5 最後のデート②
競技場の前まで着くと、ヴァージルが振り返った。
一応同伴者であるため、入るのは一緒にという考えのようだ。
突然の彼の行動にマーガレットは驚き、その場で立ち止まってしまった。
「……」
見つめられると、途端に不安になる。
病気のこと、彼にバレていないだろうか。
歩いただけで息が上がるなんて情けないって思われてるかな。そんな心配、今さら抱いたところで意味がない。
どのみち、私たちは婚約を破棄するのだから。
しかし、そんな彼女の心配とは裏腹に、ヴァージルは不思議そうに彼女を眺めているだけだった。
「何をしている、早く来い」
「あ、はい……」
マーガレットは息を何とか整え、早歩きでヴァージルの元まで向かった。
よかった、いつもみたいに私に興味のない彼で。悲しさ半分、嬉しさ半分の気持ちになったのは初めてだ。
競技場に入り、二人は観覧席に横並びで座った。
場内は既に人で埋め尽くされており、マーガレットたちの席は後ろのほうだった。
しかし、それでも後ろに行くにつれて席が高くなっているせいか、見づらさは感じなかった。
むしろ、会場を広々と一望することができ、見やすかった。
マーガレットは横にいる彼にチラと視線を向けた。
手を伸ばせば届く距離にヴァージルがいる。そう考えると、マーガレットの心臓は鼓動を早めた。
脈打つ胸の音が聞こえてしまうのではないか。彼女はそんなどうしようもないことを心配しながら、彼の傍に座っていた。
そのとき、ヴァージルが前を向いたまま口を開いた。
「……こういうところに来るのは初めてなのか?」
「え……」
急に声をかけられたことに驚き、マーガレットは返事をすることも忘れて彼の横顔を見つめていた。
振り向いたヴァージルと目が合い、彼女はようやく我に返った。
「あ、いえ……何度か来たことがあります」
「そうか」
目がしっかりと合うこの状況が何だか気まずくて、彼女は耐えきれずに逸らしてしまった。
昔は平気だったはずなのに、どうして今は真っ直ぐに見つめ返せないのだろう。
ヴァージルはメリーベルと出会ってから、彼女を一度も見なかった。
そんな彼が突然、彼女のプライベートに関することを聞いてきたのだから驚くのも無理はない。
「貴族令嬢が、このようなものに興味があるとは驚いたな」
「私も……人に言うとビックリされちゃうんです。そういうふうに見えないって」
「ならなぜ、こんなところへ来るんだ?」
純粋な疑問で、特に深い意味のない質問だということはマーガレットも自身もよくわかっていた。
しかし、どうしても喜びを感じてしまう自分がいるのが何とも情けない。
なぜ、競技場へ試合を観に来るのか。
彼の前では普段から取り繕って生きている彼女の頭には、建前の理由ばかりが浮かび上がった。特に変わったところのない、貴族令嬢としては百点満点の回答。
以前の彼女であれば、間違いなく本心を隠していたはずだ。
――でも最後くらい、嘘偽りのない本当の気持ちで話してもいいんじゃないかな。
マーガレットは、正面を向いたままゆっくりと口を開いた。
「カッコいいじゃないですか、騎士って。国民たちを守るために一生懸命戦うその姿が素敵で……私は彼らを尊敬しているんです」
「……」
何の迷いもなくそう答えた彼女に、ヴァージルは驚きを隠せなかった。
今、競技場にいる騎士たちは貴族ではなく、平民の者たちだ。
高位貴族であるマーガレットが、王家直属の近衛騎士ならまだしも、平民の騎士に対して尊敬するだなんて。
貴族の令嬢では、平民の騎士を汚らわしいと見下している者も多かった。
てっきりマーガレットもその類の令嬢だと思っていたが、どうやら違うようだ。
「そうか……」
「そろそろ試合が始まりますよ」
ちょうど開幕の合図が鳴り、馬上槍試合が始まるところだった。
二人は会話を止め、観戦に集中した。
今回の馬上槍試合は、一騎打ちによって行われる。
甲冑を身に纏った二人の男性が馬に乗り、ランスを持って競技場に姿を現した。
彼らの登場と同時に、観客席から歓声が上がった。
ランスは馬上槍試合において定番の武器だが、時には剣や他の武器を使うこともある。
参加者の騎士の名前が呼ばれた後、カルテルと言うルールが読み上げられた。
二人は試合を行う前に、馬に乗って闘技場を一周した。
馬上槍試合はトーナメント形式で行われ、勝ち上がった者が上に上がり、優勝者が決まる。
騎士の技量を争う競技会であり、騎士たちにとっては絶対に負けられない戦いなのだ。
「いよいよですね……」
「そうだな」
マーガレットとヴァージルは観客席からじっと試合を見守っていた。
「お前はどっちが勝つと思うんだ?」
「私は……あちらの白い馬に乗っているお方かと」
マーガレットはこのような戦いにあまり詳しくはないが、何となく勘で白い馬に乗ってるほうを選んだ。
あの人が勝ったらいいななんて願いも込めて。
「――お前、わかってないな」
「……ヴァージル様?」
ヴァージルはマーガレットに向けてニヤッと笑みを浮かべた。
普段大人びているヴァージルの、年相応の少年のような笑顔だった。
(ヴァージル様はこんな顔もするのね……)
マーガレットの胸が、トクンッと高鳴った。
不意打ちの笑顔がとても眩しくて、ついつい意味のない気持ちを抱いてしまう。
「俺はあっちの茶色い馬の騎士だ」
「……」
いつもは冷静なヴァージルが、前のめりで試合に夢中になっている。
マーガレットはそんな彼の横顔を、頬を赤く染めながら見つめていた。
――そして、とうとう試合が始まった。
闘技場内がシンと静まり返り、緊張感が走る。
会場に流れる音楽が止まり、二人の騎士が向かい合った。
合図と同時に馬を走らせ、猛スピードで駆け抜ける。
すれ違い様に、それぞれ手に持っていたランスを振りかざした――
「……!」
タァンッ――という乾いた音と同時に、胸を打たれた片方の騎士が馬から落ちた。甲冑が地面にぶつかる音が会場に響いた。
――落ちたのは、マーガレットが勝つと予想した白い馬に乗った騎士だった。
「あら……」
マーガレットの予想は外れ、勝ったのはヴァージルが指した茶色い馬の騎士だった。
馬に乗ったままの彼は片手を上げて堂々と勝利を宣言した。
(私の予想は外れてしまったようね……)
馬から落ちた騎士は何とか自力で立ち上がり、支えられながら医務室へ運ばれて行った。
彼は負けてはしまったものの、最後までやり切った勇敢な若者だった。
――やはり、いつ見ても騎士はカッコいい。
「な?俺の言った通りだろ?」
「ヴァージル様……」
横ではヴァージルが、白い歯を見せてニコッと笑っていた。
久しぶりに向けられたその笑顔は、またしても彼女の心を揺さぶった。
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