16話「父を探して」
じゃんけん
三すくみの手を使って勝敗を決める遊戯
世界中で広く知れ渡っており
子供でも大人でも楽しめる
金があろうが、権力があろうが
腕っぷしが強かろうが、関係ない
勝利の女神は、誰にでも平等に微笑む
――13紀 2114年 冥結の月 6日
昨晩の喧騒が嘘のように、朝の回顧録には静寂と微かなアルコールの残り香が漂う。
マスターは「丁度卵を切らしていてね」と、いつもの笑顔で買い出しに出かけていった。残されたのは、ソファーで泥のように眠りこけるフジコと、複雑な表情を浮かべた二人――加藤ユウトとアラン・ベーカーであった。
「リナさんにお話があるんですが……」
「リナさん、ひとつ大事な話が……」
沈黙を破ったのは、二人の重複した声だった。
不意に重なった声に、二人は顔を見合わせ、どちらが先に切り出すべきか互いに気を遣い、譲り合い始める。だが、どれだけ譲り合っても一向に決着がつかない。二人はついに、子供のように拳を突き合わせた。
「「……最初はグー、じゃんけん、ぽん」」
力なく放たれた加藤の「チョキ」に対し、アランの「グー」が勝利を収める。
勝者となったアランは深く息を吐き出すと、消え入るような声で本題を切り出した。
「実は……あの『トランクケース』なのですが……無くなりました」
一瞬、思考が停止した。
隣で順番を待っていたはずの加藤も、驚愕のあまり目を見開いている。
「「えー!?!? 」」
リナと加藤の絶叫が完璧にシンクロし、朝の店内に甲高く響き渡った。
アランは力なく首を振り、記憶が戻ってからの足取りをたどるように、ポツリポツリと語り始めた。
「記憶を取り戻していただいた後、まずは家族を探そうと思いまして……自分の名前も、愛していた家族の顔もようやく思い出せた。だから、居ても立ってもいられず、思い当たるところに行ってみたのですが……」
彼は一度言葉を切り、自嘲気味に薄く口角を上げた。深く刻まれた皺の奥には、時の流れという残酷な現実が滲んでいる。
「……まあ、結局何も見つからず。何十年という月日は、私が思っていた以上にすべてを書き換えてしまっていました。手掛かり一つ掴めぬまま、歩き疲れてしまいましてね」
アランは、膝の上で拳に力を込め、握りしめた。
「それならせめて、骨董屋をいちからやり直そうと思って、店に戻ったんです。もう一度、真っ当な商人として歩み出そうと……それで戻ったら、無くなっていました」
「無くなってたって……あんな禍々しい物が!?」
リナが眉をひそめて問い返すと、アランは力なく何度も首を縦に振った。
「ええ。一応は店の奥に隠しておいたつもりなんですが……何の手がかりもなく。まるで、最初からそこには何もなかったかのように、綺麗さっぱりと」
アランは絞り出すような声で言葉を紡ぐと、深く項垂れた。
隣で話を聞いていた加藤が、身を乗り出すようにして尋ねる。
「本当になんの手がかりも無かったんですか? 鍵を壊された跡とか、争ったような形跡とか」
「いやぁ。扉の鍵もかかったままでしたし……」
アランは記憶の糸を懸命に手繰り寄せるように、途切れ途切れに言葉をつないだ。
「強いて言うなら、『カラス』がよく集まるなぁとは思いましたが。まあ、あそこはゴミの掃き溜めですからね。トランクケースが無くなった今、彼らが集まっていても不思議はないですしなぁ……」
単なる日常に紛れた些細な風景のように、アランは語った。
しかし、その言葉が耳に届いた瞬間、リナの背筋を悪寒が駆け抜けた。
(カラス……?)
脳裏に、『無明天魔の遺骸』を自身に回収させた謎の集団――『八咫烏』、その青年の背にあった黒翼がよぎる。
確かに、あの路地裏は吹き溜まりだ。カラスの餌になるような廃棄物など、いくらでも転がっている。
だが、タイミングがあまりにも出来すぎている。
(『無明天魔』の遺骸を求めていた連中が、『忘苦天魔』の秘宝にまで手を伸ばした……?)
単なる偶然か、あるいは周到に練られた計画の一部なのか。今はまだ仮説に過ぎない。
しかし、バラバラだった点と点が、一つの不吉な線を結び始めていた。
「……わかったわ。その件については、私の方でも警戒しておく。アランさんは、今はあまり自分を責めないで」
胸の中で渦巻く動揺を悟られぬよう押し隠し、リナは極めて穏やかで冷静なトーンで告げた。
「さて……次は加藤さんの番ね」
リナが視線を向けると、じゃんけんに負けてずっと出番を待っていた加藤が、どこか気恥ずかしそうに頭を掻いた。
「ああ、はい。……いや、アランさんの話がショッキングすぎて話しにくいんですけど……僕のはそんなに深刻な話じゃないですからね」
加藤は苦笑いを浮かべ、バッグから一通の封筒を取り出した。先ほどまで漂っていた「秘宝紛失」という物騒な空気とは対照的に、彼から醸し出される雰囲気はどこまでも日常の延長線上にあった。
「実は、銀行の仕事の方で……というか、個人的にちょっと気になることがありまして」
丁寧な前置きを挟んでから、加藤は静かに言葉を継いだ。
「うちの銀行の投資先のひとつに、『スクルタス孤児院』がありまして……そこの職員の一人が悩んでいらっしゃいましてね」
加藤は封筒をテーブルの端に置き、困ったように眉を下げた。
「彼のお父様が『行方不明』になったそうなんです。どうやらその方は、現役の警官だったようで……現場にはその方の銃だけが残されていたとか。しかも、明らかな事件性があるはずなのに、警察の動きが妙に鈍いらしくて……それで、もしよければリナさんに、その銃を視てもらえないかと思いまして」
加藤の言葉に耳を傾けながら、リナは「行方不明」という単語を頭の中で何度も反芻した。スクルタスで急増する原因不明の失踪事件。その暗雲に、いまや治安を守るべき警察官までもが飲み込まれたというのだろうか。
「……その銃、今はどこにあるの?」
静かに問いかけるリナに対し、加藤は封筒から一枚のメモを取り出した。
「職員の名前は斎藤ヒカルさん。銃は遺品として彼が持っているそうです。日中は孤児院で子供たちの面倒を見ているそうなので、現地を訪ねればお会いできるかと……」
そう言って加藤は、孤児院の住所が記されたメモをリナに差し出した。
「わかったわ。その斎藤さんという人を訪ねてみる。銃に何らかの記憶が残っていれば、その方の行方も追えるかもしれないし」
「ありがとうございます」
差し出されたメモを受け取るリナに、加藤は安堵したように深く頭を下げた。
だが、その直後に彼の歯切れが悪くなる。視線をあちこちへ泳がせ、何かを言い淀むように言葉を濁し始めた。
「ただ……」
「……なに? まだ何かあるの?」
リナが不審に思って問い返すと、加藤は困ったような、あるいは少し遠い目をするような、何とも言えない表情を浮かべた。
「あそこの院長が、その……なかなか独特な方なので……リナさんなら大丈夫だとは思いますが、少し……心して行かれた方がいいかもしれません」
「独特……?」
リナの脳裏に、これまでに会ってきた癖の強い依頼人や能力者たちの顔がよぎる。
しかし、この生真面目な加藤にここまで言わせる人物とは、一体どのような類なのだろうか。
胃のあたりに微かな重みを感じながら、リナは革手袋をきつく締め直した。
◆ ◇ ◇ ◇
スクルタス第一地区――政治と行政の中心地。
だが、そんな大人たちの喧騒から隠れるようにその孤児院は、地区の端の裏道にひっそりと佇んでいた。
加藤が営業マンとして培った「言葉を選び抜く技術」を、現地に到着して早々に痛感することとなる。彼が言っていた「独特」という表現は、気遣いという名のオブラートを幾重にも重ねた、最大級の警告だったのだ。
案内されたのは職員の休憩室。そのソファには、重力に抗うことすら諦めたような、だらしなく太った体躯の女性が横たわっていた。彼女は、リナが部屋に入ろうと、足音を立てようと、決して起き上がろうとはしない。ただ、焦点の定まらない気怠げな視線を、一度だけこちらへ向けるだけだった。
それは、子供たちの未来を預かる者というよりは、永遠に終わらない休日の昼下がりをただ貪り続けるだけの隠居人の姿であった。
「……あなたが、院長さんかしら?」
努めて穏やかに問いかけたリナに対し、返ってきたのは小さな鼻鳴らし一つだった。
加藤から渡されたメモによれば、この院長は一切の仕事をせず、終日こうしてソファに根を張っているだけだという。子供たちの世話も、施設の運営も、すべては他の職員や子供たち自身が肩代わりしているというのが現状だった。
訪れたのが昼過ぎだったのは、あるいは幸運だったのかもしれない。子供たちの多くは学校へ行っている時間帯で、時折幼子のぐずるような泣き声が聞こえるほかは、施設全体がしんと静まり返っていた。この静寂こそが、彼女の怠惰を助長させているのかもしれないが……
「私は鑑定士のリナ・フォーグナーといいます。職員の斎藤さんに用があって伺ったのだけれど……」
内心でため息をつきながらも、この空間に漂う圧倒的な停滞感を払いのけるように言葉を重ねる。
だが、その声すら院長は完全に無視し、虚空を見つめたまま寝返りを打った。
その徹底した無関心さに、深い呆れを覚えた、その時だった。
「はい、私が斎藤ですけれども……お待たせしてしまい、申し訳ありません」
背後から静かに声をかけてきたのは、隠しきれない疲労を漂わせながらも、澄んだ誠実そうな瞳をした青年――斎藤ヒカルだった。
「良かった。実は、加藤さんからあなたの話を聞いて、お父様の件で――」
「――これ、片付けといて」
リナが本題を切り出そうとした、その矢先。
湿り気を帯びた、それでいて有無を言わせぬ声がリナの言葉を遮った。
ソファで横たわっていた院長が、不機嫌そうに太い腕を伸ばし、テーブルの端に転がっていたスナック菓子の空き袋を斎藤の方へと突き出したのだ。
「あ、はい。すみません、今すぐに」
斎藤は嫌な顔ひとつせず、手慣れた様子でそのゴミを受け取る。
真面目な青年が、怠惰の権化のような人物の小間使いとして使われている。そのあまりに不条理な光景に、リナは言葉を失った。
ゴミを手渡した院長は、自身の役割を果たしたとでも言いたげに、満足そうに再び重い瞼を閉じた。
「……あちらで、お話ししましょうか」
斎藤は申し訳なさそうにリナへと向き直り、声のトーンを落として廊下の奥を指差した。
◇ ◆ ◇ ◇
案内された一室の扉を開けた瞬間、リナは思わず息を呑んで足を止めた。
そこは、寂れた施設の外観からは想像もつかないほど、眩い「栄光」で満たされていたのだ。
壁一面を埋め尽くす賞状、棚にぎっしりと並べられた黄金のトロフィー。スポーツ、格闘技、学術――多岐にわたるジャンルで、そのすべてに同じ名前が刻まれている。
「凄い数ですよね。しかもこれ、全部一人のものなんですよ。『アオイ』くんっていうんですけどね」
斎藤がどこか誇らしげに、しかし少しだけ複雑なニュアンスを含んで呟く。
「彼のおかげで、銀行さんやスポンサーの会社さんにたくさん支援していただけて……施設の運営資金は、彼に依存しているような状態なんです。まあ、そのせいで院長は……あんな感じですけど。自分が何もしなくてもお金が入ってくるものですだから、完全にやる気を失ってしまって」
あのだらしない院長の態度の裏には、一人の子供がもたらす巨大な利益という背景があるようだ。
リナはアオイと呼ばれた少年の功績の数々を眺めながら、子供一人に施設全体が、あるいは大人の生活までもが乗っかっている異常な構造を肌で感じた。
しかし、今はその歪な運営を正すことよりも、優先すべき目的がある。
「それで、父の件なんですが……引き受けていただけるんでしょうか」
斎藤がポケットから、古びた革製のホルスターを取り出した。中に収められているのは、主を失った警察官の制式採用銃だった。
「父の同僚や現場の人たちは、本当に熱心に捜索してくれていたんです……ですが、突然『上』から捜査の中止が決められたって……」
斎藤は悔しげに唇を強く噛み、ホルスターを抱える指先に力を込めた。
「父は真面目だけが取り柄のような男でした。同僚の皆さんも、そんな父が何も言わずに消えるはずがないと、勤務時間外にまで動いてくれていたんです。なのに、上層部からの圧力が異常なほど迅速で……強硬だったようで……」
国家の治安を守るはずの組織が、自らの身内の失踪すら強引に覆い隠そうとしている。その不自然な動きは、単なる事件の枠を超え、この街の深淵に根を張る巨大な影を予感させた。
「……上層部の判断、ね」
リナは呟き、冷え切った銃の感触を想像した。
権力者が真実を隠蔽しようとする時、そこには必ず、大衆の目には触れさせてはならない「不都合な記録」が存在する。
「いいわ、視せてちょうだい。権威ある方々が何を隠したかったのか、その銃に直接訊いてみるから」
リナは左手の革手袋を滑らかな動作で脱ぎ捨てた。剥き出しになった白く繊細な手が、沈黙を守る鉄塊へと、静かに伸ばされていく。
◇ ◇ ◆ ◇
――13紀 2114年 青命の月 16日
「お疲れ様です、ハジメさん!」
「おお、お疲れ。ちょっと、巡回に出てるからな」
脳裏に映し出されたのは、交番の空気を柔らかく包み込む一人の警察官――ハジメの姿だった。背負った階級や能力の有無など関係なく、彼の周りには自然と人が集まった。
ハジメが持つ独特の温かさは、殺伐とした現場さえもどこか和らげるような、不思議な安心感に満ちていた。
「お疲れ、ハジメさん。冷え込んできたから、風邪を引かないように気をつけてな」
「ハジメさん、こんにちは! 今日もパトロール、ご苦労様です」
ハジメが一歩街へ出れば、その温もりは波紋のように広がっていく。八百屋の店主が威勢よく手を振り、下校途中の子供たちが弾んだ足取りで駆け寄ってくる。行き交う住民の誰もが親しみを込めて彼の名を呼び、屈託のない笑顔を向ける。ハジメもまた目元を緩め、一人ひとりの言葉に丁寧に耳を傾けては、穏やかな笑みを返していく。
一人の真面目な警察官が積み上げてきた、嘘偽りのない信頼という名の記録。
だが、その輝かしい日常の記憶に、突如として不穏なノイズが混じり始める。
「キャーッ!」
平穏なパトロールの記憶は、突如として切り裂かれた。鋭い女性の悲鳴が、湿った空気の漂う路地裏の奥から空気を揺さぶった。
ハジメの足に躊躇はなかった。彼は迷うことなく、悲鳴の主が待つ暗がりへと地を蹴る。
薄暗い路地へ飛び込んだハジメの視界に飛び込んできたのは、一人の女性が絶望に染まった表情のまま倒れ込んでいく瞬間。そして――
彼女の目の前に蠢く、この世のものとは思えぬ『異形』の姿だった。
その生命体とすら呼べるかも怪しいナニカは、白い深海生物を思わせるヌメヌメとした質感と不気味な光沢を持ち、何本もの触手を波打たせていた。
その触手の一本が、たった今意識を失った女性の身体へと触れていた。
ハジメは即座に腰のホルスターから拳銃を引き抜き、正面に構えた。
(ほかに方法はないはずだ……撃つしかない。女性へ誤射する危険もないはずだ)
警察官として必要な判断が、一瞬の逡巡を生む。
だが、そのわずかな迷いの隙を、異形の鈍く赤色に光る眸は見逃さなかった。
音もなく、白い触手が異様に伸び、空を裂く。それがハジメの身体に触れた――
その瞬間、脳裏を埋め尽くしていた鮮明な記憶は、唐突に真っ暗な虚無へと変わった。
ハジメの記憶は、そこで不自然に断絶していた。
◇ ◇ ◇ ◆
意識が、現実の冷たい空気の中へと急速に浮上した。
本来、『鑑定』で視る記憶の断片は、潮が引くように余韻を残しながら徐々に淡く解けていくようなもの。それがたとえ、「死」という終焉であってもだ。
しかし、今回の途切れ方はあまりに異常だった。まるで、再生中のビデオテープを、いきなり機器から引きずり出したかのような……
「……リナさん?」
不安を含んだ斎藤の声に、リナはゆっくりと顔を上げた。
彼は父の最期を知る恐怖に耐えるように、指先が白くなるほど拳を強く握りしめている。
リナはひとつ息を吐き、努めて穏やかなトーンで言葉を紡いだ。
「お父様は……ハジメさんは、最期まで立派な警察官だったわ」
リナは視たままを丁寧に伝えた。暗く湿った路地裏で一人の女性の危機に、迷うことなく飛び込んだ勇猛さ。そして、あの『異形』のナニカに臆することなく銃を構えた、その高潔な背中を。
「市民を守るために迷わず動いた。あなたの言った通り、誰よりも真面目で優しい人だったという事実が、この銃の記憶にもはっきりと刻まれていたわ」
「そうですか……」
ヒカルの唇から漏れた声は微かに震え、その瞳には熱いものが溢れていた。自分たちの誇りであった父の生き様が、最後まで本物であったという事実。それだけで、彼にとっては大きな救いになるのかもしれない。
しかし、リナの胸中には拭い去れない澱のような懸念が残っていた。
(あの断絶……あれは、『トランクケース』の時と似ている……)
忘苦天魔のトランクケースに、記憶を預けてしまった加藤。彼の記憶にあった断絶と、ハジメの記憶の断絶は酷似していた。
『異形』の白い触手。そして、奪い去られた記憶。
ハジメを襲ったのは、単なる突発的な怪物などではなく、もっと計画的で、色濃い悪意に満ちた「ナニカ」の仕業ではないのか。
「推測できるのはここまでか……なら後はやはり、現場に行くしかないわね」
窓の外に広がるスクルタスの街並みを見つめながら、リナは呟いた。
記憶の断絶したその場所。そこに、警察の上層部――あるいはさらに『上』の存在が隠したがっている真実が転がっているはずだった。
「なら、僕も一緒に行かせてください!」
斎藤が弾かれたように身を乗り出した。
「父が最期にどんな場所に立ち、何と対峙していたのか……この目で確かめたいんです。警察官の息子として、黙って指をくわえているわけにはいきません」
リナは少しだけ眉をひそめ、彼の華奢な肩を見つめた。現場には、まだあの触手が潜んでいる可能性がある。非能力者の彼を連れて行くのは、あまりにリスクが高い。
だが、真っ直ぐに自分を射抜く彼の瞳に、かつて師の背中を追おうとした一人の少女の姿を、一瞬だけ重ねてしまった。
「……いいわ。ただし、私の指示には絶対に従うこと。少しでも危険だと判断したら、迷わず引き返してもらうからね」
「はい! ありがとうございます!」
ヒカルは力強く頷くと、大切に抱えていた父親の銃をホルスターに収め、立ち上がった。
だらしない院長のいびきが響く廊下を通り抜け、二人はハジメの記憶が途切れた境界線へと向かうべく、孤児院を後にした。
W360――TATIBANA
W.エーペックス社製の回転式拳銃
警察官の携帯する装備。装填可能数は5発
使用する弾薬は意図的に
殺傷力を下げるため先端を丸くしているが
人を殺す道具であることに変わりはない
ゆえに強い責任が生じ
発砲には適法であり、合理的であることが求められる




