれ」
慎重に言葉を選ぶように、彼女は忠告した。
「え……?」
突如の警告の意図を測りかねていると、すぐ隣でベスタがゲラゲラと笑い出した。
「今から行くところは、超陰湿だからな。まあ、安心しろ。正面から喧嘩を売るような度胸のある奴はいねぇからよ。万が一売られたとしても、その時は私が買ってやる――」
「――今の言葉は、お前にも釘を刺したつもりだったんだがな!」
サオリの鋭利な視線が、一瞬でベスタの顔面を射抜いた。
「毎回毎回、お前はここで何かしらの問題を引き起こしてるだろが!」
「いや、いつもやらかしてるのはお前――」
「――今日はただでさえグレーゾーンなんだからな! これ以上、騒ぎを起こすなよ!」
サオリの剣幕に、ベスタは諦観したように小さく肩をすくめた。
「……まあ、今日はリナもいるし、大人しくするつもりだったけどな。……私は」
どうやら、壁の向こう側――神々の世界も、一筋縄ではいかない厄介な場所であるらしい。
リナは不穏な気配を感じ取りながらも、前を行くサオリとベスタの背中を追って歩みを進めた。
◇ ◆ ◇ ◇ ◇
門の向こう側に広がっていたのは、下層の活気ある喧騒とは正反対の、静謐と完璧な秩序に満ちた街並み。地上の現代的な建物は影を潜め、視界を埋め尽くしたのは天界の伝統たる白亜の建造物ばかりだった。
だが、その厳かな景観の中で際立っていたのは、あまりにも異様な「腰を下ろす場所」の多さ。街路に並ぶベンチ、削り出された石段、果ては打ち捨てられたように置かれた無数の椅子。
そして、その過剰なまでの居場所が用意された理由は明らかだった。
椅子たちは、そのすべてが完全に埋め尽くされていた。ぶくぶくと肥え太った体躯の者が深々と腰掛け、その周囲を無数の人影が恭しく囲む。
言われずとも分かった。
席に座る者たちこそが支配者――「神」であり、群がる者たちが、彼らに奉仕する従者なのだと。
ある神は手元の携帯端末が発する光幕に没頭する。ある神は、隣に座る同類に、自らの使いを誇らしげに自慢する。ある神は、可憐なアイドル衣装を纏わせた使いを踊らせ、ペンライトを振り回して熱狂する。
神秘と静寂に包まれていたはずの街並みは、地上から持ち込まれた欲望に毒され、歪で滑稽な空間に塗りつぶされていた。
(どうやら、横暴なのはベスタとサオリだけじゃないみたいね)
神の側に控える従者には、二種類いた。一つは、白翼を持つ者――天使。
そしてもう一つが、神でもなく天使でもない者――つまり、自分と同じ人間。本来は神と天使と少数の選ばれた人間にしか立ち入れない領域に、神々は自分たちの“お気に入り”を連れてきているようだ。
「なんだ、ゴリラ二匹が、芋娘を連れてきおったぞ」
突如、ひとりの神がリナを指差しながら、不躾な声を上げた。
その蔑む響きに引かれるように、周囲の値踏みするような視線が一斉にこちらへと集中する。
「うーむ。“あれ”なら、儂の“ペット”の方が愛らしいのう。どうじゃ、元々は地上でインフルエンサーをしておったんじゃ。なかなか良い身体であろう?」
「いやいや、拙者の推しの方が断然かわいいでござりますよ。なにせ、こっちは元アイドルですから。インフルエンサーなんて、所詮は素人の集まりです」
「3次元か。興味ないね。今はイベントクエストの周回で忙しいんだ」
思わず歪みそうになる口元を、手で抑える。
サオリの警告も、ベスタがこの場所を嫌う理由も、すぐに理解できてしまった。
「相変わらず、性根の腐った奴しかいねぇな!」
ベスタの声が、朗々と響き渡った。
「自分じゃ指一本動かせねえゴミどもが、好き勝手いいやがるじゃねぇか!」
隠す気すら感じられない嫌味。大人しくする、というさっきの言葉は一体何だったのだろうか。
中層の空気は一瞬で凍りついた。神々が次々と顔を赤く染め、蔑みの声を上げ始めた。
「なんと野蛮な……耳を疑うぞ!」
「『リーヴァ』様に気に入られているからといって、調子に乗りおって!」
「これだから穢らわしい『混血』は――」
――ドゴォォォン!!!
罵倒を叩き割るように、空気を揺るがす衝撃音が響き渡った。
神々のすぐ背後の白亜の壁に、頭を丸ごと突っ込めるほどの深いへこみが穿たれている。そのあまりの威力に、神々もその使いたちも言葉を失い、硬直していた。
「……ああ、大変申し訳ございません。誤って石を蹴ってしまいました」
平然とした声音で頭を下げたのは、サオリだった。
「なにぶん、長旅で足が疲れておりまして……以降、重々気をつけます」
先ほどまで威勢よく騒ぎ立てていた神々は怯えたように口を噤み、逃げるように視線を逸らした。
サオリは一度息を大きく吸い込むと、再び悠然と足を進め始めた。
「ニヒヒ……見たかよ、リナ。あいつ、口じゃあ私に『規則を守れ』だのなんだのうるさく言うくせに……本当は私のことが好きすぎて、たまらないのさ」
ベスタがリナの方へひょいと腰を屈め、いたずらっぽく小声で耳打ちした。その貌には、友の過保護とも言える怒りっぷりを心底楽しんでいるような、不敵で、だがどこか嬉しそうな笑みが浮かんでいた。
「……今、何か言ったか?」
「いやぁ、なんでもないぜ。な、リナ?」
誤魔化すように、ベスタは手でひらひらと手を振った。サオリは不審げに眉を寄せたが、小さく鼻を鳴らして前を向いた。
そんな二人の姿を見つめながら、リナは静かに確信した。
彼女たちの間には決して他者が立ち入ってはならない、信頼や友情のような一種の「不可侵領域」が存在するのだと。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
下層と中層を隔てていたのと同様の、清廉さと威圧感を漂わせた白い巨壁が前方に見え始めた。
その壁の向こう側に広がる世界こそが、ペルフェクティオ上層――最高権力の集う世界の中枢であろう。
「リナ殿、気を引き締めろ。さっきの門番は天界軍――つまり私の管轄内だった。だから多少の“融通”も利いたが……この先の門を守護するのは『聖騎士』たちだ」
門の前には、純白の鎧に身を包んだ三人の騎士たちが、道を塞ぐように整然と並んでいた。
「奴らは『最高神』直属。指揮系統が私たちと違う」
サオリの言葉は、この先の相手には融通という名の横暴が効かないことを、暗に告げていた。
「ハハッ、大丈夫だろ! 私らが揃って『通せ』って一言凄んでやりゃあ、あいつらだってビビって道を譲るに決まってる!」
◇ ◇ ◇ ◆ ◇
「――サオリ殿、ベスタ殿。現在、あなた方の立ち入りは許可されておりません。直ちにお引き取りを」
ベスタの楽観は、氷のように冷徹な一言によってあっけなく打ち砕かれた。
三人の聖騎士たちは一切の怯みを見せず、手にした長槍を交差させ、鉄壁の拒絶のように道を阻んだ。
「チッ……やはり平時に入れるわけがないか」
サオリが苦々しく舌打ちを漏らす。彼女が懸念していた通り、彼らの前では軍における階級や個人の名声など無価値なようだ。
「あぁん? 何言ってやがる! あたしらの貌を忘れたのかよ。大事な用があるっつってんだ、そこをどけ!」
ベスタが苛立ちを露わにし、聖騎士の鼻先まで貌を近づけて凄む。
だが、騎士たちは微動だにしない。彼らの瞳は絶対的な武力を誇る英雄を前にしてなお、風一つない水面のように静まり返っていた。
「……これ以上の問答は、叛逆とみなす! 直ちに立ち去られよ!」
「なら、どうするってんだ? お前ら三人ごときで、私に勝てると思ってんのか!?」
徹底された職務遂行ぶりに、ついにベスタの額に青筋が浮かび上がった。彼女の身体から、太陽のような黄金の魔力が放たれ、周囲の空気を圧して膨張を始める――
「――ベスタ! 一度引くぞ、みっともない!」
「痛っ……! 痛い痛い! わかったから、離せって!」
魔力が爆ぜる直前、サオリの手が伸び、万力のような力でベスタの腕を掴んでその動きを強引に制止させる。
ベスタは跳ね上がるように声を上げて腕を振り払うと、折れていないかを確かめるように手首を回し、忌々しげに腕を擦った――
「――お待ちください! 『ルードゥス』様、お戯れはお控えください!」
壁の向こう側から、場にそぐわない慌ただしさと、必死に誰かを制止しようとする聖騎士たちの焦燥に満ちた声が漏れ聞こえてきた。
その喧騒を、まるでBGMのように聞き流しながら、軽やかに門を飛び出してきたのは、チャラついた男だった。
長く美しい金髪を、まるで玉ねぎのように何段にも束ねた独特すぎるヘアスタイル。目元には薄い色のサングラスをかけ、神聖さとは程遠い胸元を大胆にはだけさせた軽装を纏っている。
「大丈夫だって。ちょっとだけだから、そんなに騒ぐなよ」
その男――ルードゥスの姿が現れた瞬間、周囲の空気が一変した。
「神」にすら石を蹴り飛ばす最高司令官が、一切の躊躇いもなく、その場に深く膝をつく。
依然としてベスタに絡まれていた聖騎士たちが、彼女の存在を完全に無視して、一斉に姿勢を正して現れた男へと最敬礼を捧げた。
リナもその異常な空気を察し、慌ててサオリの動きを真似て深く頭を下げた。
「お久しぶりでございます、ルードゥス様! 本日は、いかがいたしましたか」
サオリの発した声は、先ほど中層の神々に向けていたものとは正反対の、純粋な敬意と極度の緊張に震えていた。
リナは頭を下げたまま、視界の端でゆらゆらと揺れる男の奇抜な裾を見つめる。
あのサオリがここまでの緊張を見せ、聖騎士たちがベスタへの制止を放棄して跪く存在。この男が最高権力――『最高神』、あるいは『黄金の一族』の一柱であることは、もはや疑う余地もなかった。
「んー? ああ、サオリちゃんじゃん。久しぶり〜。いやぁ、ちょっと『下』でとびっきり面白そうな噂があってさ」
ルードゥスはサングラスの奥で目を輝かせ、新しい玩具を見つけた子供のように声を弾ませた。
「山嶺からアイスドラゴンを引き摺り下ろして、そのまま丸飲みにした怪物が来てるんだってさ。そんなの、一目みたくない!? どこにいるのかなー、その食いしん坊なモンスターちゃんは」
背中に冷たい汗が流れた。
どうやら天界の噂の広まりは光よりも速いどころか、とんでもない尾ひれをつけまくって広がり、上層の神の耳にまでそれは届いてしまったらしい。
サオリは頭を下げた姿勢を寸分も崩さぬまま、リナの視線の先へスッと一枚の紙を滑らせた。
『ルードゥス様、最高神ヨールス様の息子。利用できる。』
その簡潔すぎるメモをリナが読み終えるか否かという瞬間、サングラスのレンズがリナの方へと向けられた。
「あれ? てかさ、ベスタちゃんの他にもう一人いるじゃん。誰これ」
「あ? こいつはリナ・フォー……ムグ!?」
真相をぶちまけようとしたベスタの口を、音速を超えたサオリの手が完璧に封じた。
「恐れながら、ルードゥス様。この者は……私の『姉の婚約者の妹』でして。地上スクルタスで一番の知恵者として知られる才女にございます。本日はぜひ一度、上層の『図書館』を拝見し、その叡智に触れたいとの強い希望があり、私が案内しておりました」
(……誰!? その設定、誰のこと!?)
リナは心の中で叫んだが、顔は床に伏せたまま必死に「才女」の沈黙を装う。
サオリの口から飛び出したあまりに苦し紛れな虚飾。それを聞いたルードゥスは、一瞬だけ沈黙し、何かを察したようにサングラスの位置をわずかに直した。
「ふーん……『お姉さんの婚約者』、ねぇ。……うわー、急に僕も勉強したい気分になっちゃったわ。その子にいろいろ教えて欲しいかも!」
軽薄で、芝居がかった声調。ルードゥスは戯けながら肩をすくめると、聖騎士たちへと振り返った。
「というわけで、中に入れてよ。僕のゲストってことでさ」
「いえ、ですがルードゥス様、規則により……」
聖騎士の一人が、反射的に声を上げた――その瞬間。
ルードゥスの唇が、下八重歯を覗かせてニッコリと無邪気に歪んだ。
「……なんか言った?」
たった一言の静かな低音。
その言葉が発せられた途端、聖騎士たちの顔面から一斉に血の気が引き、弾かれたような勢いで交差させていた槍を引いた。
「し、失礼いたしました!」
聖騎士たちが深々と頭を垂れる。ベスタとサオリの二人でも一歩も譲らなかった彼らを、たった一言で動かした「神」。
それは、欲望に溺れ、堕落した神々とは、漂う覇気の次元がまるで違っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◆
「いやぁ、でもサオリちゃん。さっきの『嘘』は流石にヤバいって」
上層の石畳を歩きながら、ルードゥスがニヤニヤと笑う。
リナが「嘘……?」と眉をひそめていると、サオリはどこか居心地の悪そうな顔で口を開いた。
「……私以外の兄弟は皆、男だ。私に姉も妹もいない」
思わず足が止まりそうになった。
つまり、先ほどの「姉の婚約者の妹」という設定は、一秒でボロが出る穴だらけどころか穴しかないデタラメだったということだ。
「御神楽家の家族構成なんて、聖騎士たちも当然知ってるって。いやぁ、サオリちゃんにしては随分と大胆に出たねぇ」
ルードゥスが可笑しそうにサングラスのフレームを指先で弄ぶ。
「……ですが、そうでもしなければ、あなたは興味を抱かなかったでしょう」
「まあ、確かに……でもさ、もし俺が偶然あそこを通りかからなかったら、サオリちゃんはどうするつもりだったのさ?」
悪戯っぽいその問いかけに対し、サオリが返答を口にするよりも早く、隣を歩くベスタが鼻で笑った。
「決まってんだろ。その時はあそこにいた奴、全員ぶっ飛ばして、堂々と入るだけだ!」
「ははは! ベスタちゃんだと、それが全然冗談にならないから困るんだよねぇ……」
神への叛逆そのものな回答に、ルードゥスは引きつった笑いを浮かべた。
本当に、彼が来てくれて助かった。もしあのまま押し問答が続いていたなら、ベスタは聖騎士も壁も、文字通りすべてを「粉砕」して突き進んでいたに違いない……
「……それはあり得んな、ベスタ。貴様が蛮行に及ぶ前に、私が全力で阻止していた。あるいは、その前に私が騎士どもを説き伏せていたはずだ」
サオリが冷ややかな声で刺すように付け加えた。
最高神の息子が楽しげに道を案内し、英雄が武力行使を辞さないと嘯き、軍の最高司令官がもっともらしい顔で支離滅裂な嘘八百を並べ立てる。
あまりにも歪で異常な一行の構図に目眩を覚えながらも、リナは世界の「禁忌」へと繋がる道を進んでいった。




