7 最後のデート④
食事を終えたマーガレットは、ヴァージルを連れて近くの雑貨屋を訪れていた。
文房具や髪飾り、クリームやコスメなどが平民でも手の届くお手頃な価格で売られている。
完全に女子向けのその空間に、ヴァージルがいるのはあまりにも似合わなかった。
「何か買うのか?」
「良いものがあったら……買おうと思ってます」
少ないが、きちんとお金を持ってきている。
残り半年しか生きられないのに何を買うのかと思われるかもしれないが、一度くらいは自分で決めたものを買ってみたかった。
(ドレスもいつもお義母様が選んでいたし……私の意思なんて関係なく全てを決められていたから……)
――そんな生活は、もう懲り懲りだった。
最後くらい自由にさせてほしかったのだ。
可愛らしい文具を眺めていたマーガレットに、ヴァージルが声をかけた。
「――最後だし、俺が買ってやろうか?」
「……」
予想だにしていない彼の提案。
貴族社会では、男性がデートにおいて女性の分まで支払いをするのは至極当然のことだった。
ヴァージルもただその慣例に倣っただけで、特別な意味はない。
本来なら喜ぶべきことだけれど、今彼に何かをプレゼントされるわけにはいかなかった。
何の未練もなく、この関係を終わらせると決めたのだから。
マーガレットは冷静に断りを入れた。
「……いいえ、自分のものは自分で買うのでお気になさらないでください」
「……そうか」
ヴァージルはマーガレットの返事に、つまらなさそうに顔を背けた。
断られて、プライドを傷付けられたと思ったのかもしれない。
その後、二人は髪飾りなどの装飾品が立ち並ぶコーナーへと歩みを進めた。
マーガレットがちょうど今付けているリボンにそっくりな髪留めやカチューシャ、イヤリングにネックレスなどが安価で売られていた。
(何か買おうかしら?可愛いものが多くて悩んでしまうわ)
マーガレットは花のイヤリングを手に取り、店員の許可を得て自分の耳にはめた。
後ろにいるヴァージルのほうを振り向いた彼女は、照れくさそうにイヤリングに手を触れた。
「ヴァージル様、このイヤリングどう……」
振り向いた先にいたヴァージルは、マーガレットのことなど気にも留めずに水色のバレッタを手に取って眺めていた。
彼の手の平よりもずっと小さいハート型のバレッタ。少なくとも、マーガレットには絶対に似合わない。
彼がバレッタを見つめながら誰を思い浮かべているかなんて、明白だ。
「……メリーベルによく似合いそうだ」
「……」
頬を赤く染め、愛おしそうな顔で、彼が呟いた。
マーガレットはそんな表情のヴァージルを見たことがなかった。
――あぁ、やっぱりこんなときにも彼の心にいるのは彼女なんだ。
マーガレットと一緒にいようとも、関係がない。
彼の心の中には、常に彼女が存在していたのだ。
「……ヴァージル様、お気に召したようなら買っていかれてはいかがですか?」
「そうだな、メリーベルもきっと喜んでくれるはずだ」
ようやくマーガレットを視界に入れた彼は、彼女のはめたイヤリングに気付くこともなく、嬉しそうに頷いた。
彼がレジでバレッタを購入している間に、マーガレットはそっとイヤリングを外し、元あった場所に戻した。
ヴァージルが先に店を出たのを確認すると、マーガレットも外へ出た。
試着しておいて結局何も買わないだなんて失礼だろうが、愛想の良い女性店員は何も言わずに彼女を見送った。
手ブラで外へ出てきたマーガレットに、ヴァージルが尋ねた。
「結局何も買わなかったのか?」
「……はい、良いものがなかったんです」
彼はマーガレットがイヤリングを購入しようとしていたことすら知らなかった。
当然だろう、彼はメリーベルへの贈り物を探すのに夢中だったのだから。
マーガレットはヴァージルと横並びで王都の道を歩いた。
正午から三十分遅れで始まった最初で最後のお出かけはあっという間に過ぎ、いつの間にか日が暮れ始めていた。
(とっても不思議な一日だったわ……ヴァージル様と二人で外出するだなんて)
最後に良い思い出が作れたようでよかった。
夕焼けに染まる道を二人で歩いていると、なぜかマーガレットは泣きそうになってしまった。
今にも目から溢れてしまいそうな涙を、彼女は何とか堪えた。
日が暮れ初めているということは、ヴァージルと一緒にいられる時間も残り少なくなっているという意味だった。
元々、マーガレットは一人で外出することもできないくらい体調が芳しくない。
しかし、今日は彼との最後の日だからと、事前に特別な薬を飲んでいた。
名医セオドアから処方されたものだが、薬の効果は夜には切れてしまう。
そのため、彼女は夜までにヴァージルの元を去る必要があった。
「最後に、ヴァージル様と行きたいところがあるんです」
突然立ち止まったマーガレットに、ヴァージルが振り返った。
最後――というその言葉に、彼は妙な違和感を覚えずにはいられなかった。
しかし、終わりは終わり。
彼女の言う最後さえ済ませれば、この億劫な関係も終えることができる。
「……本当に最後なんだな?後で戻りたいとか言われても受け入れられないぞ?」
念のためきちんと確認を取るヴァージルに、マーガレットはゆっくりと頷いた。
彼女にとって、愛する人と過ごす最後の夜が幕を開けた――




