19話「英雄と『木星』」
木星
太陽に連なる星の中で
最も巨大な質量を誇る者
強大な重力で、小天体を引き寄せ
生命溢れる青き星を護っているという
その様はまさしく、守護者である
追跡すべき白い触手、ハリスの野望、そして今、あたり一帯を包む夥しい「怨念のような破壊的な魔力」。
運命の糸に手繰り寄せられるように、不吉な点と点が、古い一軒家で、最悪の形で結びつこうとしていた。
「もともと、あの家には静かな老夫婦が住んでるだけだったんだよ。ところが、一月ほど前かねえ。どこで何をしていたんだか、その息子が帰ってきたみたいでね。……異変が始まったのは、その時からさ」
老婆は、一軒家へ顎をしゃくった。
「私もこの目で直接拝んだわけじゃないがね。近所の連中が怯えながら噂してたよ。帰ってきた息子が、大事そうに何かの『腕』みたいなものを抱えていたってね。……いや、生臭い血肉のことじゃない。もっと干からびた、ミイラみたいなものさ」
忌々しげな声が、薄闇の広がり始める空間へと重く響いた。
「それ以来、あの家からは誰も出てこない。代わりにこの魔力だけが、日に日に膨れ上がって私の商売を邪魔してくるのさ。まあ、原因があの『腕』にあるってことは、素人の私にだってわかることだがね」
老婆の言葉を咀嚼しながら、自分を包む魔力を感じ取る。
その悍ましく禍々しい魔力は、トランクケースから放たれていた『忘苦天魔』のモノや、『無明天魔』の遺骸から漂っていたモノと似通っている……が、決定的に何かが違うようにも思えた。
だが少なくとも、『天魔』に関するもの……それも『腕』という老婆の言葉から察するに、無明天魔の時と同じような亡骸が由来の『秘宝<アーティファクト>』であるに違いない。
ハリスの追跡という本来の目的の前に、図らずもこの街に蔓延る「天魔の残滓」のひとつと対峙することになってしまったわけだ。
「……わかったわ。その『腕』、私がなんとかしてあげる。それが終わったら、ハリスのことを調べてもらうわよ」
「なんだい、あんた”も”ハリスかい!? まあ、胡散臭い奴だから、敵が多いのかね」
老婆は悪態をつきながらも、どこか諦めを含んだ面持ちで首を縦に振った。
その同意を確認すると、リナは意を決して、魔力渦巻く家屋へと足を向けた。
◆
一歩、また一歩と件の家へ足を進めるたび、全身の肉体が鉛を流し込まれたかのように重く沈み込んでいく。肺は酸素を取り込むことを拒絶し、耳の奥で鼓動が警鐘を鳴らすような錯覚を覚える。
(なんなの、この……威圧感は……)
本能が、全身の細胞の一つ一つが、狂おしいほどの拒絶と共に撤退を叫んでいる。
玄関のドアまであとわずかというところで、喉の奥から激しい熱と鉄の味がせり上がってきた。たまらず膝をつき、激しく咳き込む。
「……っ、げほっ……!」
口元を覆った左手の革手袋が、街灯の鈍い光の下でどす黒く染まっていた。
吐血だった。さらに、鼻の奥からも生暖かい液体が伝い落ち、荒れたアスファルトへ赤い雫の痕を作る。
かつて対峙した『忘苦天魔』や、『無明天魔』から感じたプレッシャーなど、コレに比べれば微風に等しい。
この家に鎮座している「ナニカ」は、存在しているだけで周囲の生命を根こそぎ削り取るような、格の違う破壊を撒き散らしていた。
(……このままじゃ、この一帯の人が死ぬ……!)
早く、早くこれを止めなければ。
左手の革手袋を剥ぎ取る。足がふらつき、倒れそうになるが、辛うじて玄関のドアノブへ手が届いた。だが、扉は押しても引いてもびくともしない。鍵がかかっているようだった。
――ドガァンッ!
ドアを蹴り開ける。
家の中の景色に、異質なところはない。ただ、悍ましい魔力の濃度が跳ね上がっただけ。魔力の蠢きを追うようにして、リビングの扉を開ける。
「あった……後は、鑑定さえすれば、全て終わる」
部屋の中央――ダイニングテーブルの上に、「ソレ」は鎮座していた。
干からびた一本の禍々しい『右腕』が、何本もの「ナニカ」に支えられ、異様な立ち姿を晒している。
――グチャ……グチャ……
一歩踏み出すたびに、足元から生々しい音が響くが、もはや構っていられない。
とにかくまずは、この『腕』をどうにかしなければならない。
露わになったリナの白い指先が、悍ましい魔力の主たる『右腕』へと触れる――
「――よせ。死にてえのか?」
自身の腕が、鉄の枷に嵌められたような、圧倒的な力で掴み止められた。
それと同時に、濁り切っていた思考へ、真昼の陽光のごとき暖かさが流れ込んでくる。
「……っ!? 私、今まで何を……?」
我に返ったリナは、自らの腕を掴んでいる手の主を恐る恐る仰ぎ見た。
視界に飛び込んできたのは、燃える炎のような赤髪の女性。身長は2メートル近い、圧倒的な威圧感を放つ長身。
右目を漆黒の眼帯で隠し、剥き出しの左目からは異様な黄金の光が放たれていた。黒いタイトなライダースーツの上から、丈の短い赤色のジャンパーを羽織る姿。
彼女はリナの腕を強く掴み止めたまま、不敵に口角を吊り上げた。その低い声が、死臭の漂う暗鬱なリビングへと朗々と響き渡る。
「まったく……ひどいババアだよなぁ。てめぇみたいな小娘に、こんなモノの『処理』を頼むんだからな」
腕を掴んでいた熱が、ゆっくりと離れていく。
目の前に立つ赤髪の巨躯、そして圧倒的な存在感。表彰式を欠席し、代わりにマッスルな伝言で街を騒がせた「英雄」の実像が、今まさに眼前にあった。
「貴女、ベスタ……様……?」
呆然と漏らしたリナの呟きに、彼女は眉間に深い皺を刻み、心底疎ましそうに鼻を鳴らした。
「ああ、そうだよ。この『貌』を見ればわかるだろ。まったく、街のどこにいってもポスターだの看板だの、私の貌だらけだ……歩くたびに自分の面を拝まされるこっちの身にもなってみやがれってんだ」
不機嫌そうに吐き捨てたベスタだったが、その鋭い金色の眸は、一瞬たりとも『腕』から外れてはいなかった。
先ほどまで、夥しい魔力を放っていた『腕』は、ただそこに「英雄」が立っているだけで、圧殺されたように魔力を萎縮させていた。
「『豪絶天魔』の遺骸か……いや、待てよ。これは『右腕』か。なるほど、天魔になる前の、まだ『人』だった頃のか……どうりで、生臭くて未練がましいわけだ」
吐き捨てるように呟いたベスタは、ふとリナの足元へと視線を落とした。
「それで、“死体の山”も気にせず、自信満々に近づいてたが……随分と胆が据わりすぎてんな。それとも、天魔関連のヤバい仕事でも潜り抜けてきた口か?」
「死体の……山?」
ベスタの視線に促されるまま、自分の足元を見る……
「――きゃあっ!!!」
悲鳴が喉を裂いた。
自分が今、足場として踏みつけていたのは、冷たくなった人の肉体だった。
『腕』にすがりつくようにして、老いた男女と中年の男――老夫婦とその息子であろう三つの亡骸が、足元で折り重なっている。
さらにその周囲には、好奇心で覗き込もうとしたであろう近隣の住民や、異変を感じ取って踏み込んだであろう同業者たちが、累々と死の山を築いていた。
つい先ほど自分は、思考を失った瞳でその無数の死骸を見下ろし、感情もなく無造作に踏み越えていたのだ。
罪悪感と悔恨の念に苛まれながら、床に散らばった不吉を予感させる「黒い羽根」へ視線を向ける。
「さて、どうしたもんか……こういうのは、“あいつら”に任せるのが一番なんだが……」
ベスタが、顎に指を添えて低く唸った。
「あの、私、リナ・フォーグナーって言うんですけど。鑑定士の……」
骸の山からそっと足を降ろしたリナは、ベスタの眸を窺うように、自らの名を口にした。
「お、おう。そうか。そう呼んで欲しいのか……リナ?」
ベスタの左目が、怪訝そうにこちらをとらえた。その表情は、予期せぬ自己紹介への純粋な困惑のようだった。
あれ? おかしいな、話が違う。
功労者表彰式典に自分を招待したのは、いま目の前にいる天界の英雄本人だと聞いているんですが……
初対面だったから容姿では分からないにしても、名を告げれば絶対に通じるはずでしょ?
(いや、待て待て! ベスタ様直々の招待だという情報を誰から聞いた!? “あの男”だろ)
ウィリアム・ハリス。まさかとは思うが、あの「エセ英雄」の誤情報か早とちりじゃないでしょうね。
あまりに愚かだ。あの男の言葉を真に受けたなんて。とんだ恥をかかされた――
「おい、リナ。静かにしな」
唐突に、ベスタが人差し指を口元に立て、低く構えた。
「……誰か来た」
その忠告を聞き、耳を澄ます。
カツン、カツンと、ヒールで固い床の上を歩く音が、玄関から響き一直線にこちらへと向かってくる。
そして、その足音は、開け放たれたリビングの扉のすぐ外で止まった。
「――先を越されたか」
静かで鋭利な声が静寂を切り裂いた。
リビングへと足を踏み入れてきたのは、流れるような金髪と、射抜くような赤い瞳を持つ女性だった。
その姿を目にした瞬間、リナは思わず息を呑んだ。
「――キョウカ!?」
「……っ!? リナ? お前もいたのか」
キョウカはいつもの冷徹な空気を纏っていたが、ベスタのすぐ隣に立つリナの姿を認めると、その赤い瞳をわずかに見開いた。
だが、唐突な乱入者の存在に、ベスタが怪訝そうに眉を上げる。
「誰だ、こいつ? 知り合いか?」
ベスタの問いかけに、言葉を失った。
天界の頂点に立つ英雄と、行政の支配を拒む裏ギルドの設立者。
決して交わってはならない最悪の二人が、同じ空間に揃ってしまった。不用意な一言が引き金となり、この場で衝突が始まれば、この家どころかスクルタスの街そのものが、跡形もなく消し飛ばされかねない。
リナが冷や汗を流しながら沈黙していると、キョウカは迷いのない足取りで、一歩前に踏み出した。
「私は『木星』だ。……それで伝わるだろう」
キョウカから放たれた単語を聞いた瞬間、ベスタの貌から不機嫌そうな影が消えた。
「ああ、なるほどね。あんたが……わかった」
ベスタは満足げに鼻を鳴らすと、キョウカへの警戒を解いたようだった。
どうやら『木星』という言葉には、自身の預かり知らない、天界と地上の実力者同士にしか通じない意味が秘められているらしい。
「それで……」
キョウカは床に転がる死体の山を一瞥し、その中央に鎮座する『腕』を指した。
「お前は『コレ』をどうするつもりで来た?」
「あぁ? まあ、普通に天界に持ち帰ればなんとかなると思ってたんだが……予定変更だ」
ベスタはニカッと野性味あふれる豪快な笑みを浮かべると、リナの細い肩にがっしりと腕を回し、強引に引き寄せた。
「面白そうな奴を見つけたからな。こいつ、この『腕』を何とかできるらしいんだよ。なあ、リナ?」
そしてベスタは、『腕』の周りを、まるで珍しい野良犬でも観察するかのようにウロチョロと歩き回り始めた。その圧倒的な存在感が、室内の澱んだ空気をかき混ぜる。
リナはその隙を逃さぬよう、キョウカへと一歩詰め寄った。
「キョウカさん、なぜここに……? というか、今までどこにいたんですか。皆心配して……いや、それより、『道明寺ミユキ』という方に会いました。あなたによろしくと……」
「お前……! あいつに会ったのか!?」
キョウカの瞳が、これまでにないほど激しく揺れた。しかし、彼女はすぐに動揺を押し殺し、得心したように己の顎へ手を添える。
「……いや、そうか。確かに能力の『系統』はあいつと同じ……なら、興味を持つのも当然か……それで、ミユキはお前に何を言った?」
「確か……世界が転換点を迎えているとか。あとは、私の能力がただ『視る』だけじゃなく、世界を『書き換え』る力だとか……」
リナの言葉を受け、キョウカは深くため息を吐き出した。
「そうか。やはり同質の能力だったか……リナ、お前は今まで『鑑定士』としてその力を使ってきた。過去を暴き、真実を知る。だが、決して、その物自体を変えたりはしない。だからこそ、『視る』ことに意識のすべてを割いてきたんだろう。だが、おそらく、その能力の本質は、対象への『干渉』そのものだ」
「なんだお前!?」
突然、歩き回っていたベスタが、耳を突くような声を上げて割り込んできた。
「それじゃあてめぇ、一体どうやって『コイツ』の相手をしようとしてたんだ!? 『視る』だけでなんとかしようとしてたのか? 無茶苦茶だな!」
そんなベスタの野次を完全に無視し、キョウカは真っ直ぐにリナの瞳を射抜いた。
「いいか、リナ。今、ベスタがお前にやらせようとしているのは、この『腕』への直接的な『干渉』だ。『鑑定』によって記憶を『視る』のではなく、その存在そのものを内側から破壊する、あるいは無効化させる。……文字通り、世界を『書き換え』るような真似をな」
その言葉に、リナは喉の奥が引き締まるような感覚に襲われ、思わず息を呑んだ。
「だがそれは、今までのお前の……鑑定士としての矜持とは、真逆の行為だ。……それをお前は、自分の意志で、できるのか?」
静まり返ったリビングに、キョウカの問いが重く肩にのしかかる。
肯定も、否定もできない。いきなり、今までの己の在り方を変えられるかなんて……
「別にどっちでもいいんじゃねえのか、そんな御大層な理屈。どうせ、お前がやらないってんなら、私は『コレ』を掴んで天界に持って帰るだけだ。そうすりゃ、あのババアも、一応は満足するだろ?」
ベスタは、深刻な空気をあざ笑うかのように、退屈そうに鼻を鳴らした。
「だが、今回はよくても、次はわからないぞ! あたしらがいなくなった後、こういうのと戦うのはお前だろ。お前がずっと『視る』ことに徹して、綺麗事の中に引っ込んでるってんなら……」
ベスタの指先が、床に転がる死体を乱暴に指し示した。
「ここみたいなことが、この先どんどん増えるだけだ。てめぇの『矜持』とやらで、こいつらが死んでくだけだぞ」
叩きつけられた言葉は、胸の奥にある鑑定士としての誇りを、容赦なく抉ってきた。
その口調は乱暴で、傲慢だが、そこには、数多の戦場を潜り抜けてきた「英雄」だけが持ち得る真実が宿っていた。
自分の右手へと視線を落とす。震える指先は、飛沫した血で赤く汚れていた。
「……死体の山を、増やすだけ……」
リナがその言葉を噛み締めるように呟くと、キョウカが静かに、けれど逃げ道を塞ぐように言葉を重ねた。
「どっちを選んでも間違いじゃない。お前の人生だ。誰かの意見に惑わされるな。……だが、間違いなく一つ言えるのは、もしここで『書き換え』ることを選んだら、もう二度と『鑑定士』には戻れなくなるぞ」
追い詰められるように混濁する思考の中で、一人の――だが、声音も意味もまったく異なる二つの言葉が、鮮烈に響き渡った。
『俺たちの仕事は、視るだけだ……物の価値だけは絶対に変えたら駄目だ』
『鑑定士の仕事は、真実を暴くことだけではないと思うのです。その真実が、誰かの未来を壊してしまう時、どう寄り添うか……私はあなたを見ていて、そう感じたのです』
かつて背中を追いかけた師の言葉。そして今の温かな眼差し。
リナは静かに息を吐き出し、迷いを断ち切るように一度、固く拳を握りしめた。
「――いいわ、やる。ただ……」
リナは右手を覆う革手袋の端をつかみ、ゆっくりと引き抜いていく。
「……それで、私の『鑑定士』としての使命が終わるわけじゃないわ」
物の価値は変えない。それが鑑定士としての絶対の基本原則だ。
だが、今の状況において――眼前に立つ二人は、この『腕』をどうにか処理することができるし、現にするつもりでいる。自分が手を出さずとも、この『腕』の価値や存在は、絶対に『書き換え』られる。
それならば、私が先にこの手で『書き換え』る。その経験こそが、今後また同じような惨劇が起こったとき、誰かの平穏を守る糧になるはずなのだから。
決然としたリナの横顔を見て、ベスタとキョウカの口角が、ほんのわずかに、けれど満足げに持ち上がった。
そして、二人の強者は即座に戦術会議へと意識を切り替えた。
「聞いた通りだ。こいつは、まだまともに自分の能力を使った経験がない。下手をすれば、腕に残る未練に、意識を丸ごと飲み込まれるぞ」
キョウカの投げかけた懸念に、ベスタはあっけらかんと笑い飛ばす。
「ああ!? 大丈夫だろ。赤子だって転ぶのを繰り返してようやく歩けるようになるんだからよ。死ななきゃかすり傷だ!」
「赤子と一緒にするな! 命がいくつあっても足りん。……私たちも、援護するほうがいいだろ」
呆れたように眉をひそめたキョウカは、ベスタへ鋭い視線をぶつける。
「ベスタ、お前の魔力はどちらかといえば『侵食する』側だろう。そのバカげた魔力で、リナの手伝いはできないのか?」
「無理言うなよ。私はそういう細かい理屈は知らねぇんだ。それに、出力の調整なんて面倒くせぇ真似、一番嫌いなんだよ」
ベスタの規格外の魔力は、ただ彼女が存在しているだけで、『秘宝』すらも萎縮させる。
だがそれは同時に、その出力が直撃した者を、容易に消し飛ばしてしまうほどのパワーであるということ……
「……まったく。それなら、調整は私がする。お前はただ魔力を出せ。私がそれを引き受け、リナに適した密度と量に減衰させて流し込む」
キョウカはリナの正面に歩み寄ると、その肩にそっと手を置いた。
「ベスタの魔力は、私が調整する。リナ、お前はその魔力を『盾』にして、『干渉』を進めてくれ。天界の英雄の魔力が流れている間は、あの『腕』に意識を乗っ取られることはないはずだ。その隙に、少しずつ自分の力を制御する感覚を掴んでいけ」
二人の強大な実力者に挟まれ、リナの全身をかつてないほどの緊張感と、それ以上に力強い支えの感触が包み込む。
「……わかったわ。二人とも、お願い」
「それじゃあ、始めるか!」
ベスタが不敵に呟いた瞬間、リビングの空気が爆ぜた。
物理的な爆発ではない。『最強』が解き放った規格外の純粋な魔力が、太陽の核を無理やり部屋に押し込めたかのような、苛烈極まりない熱量となって家全体を呑み込んだのだ。
「おい! バカかお前は!? もっと抑えろ!」
キョウカの怒号が部屋に響き渡る。彼女の両手は、ベスタから噴き出すエネルギーを必死に抑えつけ、リナへと続く細い「道」を形成しようと激しく震えていた。
「スクルタスごと焼き尽くす気か! 少しは制御しろ!」
「ははっ! さすが『木星』様だ。この出力をここまで強引に抑え込めるとはな。噂通り、ただの人間じゃねえな!」
ベスタは悪びれもせず豪快に笑いながら、さらに魔力を練り上げる。暴力的なまでの熱気は家を焼き、『腕』から立ち上っていた魔力の霧さえも瞬時に蒸発させていく。
キョウカの額には大粒の汗が浮かび、空間そのものが軋みを上げるほどの圧力が数秒間続いた。
やがて、狂乱していた熱気が徐々に落ち着き始める。
ベスタの規格外の魔力は、キョウカというフィルターを通ることで、澄んだ金色に輝く、けれど底知れない密度を秘めた純粋なエネルギーへと変質を遂げていた。
「……っ。リナ、こっちは準備完了だ」
キョウカが険しい表情のまま、リナへ静かに告げる。
リナの身体には今、二人の超越者による最強の加護が、目に見えるほどの淡い光の帯となってしなやかに巻き付いていた。
「お前の好きなタイミングで始めてくれ。私たちが、お前の意識を繋ぎ止めてやる」
覚悟を決め、右手をゆっくりと持ち上げる。
露わになったリナの白い指先が、悍ましい魔力の主たる『右腕』へと触れる――
鑑定士の鑑定結果
鑑定士リナが視た
己自身の追憶
世界の外側の観測者の言葉
星の名を冠する者と英雄の力
そして彼女は、己の本質に気づき始める
それは新たな芽生えではなく
幼きころへの回帰であった




