4 最後のデート①
三日後の正午、マーガレットは新品のドレスに身を包んで婚約者のヴァージルを待っていた。
いつも下ろすだけのブロンドの髪はハーフアップにまとめ、買ったばかりのリボンを着けている。
あまりにも美しい彼女に、通りすがりの男たちは皆目が離せなくなっていた。
当然、自分に自信のないマーガレットは気付いていなかったが。
(今日の服、似合ってるかしら?ちょっと攻めすぎたような気もするけど……)
最初で最後の、愛する人とのデートなのだ。
少しくらいは、似合わない服を着てもいいだろう。
王都の商店街で、彼女はショーケースに反射する自分の姿を何度も確認した。
頬を染めて期待に胸を膨らませるその表情は、長い間恋しく思っていた恋人を待つ少女のようだった。
実際、彼女が今待っている相手はそのような関係ではなかったが。
婚約しているというだけで、実情はマーガレットの一方的な片思いの関係である。
待ち合わせの時刻を過ぎても、ヴァージルは一向に現れなかった。
十分、二十分と時間だけが過ぎていく中で、彼女はめげずに彼を待ち続けていた。
そして、三十分近くが経過した頃、ようやくヴァージルが待ち合わせ場所に現れた。
「――マーガレット」
「ヴァージル様……!」
馬車を下り、こちらへゆっくりと歩いてくるヴァージルに、彼女は小走りで駆け寄った。
「遅かったので、何かあったのかと思いました」
「メリーベルが体調を崩してしまってな……看病していたんだ」
「そうだったのですね」
三十分も遅れているにもかかわらず、彼はマーガレットに対する謝罪の一言すらしなかった。
ヴァージルが傲慢なのは、今に始まったことではない。そのせいか、マーガレットは特に気にしなかった。
むしろ、彼が体調の悪い恋人を置いてまで自身の元へ来たことのほうが衝撃的だった。
「メリーベル嬢のことはよかったのですね……体調不良だとお聞きしましたが」
「……今日の外出は約束だからな、その代わり婚約破棄は絶対に受け入れてもらう」
彼は有無を言わさないという強い口調で言い放った。
マーガレットは動揺することなく、ゆっくりと頷いた。
当然、彼女もそのつもりでここまでやって来た。
「では、行きましょう。今日のプランは私が既に考えていますから」
「……」
一体どこへ連れて行くつもりなのか。
ヴァージルは気乗りしないまま、彼女について行った。
マーガレットは前を歩きながら、彼のほうを振り返った。
「ヴァージル様、もう一時ですし……お昼ご飯を食べに行きませんか?」
「……昼、食べてきたんだけど」
予想だにしていなかった返事に、気まずい空気が流れた。
二日かけて考えたデートプランが始まって一分で崩壊してしまうとは、彼女は想像していなかった。
しかし、予期せぬ状況に陥っても、マーガレットは笑みを崩さなかった。
「そ、そうだったのですね……では、予定を前倒ししましょう」
「ああ、そのほうが早く終わるしな」
「……」
何気ない一言に、マーガレットの胸が締め付けられた。
最後だから優しくするなんて配慮は、メリーベルを愛している彼にはさらさらないようだ。最後に愛してほしいという彼女の願いは、どうやら叶うことはなさそうだった。
(仕方ないわ……ヴァージル様は私が余命宣告を受けたことなんて知らないもの)
元より、ヴァージルはマーガレットに興味がなく、彼女について知ってることもそう多くはない。
マーガレットは彼と食事をするからと朝食も食べていなかった。そのため、お腹はかなり空いていたが我慢だ。
「それで、どこへ行く気なんだ?」
「王都の競技場で開催されている馬上槍試合を見に行こうと思ってるんです」
――馬上槍試合。
その言葉に、ヴァージルの目が僅かに見開かれた。
マーガレットはヴァージルが騎士たちの試合観戦を趣味としていることを知っていた。
今回、馬上槍試合をデートに選んだのも彼が喜ぶと思ったからだった。
彼はすぐに表情を戻すと、興味があることを気付かれないように顔を背けた。
「……そうだな、行くか」
「ええ、行きましょう」
競技場までの道のりはマーガレットよりもヴァージルのほうが詳しい。
彼は試合を観るのがよほど楽しみなのか、さっきよりも歩くのが速くなっていた。
どんどんスピードを上げ、マーガレットとの距離も広まっていく。
(ちょ、ちょっと待って……追い付けない……!)
病を患っている彼女は、今現在もなお体力が下がり続けている。
少しでも早歩きすると、すぐに息が切れてしまった。
(おかしいな……ちょっと前まではこんなにひどくなかったはず……)
そのとき、小走りしていたマーガレットは僅かに浮き出た地面の段差で転びそうになってしまった。
――彼女が咄嗟に掴んだのは、ヴァージルの着ていたシャツの袖の部分だった。
「……何するんだ?」
「も、申し訳ありません……転びそうになってしまって……」
彼は不快そうにその手を振り払った。
そしてそのまま、マーガレットを待つことなく競技場までの道を歩く。
遠ざかっていく彼の背中を何とか見逃さないように、彼女は必死になってついて行った。
ゼェゼェと息が切れているのに、ヴァージルは気付きもしない。
婚約者になってからというもの、彼とは自分なりに良い関係を築いていたと思っていた。
いつからだっただろうか、そんな良好な関係性が崩壊していったのは。
メリーベルが現れ、彼の隣を陣取るようになってからは、全てが変わってしまった。
舞踏会でのエスコートもなく、定例のお茶会にすら姿を現さなくなった。優しかった彼は豹変し、彼女のことは視界にすら入れなくなった。
そんな娘の現状を知っていてもなお、家族は抗議すらしない。
どうでもいいのだ、彼女が苦しもうと悲しもうと。興味もないのだろう。
ヴァージルが今日、マーガレットとの待ち合わせに来てくれたことだけでも奇跡のようなものだった。
それだけでも感謝しなければならない。
(このくらい、耐えられるわ……彼と一緒に観戦できるんだもの)
――息を切らしながら歩いているうちに、競技場へ到着した。
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