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叛神煩戯  作者: みかんのみ
鑑定士編 蠢くモノたち

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18/61

18話「『行方不明』の真実」

スクルタス中央病院


スクルタスにある大規模病院


治療だけでなく、教育、研究機関としても

優良であると評判


その院長は何代にも渡り

長医家という一族の能力者である

 『スクルタス中央病院』――第五地区にあるこの街で最大の規模を誇る医療施設である。

 クルルの言葉を信じるならば、用具室しかないことになっている4階から6階において、行政は密かに『意識不明者』たちを保護しているという。


 3人を乗せたエレベーターが5階へと到達し、ドアが開いた。

 クルルは、その先の廊下に立ちふさがる屈強な警備員へ、慣れた手つきで懐から一枚のカードを差し出す。


「……通れ」


 警備員の低い声が、静寂に満ちた廊下に響いた。

 クルルは薄笑いを浮かべたまま、さらに奥の重厚な扉のセンサーへカードをかざす。電子音と共に、扉が左右へと滑った。


「さあ、こちらへ。もうすぐお父様に会えますよ」


 開かれた扉の先へと足を踏み入れた瞬間、リナは思わず息を呑んだ。

 無機質な白に包まれた広いフロアに、等間隔に並べられた無数のベッド。その上には、老若男女を問わず、あまりにも多くの人々が横たわっていた。

 目立った外傷もなく、微かに上下する胸元だけが彼らの生を主張している。その穏やかな顔立ちは、まるで誰もがただ安らかに眠っているだけのような錯覚を抱かせた。


「これが『行方不明』の真相です」


 クルルは、並ぶベッドの群れを一瞥もせず、淡々と足を進めた。


「彼らは皆、街中で突如として意識を失った状態で発見されています。外傷はなく、心肺機能も正常。ですが、意識だけがどこかへ置き去りにされたかのように、決して目覚めることはない。そして、その原因も治療法もまったく不明……ですから行政としては、余計な混乱を避けるためにも、公表など口が裂けてもできないのでしょうねぇ」


 言葉の途中で、クルルが唐突に足を止めた。

 そこにあったベッドには、一人の男が横たわっていた。深く刻まれた目尻の優しい皺が、彼がどれほど多くの市民に信頼され、微笑みかけてきたのかを無言で物語っていた。

 クルルは細長い指を伸ばし、標本でも紹介するかのような無機質な手つきで、眠れる男を指し示した。


「やはり親子ですね。よく似てますよ」


「父さん……っ!」


 ヒカルの喉から、せき止めていた感情が漏れ出した。彼は弾かれたように駆け寄ると、父の逞しい、けれど今は動かない手にすがりつく。

 リナは、再会の喜びと困惑が混じり合ったその背中から静かに視線を外した。

 これまで数多の他者の過去や記憶を視てきたが、目の前の現在進行形の悲劇に無遠慮に立ち入るような真似はできなかった。

 そんなリナの隣に、忍び寄るようにしてクルルが歩み寄ってきた。


「これで、遠慮なく話せますね。彼のような善良な一般市民に、学術的な説明は少々毒ですからね。……今の彼には、残酷な真実より、温かな涙の方がふさわしい」


 クルルの言葉に、心臓の奥を鋭い針で刺されたような不快感を覚えたが、それを表に出すのは堪えた。

 今はこの歪な研究者が握っている情報の断片を、ひとつ残らず吐き出させる必要がある。


「……続きを聞かせなさい。あなたはどこまで知ってるの!?」


 リナの問いかけに、クルルは満足げに瞳を細めた。


「既にお気づきでしょうが……お二人も追っていた白い触手。あれが『意識不明』の原因とみてまず間違いないでしょう。少なくとも、現時点ではそれ以外に説明がつきません」


 クルルは頭を搔きながら、自説を語り始めた。


「私の推測としては、あの生命体……あれは現在未確認の『天魔』の『秘宝<アーティファクト>』――あるいは、より生命らしく定義するなら、その『眷属』であると考えています」


「未確認の、天魔……?」


「覚えていますか? 忘苦天魔のトランクケースから観測した魔力波長を。……もちろん天魔にも個体差はありますが、種としての共通点というものは存在します。そして、『眷属』が顕れた地点、および意識不明者の発見現場では、共に天魔の魔力波長が強く観測されたのです」


 クルルは一度言葉を切り、ヒカルの背中越しに横たわるハジメを眺めた。


「『無明天魔』の次は、『異形天魔』の時代です。無論、『天界』が秘密裏に処理してなければの話ですが……」


「ちょっと待って!? 何の話……?」


 唐突に並べられた不穏な単語に、リナの動揺が募った。


「ああ、すいません。私の話はよく飛躍しすぎていると言われますから……ですので、この辺りの考察は、まだ行政にもハリスさんにも話していません。彼らにとっても、私の理論など、突拍子もない空論にしか聞こえませんからね」


 クルルは自嘲気味に笑ったが、その瞳の奥には、底知れない知的好奇心が渦巻いているように見えた。


「……ですが、お恥ずかしい話、ここが私の限界でもあります。私個人の頭脳と、ハリスさんからのささやかな協力だけでは、これ以上の調査は不可能なのですよ」


 クルルは肩をすくめ、芝居がかった動作で大げさに両手を広げた。


「天魔に関する核心的な資料は、その全てが『上』――すなわち天界によって厳重に秘匿されています。せいぜい地上に降りてくる情報は、彼らが都合よく編纂した『英雄譚』ばかり……ですが、ハリスさんのような地上の権力者の力では、天界相手には路傍の石ころほどの影響力もありません。彼らから情報を引き出すことはできないのです」


 その表情からは、先ほどまでの熱狂が引き、乾いた無力感が滲み出ていた。


「ゆえに、私としても行き止まりなんですよ。未確認の天魔の正体が『異形天魔』なのか。意識不明者の治療法はあるのか。そもそも、『天魔』とは何者なのか……その全てを証明できる根拠がないのです」


 そこまで語り尽くすと、クルルは意味深な沈黙を置いた。

 その視線は、自身の手に嵌められた革手袋――そしてその奥の『能力』へと向けられているようだった。


「そこで、あなたという稀代の存在に協力していただけると、非常に助かるのですよ。あなたの力ならば、『禁忌』など関係なく、目の前の存在から直接、『真実』を視ることができる」


 クルルの言葉に、リナは無言のまま、左手を強く握りしめた。

 そんな警戒心を察してか、彼は肩をすくめ、さらに言葉を重ねる。


「もちろん、あなたがハリスさんを快く思っていないことくらいは、私にだって分かりますよ。彼は、真実そのものよりも、真実をどう飾れば票になるかにしか興味がありませんからね。……ですから、交渉しましょう。あなたが視た情報のどこまでを彼に流すかは、全てあなたが決めていただいて結構です。私は彼を利用しているだけで、彼の信奉者ではありませんから」


 クルルは一歩身を引き、ベッドの上のハジメと、彼に寄り添うヒカルを顎で示した。


「私はただ、この『世界』を解明したいだけなのです。……その過程で、ハジメさんの意識を戻す術が分かれば、それはそれで喜ばしいことだと思いませんか?」


 その言葉を聞いたところで、胸の中の疑念はまるで消えなかった。だが、提示された条件には、あまりにも抗いがたい実利があった。

 ハリスの目を欺きつつ、意識を失ったままのハジメたちを救うには、この毒を食らうしかないのかもしれない。


「……いいわ。あなたの提案に乗る。それで、私に何をさせるつもり?」


 絞り出すようなリナの承諾を聞くと、クルルは待ってましたと言わんばかりに、細長い指を顔の前で組んだ。


「話が早くて助かります。本来なら、ここに横たわる全ての方を視ていただければ最高なのですが……まあ、それは時間的にも、何よりあなたの精神的な負荷を考えれば不可能でしょう。それに、彼らの記憶を一つ一つ辿ったところで、結末は皆同じはず。『白い触手』に襲われる光景を、視点を変えて何度も鑑賞するだけでは、これ以上の推察は望めません」


 クルルは猫背を少しだけ起こし、一歩、リナへと詰め寄った。


「ですので、あなたに手伝っていただきたいのは、あの『白い触手』の直接的な追跡、及び『鑑定』です」


 その言葉に、リナの眉が不快感を露わにして跳ね上がるのを見て、クルルは宥めるように手のひらを向けた。


「いえ、ご安心を……闇雲に危険に飛び込めと言っているわけではありません。実は、ここに眠る者たちには、決定的な共通点があるのです。分かりますか?」


 クルルに促されるまま、横たわる者たちの顔立ちを一つひとつ見つめる。

 年齢、性別、人種……どれもバラバラ。目立った共通点はない。ただ、運悪く怪異に巻き込まれた大量の人がいるだけ。いや――


「――こんなに人がいて、『共鳴』がない!?」


「なるほど、やはり『能力者』の方はわざわざ調べるまでもなく分かるんですね。そうです、彼らは全員、『非能力者』です」


 クルルは手元のモニターに映る数値の羅列を見つめながら、淡々と、どこか弾んだ声で言葉を紡いだ。


「能力者の人口比率は1%。ですが、いくら稀有な存在といえど、これだけの母数があって、能力者が一人も混じっていないというのは、確率論的に極めて奇妙です。……つまり、あの触手には非能力者を優先的に狙う、あるいは非能力者にしか干渉できない性質を持っている可能性がある」


 クルルの推測を聞き、初めて『異形』を目撃した瞬間の光景を思い出した。

 あの時、自分を含め周囲には能力者がいた。配備された軍隊の者たちは非能力者だったが、それでもあの触手が、ハジメを襲った時のような俊敏な動きを見せることはなかった……


「……あるいは、能力者の存在そのものが『抑止力』になってるのかも」


 呟くように言葉が漏れ出た。


「まあ、それについては何とも言えませんが……ですが、能力者のあなたなら、比較的安全にあの生命体と接触できるのではないか。そう考えているのですよ」


 クルルはポケットから小型のデバイスを取り出し、空中に青白いホログラムの立体地図を投影させる。そこには、鼓動のように明滅する、幾つもの赤い点が浮かび上がっていた。


「彼らの出現地点は、天魔の魔力が極めて高い傾向にあります。私の設置した観測機から、魔力密度の偏りを照らし合わせれば、ある程度、『眷属』の出現箇所を特定することが可能なはずです」


 クルルの説明を聞きつつ、リナはホログラム上の、群を抜いて激しく明滅を繰り返している一点を指した。


「ここの赤い点――第二十二地区の南西。ここに行ってみるわ。もし、何かあったら、そこに『白い触手』がいる可能性が高いということよね」


「ほう、随分と高い数値ですね。ここまでの数値はこの街で見たことが……いえ、先日、『第八地区』でもありましたかね……」


 クルルは一瞬だけ地図を凝視し、ポツリと呟いたが、すぐに掴みどころのない微笑を浮かべ直した。


「まあ、何かある可能性は高いでしょうね……ですが、お気をつけて。フィールドワークに危険はつきものです。特に、相手は天魔に連なる者たちですから」


 クルルの言葉を聞き終えたリナは、横たわる父の手にすがりつく息子の背中を、一度だけ静かに見やった。

 その切ない背に万感の思いを込めつつも、振り返ることなく病院を後にした。


 ◆


 スクルタス第二十二地区――近代的な開発の波から取り残された、濃密な下町の情景が色濃く漂う地。

 このエリアを追跡の標的に選んだのは、赤点の明滅の激しさ以外に、もう一つ理由があった。

 ウィリアム・ハリスと九条クルル。狂気的なまでの野心と知的好奇心を宿す二人。

 クルル本人とは直接言葉を交わし、本当にただ知識欲で動いているだけの存在だというのは窺えたが、それでもその背後にハリスがいるという事実が、拭いきれない不安であった。


「……まだ、仕事は受けているのかしら?」


 かつて師匠に連れられ、一度だけ足を運んだ場所があった。

 古びた木造アパートが隙間なく立ち並び、時代の流れから取り残されたような一角。そのアパートの一室には、対象が能力者のみに限られるが、自分以上に自由に情報を引き出すことのできる者が潜んでいる。

 ハリスという能力者が、何を隠し、何を企んでいるのか。それを突き止める「奥の手」もまた、この地区にあるのだ。


 傾いた太陽が、朱色の光で街を照らす。ハイテクに呑まれる以前の、少し不便でありながらも、どこか人情味の残る景色。

 その慣れない光景のせいか、胸の奥に得体の知れない不安がよぎる。

 やがて、目的のアパート――その人物が大家を務める建物の外観が見え始める。しかし――


「――っ、これは!?」


 アパートの敷地に足を踏み入れた時には、夥しい魔力が粘りつくように身体を包んでいた。

 反射的に視線を走らせる。アパートのすぐ裏、崩れかけたブロック塀に囲まれた古い一軒家から、「怨念のような破壊的な魔力」が噴き出していた。

 それは、『忘苦天魔』のトランクケースや、『無明天魔』の遺骸が放っていた、世界を拒絶するような重苦しい波動と似て――


「まったく、朝から晩まで……あれのせいで商売あがったりだよ」


 アパートの一階、ペンキの剥げかけた扉が勢いよく開き、怒気を孕んだ老婆の声が空気を震わせた。

 小柄で目つきの鋭い老婆が、扉の奥から姿を現す。深い皺に刻まれたその顔は不機嫌そのものだったが、立ち尽くす自身の姿を見つめると、その濁った瞳に奇妙な光を宿らせた。


「……ふん。あんた、あの時の小娘だね。鑑定士だろう。昔、あの男の後ろをついて回っていたあんたを見た気がするよ」


 老婆は鼻を鳴らし、値踏みするようにリナの頭からつま先までを視線でなぞる。


「こんな場末へわざわざ足を運んだってことは、私の力を借りにきたんだろう」


 リナが言葉を返す間も与えず、老婆はニヤリと口角を吊り上げ、歪んだ笑みを浮かべた。そして節くれ立った指を突き出し、狂ったような魔力を垂れ流している一軒家を乱暴に指し示す。


「でもね、残念だがこの魔力のせいで上手く情報が聞き出せないんだよ。『アレ』をどうにかしてくれたら、あんたの頼みも聞いてやれるんだがね……うちの入居者たちも、気味悪がって次々に逃げ出していっちまってるんだ。“こういうもの”の始末は、あんたら鑑定士の領分だろう?」


 老婆の言い回しには、逃げ道を塞ぐような狡猾さが満ちていた。

 求める奥の手の対価。それは、目の前で悍ましい魔力を放ち続ける未知の『秘宝』の処理であった。

能力者


特異な力を持って生まれた者たち


力の性質に関わらず、持たざる者たちに比べ

肉体の強度、魔力量において遥かに優れている


それゆえに時に歪んだ思想や憧憬に陥る

血筋ですら、その有無を御せないというのに

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