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余命わずかな公爵令嬢は、最後に最愛の婚約者からの愛を望む  作者: 春乃りぜ(ましゅぺちーの)
第一章 最後に一度だけ愛してください

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8/23

8 最後の思い出

マーガレットがヴァージルを連れて来たのは、王都から馬車を一時間ほど走らせた場所にある湖だった。

先に降りたヴァージルに続き、彼女も馬車から降りる。当然、エスコートはなしだ。



マーガレットは辺りを見渡し、人がいないことを確認した。



(よかった、誰もいないみたいね……)



最後の最後は二人きりで――という彼女の願いは叶えられたようだった。



ヴァージルは王都の端にある観光地でも何でもない湖を前に、困惑を隠しきれなかった。

馬車で一時間もかけておいて、わざわざこんな場所へ来ることが理解できなかった。



「なぜ俺をこんなところに連れてきたんだ?」

「あと少しでわかります」



――ヴァージルが首をかしげたそのとき、突然大きな音と同時に遠くの空に光が見えた。

彼の瞳にそっくりな紫色の光は、空で大きな一輪の華を描き、そのまま深い夜と同化して消えていく。



「あれは……」

「とっても綺麗ですね、ヴァージル様」



マーガレットがヴァージルをここへ連れて来た理由。

それはちょうど今日の夜に開催される祭りの打ち上げ花火を二人で見るためだった。



ヴァージルは立て続けに空に打ち上げられる花火を眺めながら呟いた。



「そういえば……祭りの時期だったな……」

「ええ、小さな頃は自由な外出が許されなくて……よく邸宅にある窓からあの光を眺めていました」



アーヴィング家では、祭りの時期になるとマーガレット以外の家族たちは皆出かけてしまう。

彼女だけが邸宅に取り残され、使用人たちもほとんどが家族や恋人と祭りに行っていた。



マーガレットは祭りに参加することはできなかったが、本邸が王都に位置していたため、何とか花火だけは見ることができた。

生まれて初めて見る美しい光。幼き日の彼女は一瞬でその光の虜になってしまった。



「私、花火が好きなんです。一人ぼっちで孤独を感じたときに、同じ光をどこかで見た人がいると、みんな同じ空の下で生きているんだなって思えるからです」

「……」



その言葉に、ヴァージルは一瞬だけ花火から彼女に視線を移した。

花火が映っているせいか、彼女の瞳はいつもより輝いて見えた。



――ほんの少しだけ、美しいと思ってしまった。



同時に何発も打ち上がる花火よりも、彼はマーガレットに夢中になっていた。



(花火を見るのも……今日が最後になるのね……)



彼女はあと一年も生きられない。

そのため、来年の祭りには参加することができなかった。

大好きな花火を見ることができるのは、今日で最後だった。



マーガレットは目を離さず、しっかりとその光を焼き付けた。



「ヴァージル様……今日、一緒に過ごしてくださってありがとうございました」

「……マーガレット?」



打ち上げ花火が終了するほんの少し手前、マーガレットはヴァージルと向かい合った。

この瞬間を最後に、二人の婚約は破棄されることとなる。



微笑むマーガレットとは対照的に、ヴァージルは不思議な感覚に陥っていた。

なぜか、彼女との別れがとても悲しく感じられたのだ。



そんなにも切ない瞳で見つめられると、彼の胸がギュッと締め付けられた。

いつも悲しそうな目でヴァージルとメリーベルの二人を見ていたことは知っていたが、今日に限ってなぜこんな気持ちになるのだろうか。



マーガレットとの婚約破棄は、ほかの誰でもない彼が強く望んでいたことだった。

最後となる今日も、浮かれた気分でメリーベルのいる公爵邸を出た。行くときはとても気持ちが晴れ晴れとしていたのに、どうして別れ際になると切なくなるのか。



彼は自分の気持ちに説明がつかなかった。

そんな彼の心情など気にも留めず、マーガレットは言葉を続けた。



「ヴァージル様のおかげで、今日はとっても良い一日になりました。最後に思い出が作れてよかったです」

「……」



思い出という一言に、ヴァージルはおかしくて笑いそうになってしまった。

待ち合わせ時刻に三十分も遅れたうえに、婚約者としての義務であるエスコートもしなかった。



彼がマーガレットだったら間違いなく怒って帰る状況だろうに、なぜ思い出などと言えるのか。



「初めて出会った頃より、ずっとお慕いしておりました。十年間、束の間の幸せを与えてくださってありがとうございました」

「幸せだと……?」



――その瞬間、最後の一発となる花火が打ち上げられた。

色は、青色。偶然か彼女の瞳の色によく似ていた。



花火を背に微笑む彼女は、この世にいる誰よりも美しかった。

最後の言葉を済ませると、彼女はヴァージルから背を向けた。



――彼女が、夜の闇の中へ消えていく。



彼は無意識に、去って行くその体に手を伸ばしていた。

触れたいと思ったことなんて一度もない、華奢な体を、彼は両腕で包み込むように抱きしめた。



「マーガレット、待ってくれ……!」



腕の中に彼女の姿はなかった。

ついさっきまでたしかに目の前にいたマーガレットは、いつの間にか暗闇の中で輝く青色の光と化していた。青い光は次第に小さくなり、彼の腕の中で消えて行った。



「――どこへ、行ったんだ……?」



闇夜の中で一人、ヴァージルはポツリと呟いた。

なぜかとても、大切なものを失ってしまったかのような……。



***



ヴァージルの前から姿を消したマーガレットは、王都に位置するある人物の邸宅にいた。

アーヴィング家よりかはずっと小さいものの、一人で住むには贅沢すぎるほどに広い豪邸。



彼女は最後の力を振り絞って魔法を使い、ヴァージルの前からその場所まで転移した。

重い足を必死の思いで動かしながら、彼女はそこにいる()の元まで向かった。



「――先生」

「……マーガレット」



唯一明かりの灯った部屋まで辿り着くと、セオドアが彼女を出迎えた。

――そう、ここは医師セオドア・サーストンの暮らす邸宅だった。



「全て……終わらせてきました」

「マーガレット」



歩きながら倒れ込む彼女を、セオドアはその胸に抱き留めた。

前よりもだいぶ痩せたマーガレットに、彼は驚きを隠せなかった。



服で誤魔化してはいるが、彼女の体重は減少し続けている。健康的だった以前との差は明白で、見れば誰でもわかることだった。

しかし、愚かなヴァージルや家族たちは彼女が痩せたことに気付いてすらいなかった。



彼らのことを考えると、セオドアの腹から怒りがこみ上げてくる。

今すぐにでも、アイツらを痛い目に遭わせてやりたい。

しかし、今はそんなことをしている場合ではなかった。



「マーガレット、大丈夫だ」

「先生……」



セオドアは彼女を強く抱きしめた。冷たかった彼女の身体が、彼のおかげで僅かに温かみを取り戻したようだった。

彼はマーガレットを抱きしめながら、そっと囁いた。



「――これからは俺が、お前を守るから」

「……」



逞しい腕に抱かれ、彼女は安心したように目を閉じた。




読んでくださってありがとうございます!


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