6 最後のデート③
馬上槍試合の観戦を終えた後、ヴァージルはいつもより機嫌が良いように見えた。
メリーベルの前でしか見せることのなかった笑顔、さっきとは違って歩くペースも彼女に合わせるように僅かに遅くなっていた。
こうして二人並んで歩いていると、きっと恋人だと誤解されてしまうだろう。
(……もしかして、さっきはその勘違いを避けるためにあえて距離を取っていたのかしら?)
今さらだが、ヴァージルのメリーベルへの想いは相当なようだ。
わかっていたことだが、自覚すると何だか辛い気持ちになる。
(最後くらい、醜い嫉妬心なんか抱いちゃダメよ。彼を応援してあげないと)
元よりそのつもりでここへ来たのだ。
マーガレットは必死でそう自分に言い聞かせた。
そのとき、隣を歩いていたヴァージルがマーガレットに尋ねた。
「それで、次はどこに行くんだ?」
「次は……商店街を見て回ろうと思っています」
――王都にある商店街。
常に人で溢れかえる商店街には、多くの店や食べ物の屋台が立ち並んでいる。
貴族御用達のブティック、有名パティスリーの経営するカフェ、小物や雑貨が売られているショップ。
遠くには王立美術館や博物館、カラフルな住宅街が見える。
ここは紛れもなく王都の中心であり、最も栄えた街だった。
親しい友人もいないマーガレットは、この場所で遊んだことが一度もなかった。一度くらいは大切な人と来てみたいと思って、商店街を選んだのだ。
王都の街並みを眺めていたヴァージルが、ボソッと呟いた。
「……王都に来るなんて久しぶりだな」
「……メリーベル嬢とはいらっしゃらなかったのですか?」
マーガレットがメリーベルの名前を出したのが気に入らなかったのだろうか、ヴァージルはピクリと眉を上げた。
なぜ、自分でもメリーベルを出したのかはわからない。ただ、彼が彼女と最近外出していないか気になったのだ。
(人の交際事情を聞くだなんて、私ったら何を考えているのかしら)
そんな自分に嫌悪感を抱きながらも、マーガレットは彼の答えを待った。
「……人混みが苦手なんだ、こういうところはわざわざ行こうと思わない」
「そうだったのですね……」
驚くことに、三年間交際しているメリーベルとは一度も王都に来たことがないようだった。
なら、マーガレットが初めてということである。
初めて、という言葉の響き。
今日に限って何だかとても心地よく感じる。
「私、お腹が空いてしまって……何か屋台で食べませんか?」
「……そうだな、俺もちょうど小腹が空いたしな」
マーガレットの提案をヴァージルは受け入れ、二人は商店街にある屋台へと向かった。
彼女が選んだのは、肉や野菜の串焼きが売っている屋台だった。
マーガレットは串焼きを二本購入すると、一本をヴァージルに手渡した。
彼女が選んだのは、焼きたての牛肉の串焼きだった。
「こんなもの、食べられるのか?」
「ヴァージル様は抵抗がありますか?」
「いや……」
マーガレットはフゥーッと息を吐いて熱を冷ますと、何の抵抗もなく牛肉を口に運んだ。
衛生面など気にもしていない様子の彼女を、ヴァージルは驚いた目で見つめていた。
「どうかなさったのですか?」
「……」
マーガレットは自身を見つめたままの彼を不思議に思い、首をかしげた。
一方、ヴァージルは少し前にメリーベルとホルブルック領地を訪れたときのことを思い出していた。
ヴァージルは愛する恋人と共に、近い将来領主となる街へやって来ていた。
もうすぐ俺たちがここの主になるんだと言うと、メリーベルは素敵ねと喜んだ。
このとき既にヴァージルはメリーベルを妻とすることを決めており、領民たちに彼女を未来の領主夫人として紹介していた。
昼時になり、彼はどこかのお店で食事をすることを提案した。
食にあまり興味のなかった彼は、適当にすぐ近くにあった評判の良いレストランを指差した。
しかし、メリーベルはヴァージルの提案に難色を示した。
『――あそこの店は奴隷上がりの平民が経営しているそうよ。何だか不潔じゃない?』
過去を回想していたヴァージルは、何かに導かれるようにマーガレットから渡された串焼きを一口食べた。
「美味いな……」
「そうですよね!?とっても美味しいでしょう?」
自分の選んだ食べ物が彼に認められ、嬉しくなったマーガレットは満面の笑みを浮かべた。
「……ッ」
美しいマーガレットの微笑み。
メリーベルと違って普段滅多に笑わないせいか、ヴァージルは不覚にもドキリとしてしまった。
もちろんメリーベルが最愛の人であることに変わりはない。
しかし、なぜか今になってマーガレットが気になり始めている。
当然、彼女はそんな彼の気持ちなど知る由もなかった。
「美味しいですね」
「あぁ……」
お互いに、何事もなかったかのように振舞う。
そうすることが二人にとって最適だったからだ。
時間をかけて串焼きを食べ終えたマーガレットは、残った串を近くのゴミ箱に捨てて口を開いた。
「腹ごしらえもできたことだし……次は……」
「――お前、串焼き一本で足りるのか?」
「……!」
何気なく問われたその一言に、マーガレットは心臓が本当に止まってしまうのではないかと思った。
彼女は病気を患ってからかなり食欲が落ち、今では以前の量も半分も食べることができなかった。
しかし、病気のことをヴァージルに言うわけにはいかない。
――何の未練もなく、綺麗さっぱり終わらせると決めたのだから。
「……も、元々少食なので」
「……そうか」
ヴァージルは元々、マーガレットについてあまり知っていることがない。
そのせいか、言い訳する必要もなく簡単に騙されてくれたようだ。
彼の無関心が功を奏すことになるとは、何だか複雑な気持ちである。
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