10話「英雄の出陣」
光の剣
光属性の中級魔術
手元に光粒子を収束させ、剣の形をかたどる
光る剣は、正義の戦いを意味し
特に子供の憧れである
――13紀 2114年 冥結の月 2日
『――現在、転移門周辺で動きがありました! 門の向こうで動きがあったようです。詳しい状況はわかりませんが……』
朝の日差しが差し込む回顧録。
テレビの画面の向こうでは、アナウンサーが騒ぎ始めていた。彼女の周囲の他局の報道陣も慌ただしく動き出し、少しでも良いポジションを確保しようと奪い合いを始める。
「どうせまた、誰かの早とちりでしょ」
天界からスクルタスへの派兵が正式に発表されてから早4日。これまで、何度も似たような狂騒が繰り返されている。
大抵は、ガセネタを掴まされた記者が動くたび、周囲が同調して右往左往するだけの空騒ぎ。
どうせ次も誰かの勘違いだ――頭ではそう切り捨てながらも、いざ本当に“その瞬間”である可能性を捨てきれず、画面へ視線が引き寄せられるのは、皆同じだろう。
『――見えました! 大階段を今、兵士たちが続々と降り始めました。列の先頭にいるのは……』
アナウンサーの言葉に合わせるように、ズームされたレンズの先。
長い階段を降りてくるのは白銀の鎧を纏った兵士の群れ。
そしてその先頭を、堂々たる足取りで歩む一人の女性。
その姿が鮮明に投影された瞬間、リナの瞳は瞬きすら忘れて固まってしまった。
燃え盛る炎のような赤髪。漆黒の眼帯で封じた右目と、獲物を射抜く猛禽のごとく、異様な黄金の光を放つ剥き出しの左目。2m近い長身の背には、自らの身の丈ほどもある無骨な大剣が背負われていた。
『“ベスタ様”です! スクルタスへと向かっているのは、“最強の英雄”、ベスタ・ルクセンブルクです!』
布巾を手にしたままのマスターが、彫像のように動きを止めた。
「キョウカの言っていた『英雄』って、まさかベスタ様のことだったの……!?」
漏れ出た声は、自分でも驚くほど震えていた。
『ベスタ・ルクセンブルク』。この世界でその名を知らぬ者はいない。数多の伝説的な敵を屠り、戦乱を終結させてきた生ける伝説。多くの能力者がその背を追い、非能力者にとっては神にも等しい絶対的な庇護の象徴。
――天界がこのスクルタスへ、最強の駒を直々に送り込んできた。
◆ ◇ ◇ ◇ ◇
街の空気の変貌は、恐ろしいほどに速かった。ほんの数時間前に、その姿がカメラに捉えられただけだというのに、街中は一瞬にしてベスタ・ルクセンブルクという「コンテンツ」に塗り替えられた。
街頭に掲げられる大型ビジョンや横断幕は、燃えるような赤と金を基調とした英雄を歓迎する煌びやかなバナーを一斉に映し出し始める。
テレビのチャンネルを回せば、どこもかしこも彼女の輝かしい武勇伝で埋め尽くされている。コメンテーターたちは、彼女がスクルタスに降り立つことがどれほどの「光」であるかを、競うように語り合っていた。
「……現金なものね。あれほどハリスを、時代の寵児のように扱っていたのに」
つい数日前まで、この街の熱狂は間違いなくウィリアム・ハリスという男に注がれていたはずだった。だが、本物の英雄というあまりに強烈な光が差し込んだ瞬間、彼が積み上げてきた支持という名の流行は、春の雪のように呆気なく溶けて消えてしまった。
ハリスという闇に近い野心も、ベスタという眩すぎる光も、この街にとっては消費されるだけのブームに過ぎないのかもしれない――
――カランッ!
乾いたドアベルの音が店内に響く。
外の喧騒とともにドアをくぐってきたのは、流れるような金髪を揺らす女性――天津キョウカだった。
「久しぶりだな、リナ」
彼女は画面の中で熱狂に包まれる「英雄」の姿を一瞥し、鼻で笑うとすぐにリナに視線を戻した。
「お前、騒がしいのは大丈夫か?」
突拍子のない問いかけ。
その意味を測りかねていると、キョウカは懐から一枚の上質な封筒を取り出し、机の上に放り投げた。
「天界の連中が、お前を『特別功労者』の一人として表彰したいらしい……まあ、タネ明かしをすると、私が地下水路の封印のことを奴らに話したからだが……」
彼女は、リナに絶句する間すら与えず、淡々と言葉を重ねていく。
「別に無理に行く必要はない。あいつらの“おべんちゃら”なんか疲れるだけだし、変なことに巻き込まれる可能性もある。それに何より……」
キョウカは、一度そこで言葉を区切った。
「ほぼ確実にハリスたちもでしゃばってくる。ここでベスタと友好関係を築ければ、それは奴らにとって最高のアピールになるからな」
天界軍の派兵という巨大な話題で街は浮かれているが、スクルタスでは、今なお市長選という大きな政治的イベントの真っ最中なのだ。
ベスタという新たな「英雄」が現れた以上、ハリスも、彼に後れを取っていた他の候補者たちも、この新ブームを利用しないはずがなかった。
「……いいわ。その招待、受けることにする」
リナは封筒をじっと見つめた後、迷いを断ち切るように掴み取った。
「ハリスと天界が何を企んでいるのか暴く、絶好のチャンスよね」
「ほう……殊勝な心がけだな」
キョウカは楽しげに喉を鳴らし、不敵な笑みを浮かべた。
「蛇の住処に自分から飛び込むわけだ。これは退屈な式典が、少しはマシな見世物になりそうだ」
キョウカは、自分の為すべき仕事は終わったと言わんばかりに出口へと向かって歩き始めた。
「式典は三日後だが、リハーサルは明日だ。遅れるなよ」
「ええ、わかったわ」
リナの短く力強い頷きを確認すると、キョウカはドアの取っ手に手を掛け、振り返ることなく最後の警告を吐き捨てる。
「……気をつけろよ。天界の連中は――ベスタを除いても、ハリス以上の化け物ばかりだからな」
その言葉は、単なる個人としての戦闘力の強弱だけを指しているようではなかった。
資金、政略、発信力。それらに加えた軍事力。全てが、地上のあらゆる街を圧倒するほどだ、と。
「マスター……明日は少し、店を空けることになるわ」
リナは無言で、左手の革手袋をきつく締め直した。
華やかな表彰式の裏で、鑑定士と市長候補、そして天界の英雄が交錯する。スクルタスの真実を巡る舞台の幕が、今、静かに上がろうとしていた。
◇ ◆ ◇ ◇ ◇
――13紀 2114年 冥結の月 3日
翌朝、リナは招待状を鞄に忍ばせ、街の中心部――スクルタス第一地区にそびえ立つ『天界領事館』へと向かい、回顧録を出発した――
――ニャー。
「クロ? 今日はどうしたの、お店で寝ていればいいのに」
鈴の音のように軽やかな鳴き声が響いた。
回顧録の愛猫――と言っても、マスターが飼っているわけでもないようだが……その黒い居候猫はなぜか今、まるでリナを先導するかのように、尾をピンと立てて誇らしげに歩いている。
「まさか、ついてくるつもり……!?」
声をかけても、クロは歩みを止めない。金と翠のオッドアイで一度だけリナを見上げると、そのままスタスタと前を進んでいく。
街の中心に近づくにつれ、空気は目に見えて鋭いものへと変わっていった。
白銀の甲冑に身を包んだ天界軍の兵士たちが歩く姿が、ちらほらと見え始める。ベスタ率いる本隊に先んじて到着した先遣隊だろう。
彼らが放つ整然とした、そして冷徹な覇気は自然と通行人を威圧していた。
だが、そんな彼らに民衆が示した反応は、畏怖でも恐怖でもなかった。
人々は手元の携帯端末をかざし、物珍しそうに写真を撮影する。カシャっとという無機質な電子音が、街の至るところから聞こえてきた。
やがて、リナは領事館の重厚な正門が見えてきたところでふと足を止め、自分の足元で喉を鳴らす黒猫を見下ろした。
「……“ペット”の立ち入りって、許可されるのかしら?」
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
「リナ・フォーグナー様のご来館です!」
正門に立つ門番の白銀の甲冑が、日光を反射して硬質な輝きを放つ。彼は手渡された招待状を検分した瞬間、直立不動の姿勢をとり、朗々とした声を張り上げた。その声は、まるで一つの「権利」を街中に宣言するかのように響いた。
案内されたのは、領事館の奥深く――目を剥くほどに豪華な待機室だった。見上げるほどに高い天井には水晶のシャンデリアが揺れ、室内に点在する大理石のテーブルには、普段の街ではお目にかかれないような色彩豊かな極上の料理や、芳醇な香りを放つ酒――そして、華やかに彩られたスイーツが並べられている。
その空間へと一歩、足を踏み入れると同時に不躾な視線が一斉に突き刺さった。
待機室にいたのは、自身と同じく何らかの「功績」を認められ、緊張の面持ちで出番を待つ表彰者たち。
そして、世界権力の中枢である天界に少しでも取り入ろうと、脂ぎった笑みを浮かべて語らう街の有力者たちだった。
「……随分な賑わいね、クロ」
リナの足元で、クロが不機嫌そうに喉を鳴らした。
部屋の隅では、市長選で見覚えのある顔が、天界の役人の顔色を窺いながら熱心に耳打ちをしている。
華やかな社交場を装ってはいるが、その実態は剥き出しの野心と保身が交錯する品評会のようだった。
リナはそんな喧騒から距離を置くように、色鮮やかな大皿の乗ったテーブルの前へと移動する。
どのような重圧の中であろうとも、彼女の中にある明確な優先順位は揺るがなかった。
「……まずは糖分ね。どんな時も、頭を動かすにはこれが必要だわ」
リナは小声で自分に言い聞かせると、迷うことなく皿の上のスイーツたちを自身の持つ小皿へと次々に取り分ける。
まずはフルーツケーキだ。宝石のようなフルーツをスポンジの随所に散りばめた一切れ。果物たちはラム酒に漬けられていたようで、口に含むと芳醇な香りが鼻腔を突き抜ける。
やはり、天界の技術で調理されたスイーツは一味違う。思いがけないところで、画面の向こうの漠然とした憧れであった味に巡り合うことができた。
「さて次はどれにしましょうか……」
捕食者の目が、獲物たちをゆっくりとなぞる。
甘味たちに緊張が走る。まるで蛇に睨まれた蛙の如く、彼らは動くことを忘れていた……
「お前に決めた!」
思わず、口内で唾液がほとばしる。
次の瞬間、憐れにも冷酷なフォークに攫われたのは、カカオの香りを漂わせるチョコレートケーキだった。口に入れると真っ先に感じるのは、ねっとり濃厚、とろけるような口どけ。そしてその滑らかさを貫くように、あとから伝わる純度の高いチョコレートの味。
至福の瞬間。ただその一言にすべてが集約される。この幸福の時間が味わえたというだけで、ここに来た価値はあったと言っても過言ではない。
リナの隣では、地元の商工会議所の役員らしき男が、天界の書記官に必死にへつらいの言葉を重ねていた。
だが、リナの耳には届かない。今の彼女にとっての最大の関心は、次の一口をどのスイーツにするか、ただその一点のみだった……
◇ ◇ ◇ ◆ ◇
――ガシャン!
陶器が跳ねる硬質で鋭い音が、待機室に一瞬の静寂を作った。
「ちょっと、クロ! お行儀よくして、ここは私たちの店じゃないのよ!」
足元にいたクロが、ローストビーフでも狙っていたのか、テーブルの上に前脚をかけようとしていた。
リナは慌ててたしなめながらも、待機室に残った“最後”のケーキへとフォークを突き立てる。
最後まで取っておいたのは、やはり大好物であるショートケーキ。フォークを刺した瞬間、その手応えで“理解った”。こやつは、回顧録のものとは決定的に異なる、と。
回顧録でマスターの手によって作られるケーキは、ほどよく生地の食感が残された、噛むほどにスポンジそのものの美味しさが溢れる一切れである。そのどこか懐かしい王道のスタイルももちろん好きなのだが……
口に入れた瞬間、ふわっとほどける。やわらかなスポンジと軽やかなクリームが重なる。
(やっぱり、天界のはこっちのスタイルなのね――)
――ガタンっ!
しかし、リナの呑気なケーキの品評は、重厚な扉が勢いよく開け放たれた音であっけなく打ち切られた。
待機室に、複数台の撮影カメラと機材を従えた一人の男が悠然と姿を現す。以前見かけた時と比べると、引き連れている取材陣の数は明らかに減っていたが、その自信に満ち満ちた笑みには、まったく陰りがなかった。
「皆さん、今日はおめでとう! スクルタスの発展に寄与した諸君を、同じ市民として心から誇りに思うよ」
その声は、部屋の隅々にまで響き渡った。
それまで天界の役人たちの機嫌を伺い、媚態を売っていた権力者たちが、今度は一斉に競うようにその新市長候補の元へと群がり、称賛の言葉を浴びせかけ始める。
(やっぱり来たわね。ウィリアム・ハリス……)
表向きは市民の味方を装う市長候補でありながら、その裏では地下水路の奥深くで不穏な企みを巡らせている男。
リナは残ったケーキを一口で飲み込みながら、ハリスへと冷たい視線を向けた。
ハリスはおべっか使いたちを器用にあしらいながら、ゆっくりと部屋全体を見渡す。
やがてその視線は、人だかりから離れ、モグモグと口元を動かしている銀髪の女性へと固定された。
「これはこれは、鑑定士のリナ・フォーグナー嬢! ……おっと、お食事のお邪魔だったかな?」
瞳の奥に計算高い光を秘めながら、ハリスは迷いのない足取りでリナの方へと歩み寄ってきた。
(……なんで、私の名前を!?)
ハリスは突然の訪問に対する無難な謝罪を口にしながらも、遠慮なく言葉を重ねた。
「君のような若き才能が、この街……いや、天界の皆々様のお役に立っていると知って、私は本当に感激しているんだ! ……ところで天界のスイーツのお味はどうだい?」
貼り付けたような見事な笑顔を崩さないままハリスは、リナが口の中のものを飲み込み終える瞬間をじっと待っていた。
「んっ、んん……次期市長候補ともあろうあなたから、直接お褒めの言葉をいただき身に余る光栄です」
リナは空になった皿をそっとテーブルに戻し、感情を削ぎ落とした声で応じた。
「ですが、なぜ私のことをご存知で? 私はただのしがない鑑定士に過ぎませんのに」
その問いに、ハリスは待っていましたと言わんばかりに大袈裟に両手を広げ、芝居がかった優雅な仕草で笑ってみせた。
「当然知っているとも! 街……と天界のために心血を注ぎ、計り知れぬ功績を立ててくれたんだ。行政を司る立場の人間が、君のような気高い功労者を把握していないはずがないだろう。当たり前じゃないか!」
ハリスは胸を張り、誰の耳にも聞こえるような堂々たる声で断言した。その姿はいかにも、「有能で市民思いの指導者」そのものだった。
(……この男は、私がなぜここに呼ばれたのかは何一つ知らないようね)
ハリスの言葉には、まるで具体的な内容がなかった。それに加え、天界とスクルタス、そのどちらの利益にリナが寄与したのかすらも、持ち前の弁舌と勢いで誤魔化すように話していた。
(私は『特別功労者』として招待された。具体的な表彰内容は一切公開されていない。とりあえず、私の名前だけ調べて接触してきたというわけね)
ハリスはカメラに向かい、まるで将来有望な若き才能を自身が発掘し、引き立ててでもいるかのようにリナの隣で言葉をまくしたてていた。
(あなたが必死にコソコソと企んでる『地下水路の謎』。その情報を提供したから、私はここへ招かれたというのに……)
市民の不要な混乱を避けるため、天界側もリナの裏の活動を表立って表彰するわけにはいかない。
だがその隠匿が奇しくも、この目の前の政治家の滑稽な無知を誘発していたのだ。
「それは……過分なご評価ですこと」
感情を押し殺し、リナが短く言葉を返すと、ハリスは自らの演出が成功したと確信したように満足げに頷いた――
――きゃっ! ドスン! ガッシャラジャン!
甲高い硬質な音が響いた。
給仕の者がその場で転び、持っていた盆ごとグラスや皿を床へとひっくり返したのだ。
一瞬、周囲の視線やカメラがそのハプニングへと注がれる。
そのわずかな「視界の空白」を見逃さず、ハリスはすっとリナの耳元へ顔を近づけ、声を潜めた。
「……君はここにいる誰よりも、この街に大きな貢献をしてくれた。そうだろ? なにせ、あのベスタ・ルクセンブルク本人が、直々に君を選んだのだから」
耳を疑うような言葉だった。
封印を読み解いた実績を、天界が評価したこと自体は理解できる。だが、その選出の裏に「最強の英雄」本人の意思が介在しているというのか。
衝撃に言葉を失っていると、ハリスはさらに音量を落とし、粘りつくような低音で語りかけてきた。
「それで……お願いなんだがね、リナ・フォーグナー。私をベスタ様に紹介してもらえないかい? 君の紹介なら、あの方も無下にはされないだろう?」
リナは思わず言葉を詰まらせた。
返答に窮したからではない。目の前の男のあまりに浅ましくも貪欲な身勝手さに呆れ果てたからだ。
(天界の『英雄』すら、自分の選挙パフォーマンスの道具にしようとしているの……?)
だがリナが口を開くより早く、ハリスは彼女の沈黙を肯定と受け取ったのか、一人で満足げに頷いた。
「よし、期待しているよ! 我々スクルタス市民の未来のために、ね」
ハリスはそれだけ言い残すと、何事もなかったかのように身を翻した。再びカメラのレンズが彼を捉えた瞬間、大衆を魅了する理想のリーダーの爽やかな笑顔を貼り付け、次々と群がる権力者たちに愛想を振りまいていく。その背中は、一分の隙もないほど完璧に演出された政治家のものだった。
残されたリナの足元で、クロは転倒した給仕の側に転がっていた「カラフルな玉状の物体」を動かして遊んでいた。
「ベスタ様が私を指名した……? 紹介も何も、私だってまだ彼女と会ったことすらないというのに……」
リナは眉間を押さえ、深く溜息をついた。
ハリスの誤解、そしてベスタという存在の不気味な接近。二日後に迫った本番を前に、事態はリナの予想を遥かに超えて、複雑な色を帯び始めていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◆
「これよりリハーサルを行います。表彰者の方々は別室へ移動を」
部屋の喧騒を切り裂くように重厚な扉が開かれ、粛々とした声が響き渡った。
漆黒の執事服に身を包んだ一団が足音すら殺し、入室してくる。その寸分の狂いもない統制された動作と隙のない立ち振る舞いは、彼らが単なる奉公人ではなく、天界の厳格な規律をそのまま体現する者たちであることを物語っていた。
「ようやくか」
リナは小さく息を吐き、足元のクロに視線を送って歩き出す。
だがその隣に、当然のような顔をして並び立つ影があった。
「では行きましょうか! リナ・フォーグナーさん」
ハリスだ。彼はまるで、以前からの親密な知人であるかのようにリナの傍らにぴたりと寄り添い、周囲のカメラや権力者たちに向けて、「有望な若者をエスコートする良き指導者」の笑顔を振りまいた。
「いやあ、緊張することはないよ。この私がついている!」
表彰者ではないにも関わらず、まるで自分も主役の一人であるかのように振る舞うその厚顔無恥さ。
その野心と計算に満ちた横顔に、リナは思わず眉をひそめた。
「……随分と熱心なのですね、ハリスさん」
皮肉を込めて短く返したが、彼はそれを称賛と受け取ったのか、満足げに鼻を鳴らして歩調を合わせた。
執事たちに導かれ、豪華な待機室から、静寂が支配する廊下へと進んでいく。
リナの足元では、クロがハリスの足元を狙うようにして、鋭い爪を隠したまま音もなく並走していた。
カラフルな玉状の物体
転倒した給仕の近くに転がっていたもの
乾いた表面は、触れると妙にざらついている
水に溶けそうだ




