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叛神煩戯  作者: みかんのみ
鑑定士編 廻天之力

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27話「シャリドールへ」

タバコの吸い殻


道の端に捨てられたタバコ

異なる葉の香りをひとつに巻き込んだ一本の嗜好品


指先に小さな火をともし

毒を煙に変えて吸い込むことが大人の嗜みである


しかし、これは既に役割を終えている

すなわち、ただのゴミである

『観光雑誌・ペルフェクティオ特集』


――雲海の彼方に広がる、天界の玄関口「ペルフェクティオ」


 雲の海に浮かぶ、大小さまざまな島々。

 足元にどこまでも続く純白の「雲海」、対照的に雲一つない透き通った空、そしてそびえ立つ巨大な「世界樹」。

 絵本や古い伝承の中でしか見たことがなかった景色が、ここでは現実に広がっています。


 「天界」と呼ばれるこの地は、雲海に囲まれた数多くの島々からなる天空の世界。その本土にあたる、皆様が最初に訪れることとなる街こそが、「ペルフェクティオ」です。


 地上から天界へ向かうには、唯一の転移門がある街「シャリドール」を経由する必要があります。簡単な検問を抜け、エレベーター式の転移門をくぐれば、そこはもう別世界。


 さあ、空の上の街へ旅立ちましょう。


――雲海を泳ぐ、天界ならではの体験


 天界観光でぜひ体験したいのが、「雲海遊泳」。


 天界を取り囲む雲海は、地上で見る雲とはまったくの別物です。

 不思議なことに、その中には身体を沈めることができ、泳いだり潜ったりすることまでできます。

 しかも身体は非常に浮きやすく、泳ぎが苦手な人でも比較的楽しみやすいのが特徴。


 ただし、ひとつだけ重要な注意点があります。

 雲海に触れていると、少しずつ魔力を吸い取られてしまいます。そのため、長時間の遊泳は厳禁。各遊泳区域には利用時間の目安が設けられているので、必ず係員の案内に従いましょう。


 「もう少し泳いでいたい!」と思うくらいで切り上げるのが、雲海遊泳を楽しむコツです。


――世界樹を中心に広がる街


 ペルフェクティオは、街の中心にそびえる「世界樹」を軸として、同心円状に三つの区域へ分かれています。

 外側から順に、「下層」「中層」「上層」。

 観光客が自由に楽しめるのは、基本的に最も外側に位置する下層です。


 世界樹は下層からもその威容を眺めることができます。

 街の外からでも見えるほどの巨大なその姿は、天界を訪れた人がまず目を奪われる光景のひとつでしょう。

 昔話や絵本に描かれている世界樹も、実際にこの姿をもとにしたものだと言われています。


――誰もが楽しめる、ペルフェクティオの街


 ペルフェクティオ観光の中心となるのが、この「下層」です。シャリドールでの検問を通過すれば、基本的には誰でも立ち入ることができます。


 街並みは、地上の文明と天界特有の荘厳さが不思議な形で融合しています。石造りの古風な建物の隣に地上の商店が並び、天界ならではの工芸品や珍しい品々を扱う市場も開かれています。

 旅人向けの宿泊施設や飲食店も多く、天界の名物料理を楽しんだり、土産物を探したりと、街歩きだけでも十分に楽しめるでしょう。世界樹を望む広場や、雲海を一望できる展望地など、観光名所も充実。

 神秘的な雰囲気を味わいながら、買い物や食事を楽しめる、天界の玄関口と呼ぶにふさわしい区域です。


――もう少しだけ、神々の暮らしを知りたい方へ


 下層からさらに内側へ進むと、「中層」があります。ここは神々と、彼らに仕える天使たちが暮らす区域。

 残念ながら、一般の観光客が自由に立ち入ることはできません。


 街の外から垣間見える建築物や、下層へ流れてくる文化の一端から、その華やかな暮らしを想像してみるのも天界観光の楽しみ方のひとつです。


 「ちょっと見てみたい」という好奇心だけで、境界を越えないようにしましょう。


――そして、その先へ


 世界樹に最も近い場所にあるのが「上層」です。

 ここは神々の中でも特別な者たちのための区域。


 世界に関わる重要施設や、一般には公開されていない禁忌の情報なども存在するとされ、天界の中でも特に厳重に管理されています。

 もちろん、一般観光客が訪れることはできません。


 けれど、ペルフェクティオを歩きながら世界樹を見上げていると、そのさらに奥に何があるのか、想像を巡らせずにはいられないでしょう。


 天界には、まだ私たちの知らない物語が眠っているのかもしれません。


――さあ、雲の向こう側へ


 神話の世界だと思っていた場所へ、本当に足を踏み入れる。雲海を泳ぎ、世界樹を見上げ、市場を歩き、地上では手に入らない品々を探す。

 ペルフェクティオは、ただ美しいだけの観光地ではありません。地上とは異なる文化が息づき、神々の存在を身近に感じながらも、その奥には決して簡単には踏み込めない世界が広がっています。


 見えるものだけでも、十分に魅力的。けれど、見えないものに想像を膨らませれば、旅はもっと面白くなる。

 次の休日は、雲の向こうへ。

 ペルフェクティオでしか味わえない旅を楽しんでみませんか?


 ◆ ◇ ◇


 ベスタとリナを乗せた漆黒の魔導バイクは、重力を嘲笑うかのように、ほとんど垂直に近い角度で上空へと突き進んでいく。

 つい先ほどまで自分たちがいたはずのスクルタスの街並みは、瞬く間に遠ざかり、ミニチュアの模型のように小さくなっていった。

 その代わりに、リナの全身を襲ったのは、鼓膜を力任せに叩きつけるような猛烈な風切り音と、内臓が浮き上がるような暴虐的な加速度だった。

 考えるよりも先に、目の前の屈強な背中にしがみつく。ほんの少しでも指の力が緩めば、自分という存在はこの高空へ無慈悲に放り出され、一瞬で大気の一部となって散ってしまう。


「どうした、リナ? そんな急にくっついて……私に“ガチ恋”でもしたか?」


 ヘルメット越しでもはっきりと聞こえる、余裕に満ちた豪胆な声。

 この極限状態すらも、彼女にとってはただのドライブに過ぎないようだった。


「自意識過剰もいい加減にしてください! こうでもしないと、私がこの世界から物理的に消滅してしまうからです……っ!」


 スクルタスからシャリドールまで、陸路の汽車に揺られれば8時間。航空機を用いたとしても6時間はかかる道のりだ。

 しかし、目の前の英雄曰く……


「私の『ベヒーモス』なら3時間でぶち抜ける!」


 もはや自分がどれほどの速度の中にいるのか、見当もつかない。

 ただ唯一、確実にわかるのは、今この瞬間、飛行機すら置き去りにする速度を、まともな装備も持たず生の身一つで突っ走っているということ。


「3時間も……これに耐えなきゃいけないの!?」


 リナは凄まじい風圧から逃れるようにベスタの背中へ必死に顔を隠し、掠れた声で毒づいた。

 しかし、その必死の抗議は、夜空を力強く引き裂くベヒーモスの咆哮と、ベスタの豪快な笑い声の中に虚しく消えていくだけだった。


 ◇ ◆ ◇


 かつて地上には、天界へと至る「転移門」がいくつも存在していた。

 しかし、肥大化した人類の野心が天界の領域を犯しかねなくなった時、「シャリドール」を除いた全ての転移門は恒久的に封鎖された。


 だが現代において、そのような神話じみた伝説は、無味乾燥な歴史の授業で語られる退屈な一節に過ぎない。

 現在の地上と天界の間にあるのは、「政治・経済」という現実的な利害関係であった。地上は、天界の誇る権威と人知を超えた神秘を求め、天界もまた地上の発達した技術とエンターテインメントに熱狂している。


「テレビでしか見たことなかったけど、一体どんな街なのかしら?」


 画面越しに目にしたシャリドールの街並みは、単なる異国情緒という一言では片付けられない、歪で奇妙な色彩を放っていた。

 天界の伝統様式を模した白亜の建築物のすぐ隣に、コンクリートと鉄筋で組み上げられた無機質なビルが並び、上空では天界の流麗な輸送船と、地上の航空機が入り乱れるように行き交う。相反する二つの文化が衝突し、混ざり合い、熟成した独特の空気感。

 

 東の地平線が深い群青から柔らかな薄紅色へと溶け出し、朝日の最初の一条が世界を照らし出し始める。ほんのりと明るさを増していく空の下、遥か遠方の靄の中に巨大な都市の影が浮かび上がった。

 その中心に鎮座し、天を衝くように高くそびえ立つのは、現代的な利便性を極限まで追求した高層ビル。かつては聖なる儀式を経た選ばれし者のみが足を踏み入れた巨塔も、今やその神話を脱ぎ捨て、機能美を纏った巨大な構造物へとその姿を変えていた。


「見えてきたぞ! シャリドールだ」


 ベスタの弾んだ声が、ベヒーモスの爆音を突き抜けて届いた。

 眠りに落ちることも許されず、強烈な加速度と、いつ放り出されるか分からない恐怖に耐え続けた3時間。

 心身ともに限界まで疲弊しきっていたが、しかし目的地が全貌を現したことで、張り詰めていた神経がわずかに解きほぐされていく……ようやく、命がけのドライブが終わる。


 ベスタは、シャリドールの街中に比較的開けた広場を見つけると、躊躇なくそこへ車体を滑り込ませた――


――ガコンッ!


 およそ精密な機械から発せられていいはずのない乱暴な衝突音が、早朝の静寂を容赦なく叩き割った。


「きゃっ……!? ちょっと、壊れたんじゃないですか!?」


 全身を突くあまりの衝撃に、リナは悲鳴に近い声を上げて跳ね上がった。


「ハハハ、大丈夫大丈夫! 心配しすぎだ。こいつはそんなにやわじゃねぇよ。この程度の衝撃でへこたれるような奴に、私の相棒は務まらないからな!」


 だが当のベスタは、燃えるような赤髪を風になびかせ、平然とした貌でハンドルから手を離す。


「……あなたの『大丈夫』は、まったく大丈夫じゃないことを自覚してください」


 膝が笑うのを必死に抑えながら、命からがらバイクから降り立つ。足が地面に着いている感覚に安堵しながら、あまりに荒っぽすぎる英雄へ、恨みがましい視線を送る。

 しかし彼女は、そんな視線など気にする風もなく、朝日に照らされたシャリドールの巨大な街並みを満足げに仰ぎ見ていた。


 ◇ ◇ ◆


「確か、検問は10時からだったな。なら、その前に腹ごしらえでもするか!」


「……もう食事のことを考えているんですか?」


 静まり返った早朝の街道に、二人の影が長く斜めに伸びていた。

 石畳の道は朝露に濡れ、沿道に佇む建物からはパンを焼く香ばしい匂いや、開店の支度を始める微かな物音が漏れ聞こえてくる。

 昼間は交易の要衝として喧騒に包まれるであろうこの街も、今はまだ深い眠りから覚めたばかりの穏やかな顔を見せていた。


「当たり前だ。まずは食わなきゃ始まらないからな。ここには、行きつけのとっておきの店があるんだ。あと少ししたら、ちょうど焼き立てが食えるはずだぜ!」


 屈託のない笑みを浮かべるベスタを前に、リナは反論する気力さえ削ぎ落とされていくのを感じた。


「わかりました……どうせ、あなたの空腹が満たされるまで、検問には向かってくれないのでしょうから」


 店が開くまでの間、二人は広場の中心で静かに水を湛える巨大な噴水の縁に腰を下ろすことに決めた。朝の光を浴びてキラキラと輝く水飛沫は、優美な街並みに自然に溶け込んでいた。

 ベスタはポケットを探り、タバコの箱と、年季の入った金属製の道具を取り出す。

 

――カチリ。


 硬質な金属音が響き、その先端に小さな火が灯る。彼女がくわえたタバコの先が、じわりと鮮やかな赤に染まった。


「それって『ライター』ですか? ……どうしてそんな“遺物”、使ってるんですか?」


 リナは記憶の糸を手繰り寄せ、ベスタが手にした古びた道具を思い浮かべる。

 かつては小さな火を得るために、『ライター』と呼ばれる道具が使われていたらしい。

 しかし、教育の行き届いた現代において、わざわざ道具に頼る必要などないはずだ。中等教育を修了する頃には、誰もが火をつけることに苦労などないのだから。

 リナの投げかけた疑問に、ベスタは紫煙をゆっくりと吐き出し、遠く滲む空を見つめた。


「ああ、私の『火』は特殊でな……簡単には使えないんだ」


 いつもの豪胆な響きとは違い、その声はどこか低く沈んでいた。

 ふと横顔を盗み見ると、そこにあったのは、いつもの揺るぎない自信に満ちた英雄の面影ではなく、触れてはいけない秘密を抱えた一人の女性の貌だった。


「……お前、天界の組織についてどれくらい知ってる?」


 重苦しい雰囲気を強引に振り払うように、ベスタは不意に問いを投げかけてきた。


「一般的によく知られている範囲なら……」


 リナは指をひとつずつ折りながら記憶をたどる。


「最も目にする機会が多いのは、『天界軍』でしょうか。種族を問わず志願者、あるいは召集された者で構成された、実戦の要とも言える巨大な軍隊、ですよね」


 思考を整理するように、言葉を繋ぐ。


「それから、神々直属の精鋭部隊の『天使軍』――『天使』のみで構成された部隊だと聞いています。それと、式典やパレードの顔になる『聖騎士』。あとは……裏であらゆる情報の検閲や管理を司る『情報部』……といったところでしょうか」


 そこまで一気に口にしてから、隣の「英雄」を見つめた。

 今自分が上げた組織の名は、あくまでテレビのニュースや学校の教科書、あるいは少々オカルトめいた都市伝説で語られる表層的な「顔」に過ぎない。


「私が知っているのは、せいぜいその程度です。それがどうかしたんですか?」


「教科書通りの百点満点の答えってところだな。予習でもしてきたのか? ……それじゃあ、『天界軍』の制度について知ってるか?」


 そう尋ねてくる彼女の表情からは、先ほどまで浮かんでいた陰りが綺麗に消え去っていた。


「制度……『ナンバー制』のことですか? ……簡単に言えば、実力者の上位100人に数字が割り振られて、待遇が格段に良くなる、というような仕組みですよね」


「そうそう、それだ。それじゃあ、そのNo. 1――つまり、『天界軍』で一番強ぇのは誰だと思う?」


 ニヤニヤと口元を歪め、ベスタが重ねて問いかけてくる。

 その露骨な表情を見せつけられ、彼女が何を言わせたがっているのかを嫌というほど理解させられた。


「はぁ……そんなこと、わざわざ言わせなくても分かってますよ。あなたでしょ! 最強の英雄――ベスタ・ルクセンブルク!」


 半ば呆れたように吐き出された答えに、ベスタは満足そうにゲラゲラと笑う。


(なんなんだ……この承認欲求の塊みたいなやり取りは……)


 目の前の赤髪のあまりに人間臭い言動に、心の中にあった英雄像にヒビが入っていく。


「まあ、ちょっと訂正するなら、『情報部』は天界軍の中の組織だな。スパイみたいな諜報活動がメインの連中だ」


 ひとしきり笑い転げて満足したベスタは、自分たちの属する組織の裏側について語り始めた。


「そうだなぁ、『天使軍』は……まあ、そもそも軍隊じゃないんだけど。『天使』ってやつらはな……」


 ベスタは言葉を選ぶように、思わせぶりに語尾を伸ばす。


「……金魚のフンみてぇな奴らだ」


「――き、金魚のフン!?」


 衝撃的な暴言に、慌てて周囲を見渡す。あまりにも不敬すぎる発言。ここは天界のお膝元だ。もし万が一にも誰かに聞かれていたら大問題どころの話ではない。

 だが、リナの焦りなど露知らず、ベスタの無礼極まりない言葉遣いは留まることを知らなかった。


「神様ってのが、そもそも自分たちじゃ、ケツも拭かねぇ『怠け者』ばっかでな。天使ってのは、そいつらの世話したり、おべっか使うのが仕事なんだよ」


 己が仕える高位な存在すら容赦なく罵るベスタの声が、街に朗々と響き渡る。

 しかし、周囲の目などハナから気にも留めていない彼女は、ただ不敵な笑みを深めるばかりだった。


「『聖騎士』は、まあ……天使どもよりは多少マシだ。ただ、性格がめんどくせぇ奴らばっかでな。規律だの騎士道だの、一言えば、十言い返してきやがる……何も言わなくても、十言ってくるけどな。付き合うには相当な忍耐が必要だぜ」


 ベスタはくわえたタバコを深く吸い込み、紫煙を大きく吐き出した。

 ここからはさらに込み入った重い話を始めると告げているかのようだった。


「他にも色々あるが……今の私らに関係ありそうなのは、『天魔対策課』ってオタク連中だ。名前の通り、天魔の研究から特定、討伐まで行う専門集団、って一応はされてる。まあ実際は、現場仕事は全部私らがやってるがな。本来は非公開の組織って話だが、天界で知らねぇ奴はいないし、地上にもだいぶ情報が漏れてる。いわゆる公然の秘密ってわけだ」


 そこまで語り終えると、ベスタはリナを真っ直ぐに見据えた。その眸に、初めて警戒の色が宿る。


「そして、本当の裏組織が……あの『八咫烏』だ。私も存在しか知らなかった。あのババアの家で初めて実物を見たよ……あいつらが普段どこで何をしてるのかは、私ですらこれっぽっちも知らねぇ」


「八咫烏……」


『二度と“天界の影”と出会わぬことを祈るがいい』


 その名を聞いた瞬間、脳裏を掠めたのは、「カラスのような黒翼」を背負う者たちの姿。そして、あの冷徹な銀髪の男が放った言葉だった。その言葉の通り、彼らは確かに天界に属する組織であるらしい。

 だが、正規の軍の影に隠れて行われた『無明天魔の遺骸』と『スルクの右腕』の回収。そして、その目的はおろか実態すら、ベスタでさえ把握していないという異常な秘匿性。

 蠢く影の全貌は、依然として深い闇に覆われていた。


「あと知っておいた方がいいのは、『上層』のことだな。これから私らが行くとこだし……」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!? 私、今から上層に連れて行かれるんですか!?」


 あまりにも平然と言い放たれた言葉に、リナは思わず喰いかかった。


「当たり前だろ。『天魔』の情報はそこにしかないんだからよ。……普段は『最高神』とか『黄金の一族』の関係者くらいしか入れねぇけど。まあ、用があったりしたら私も入れるし、なんとかなるだろ。最悪、警備の聖騎士全員、吹っ飛ばせばいいしな」


 豪快に笑い飛ばすベスタの口から飛び出した不穏きわまりない言葉に、とてつもない胸騒ぎが鳴り響く。


「あの……“正規”の方法で入ったりはしないんですか?」


「ガハハ! 面白い冗談だなぁ! 正規の方法で入れるわけないだろ!」


 切実な問いかけは、冗談として笑い声とともに一蹴されてしまった。


(これ……完全にヤバい流れだ……)


 このままでは取り返しのつかない事態になる。なんとかして穏便な解決策を見つけなければ……

 脳が目の前の「バカ」を説得するために、限界まで高速回転する。

 しかし、リナが言葉を発するよりも早く、シャリドールの街は深い眠りから覚醒し始めた。

 通りのあちこちで、シャッターが開く乾いた音が響く。それまで英雄の笑い声だけが響いていた広場に、早起きの住人たちの話し声や荷馬車の車輪の音が混じり始める。

 

「ヤバい、そろそろ行くぞ! こっちだ!」


「えっ、ちょ、ちょっと待ってください……!」


 朝日が街を照らし始める中、ベスタは弾かれたように立ち上がる。

 そして二人は人目を避けるように、湿った陰鬱な路地裏の闇の中へと姿を消した。

フラメ


火属性の下級魔法


指先に小さな火種を起こす


中等教育の終盤にかけて習うものだが

それは火の危険さゆえであり

術式の習得自体は極めて容易である

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