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余命わずかな公爵令嬢は、最後に最愛の婚約者からの愛を望む  作者: 春乃りぜ(ましゅぺちーの)
第三章 彼女が亡くなった後、人々は……

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39 永遠に、夢の中へ…… アーヴィング公爵視点

スペンサーはマーガレットを嫌っていたわけではなかった。

しかし、彼にとって妻リデルと彼女との間にできた娘マージョリー以上に大切なものは存在しない。



リデルはスペンサーがマーガレットを気にかけるのを嫌がった。

そのため、彼はマーガレットに親としての情を注ぐことができなかった。



スペンサーは恐れていた、リデルやマージョリーとの関係が悪化するのを。

リデルが婚外子のマーガレットを受け入れられるほどできた女性であったのなら、彼女はあのような辛い思いをせずに済んだかもしれない。



リデルとの関係悪化を恐れて、スペンサーはマーガレットに暴力を振るうことさえあった。

躾というには、あまりにも行き過ぎた行為だった。どうしようもない父親だったと、自分でもわかっていた。



結局、彼は心が弱く、小さな人間だったのだ。



そのことに気が付いたのは、つい最近のことだった。

リデルとマージョリーの浪費に悩まされていたとき、手を差し伸べたのがまさに散々虐げてきたマーガレットだった。



マーガレットは二人と違って、アーヴィング公爵家を思ってスペンサーに助言をしていた。

彼女はシェリアに似て聡明で、彼も驚くような提案をすることも多かった。その点で言えば、マーガレットはスペンサーよりもずっと公爵家の当主として相応しかった。



次期後継者はリデルの子であるマージョリーにしようと考えていたが、やはりマーガレットのほうが上手くやっていけるだろう。

ヴァージルとの婚約を破棄したことに憤慨してはいたものの、今となってはむしろ都合が良い。

彼との婚約がなくなったことで、彼女を次の公爵にすることができるからだ。



スペンサーはマーガレットの帰りを心待ちにしていた。

――自分が過去に何をしたかなど、とうに忘れて。



「マーガレットはいつ帰ってくるんだ?ところで、なぜ手紙の返事がこないんだ?」

「さぁ、傷心でそれどころではないのでは?」



スペンサーは父親として、娘の安否を気遣う手紙を指定された住所に何度か送っていた。

しかし、返事はいつまでも来なかった。不審に思ってはいたものの、きっと今は社交界や家から離れたいだけだと特に深く考えることもなかった。



一年も経てば心の傷も癒えて、すぐにアーヴィング公爵家へ帰ってくるだろう。

そうすれば、また元通りだ。既にリデルやマージョリーに愛情を抱けなくなっていたスペンサーにとっては、マーガレットだけが希望の光だった。



――いつかまた会えると、信じて疑わなかった。



しかし、そんなスペンサーの願いは永遠に叶わないものとなった。



――マーガレットが家を出て半年後、突然彼女の訃報を知らされた。



最初は冗談かと思った。

マーガレットは病気に罹っているわけでもない、突然亡くなる理由なんてどこにもないのだ。



葬儀で彼女の遺体を見たとき、彼は我を失ってしまった。

表では平然を保っているものの、スペンサーはその場に立っていることで精一杯だった。

心の中にぽっかりと穴が空いたような、途方もない虚無感。



棺の中で横たわるマーガレット。

真っ白な顔で眠っている彼女の身体はとても冷たくて、スペンサーは彼女が亡くなったことを嫌でも思い知らされた。



その後、王都の教会からやって来た大司祭が何やら話をしていたが、今の彼には何も入ってこなかった。

ただ、マーガレットが死んだのだという事実だけが重くのしかかった。



葬儀から帰ったスペンサーは、溜まっていた執務には目もくれず、部屋に引きこもった。



彼は喪失感から酒に走るようになり、アルコール中毒になった。部屋中に酒の空き瓶が転がり、度数の強い酒の匂いで部屋は充満した。

外からは扉を叩く音が毎日のように聞こえたが、彼は頑なに扉を開けなかった。



マーガレットが亡くなってからというもの、一日に一歩も部屋から出ないという日々が続いた。

そんな生活をしばらく続けていると、次第に彼はある人物の夢を見るようになった。



「……シェリア」



かつて彼が捨てた元婚約者――シェリア・ブライアーズ公爵令嬢。

妻リデルからも見放されたスペンサーにとって、時々会いに来てくれる彼女だけが心の拠り所だった。



「シェリア……また会えたな」



スペンサーは目の前にいるシェリアを恍惚の表情で見下ろした。

あの日と変わらない、美しい姿。君だけはそうやって俺を穏やかな眼差しで見つめてくれる。

透き通るように美しい彼女の瞳と目が合うと、スペンサーの荒んでいた心は晴れやかになった。



彼女と話すのは二十年ぶりだった。

豪雨の森の中という場所は変わらないが、以前と違って彼女の表情は優しかった。

あれだけ待ち望んでいたマーガレットの面影があるからだろうか、彼女と夢の中で話している時間だけが楽しみだった。



起きている時間は苦痛、寝ている時間だけが幸せ。そのような日々が何年も続いた。



「そんなに悲しい顔をしないでくれ、俺もすぐそっちに行くから」



スペンサーの伸ばした手が、シェリアの腕を掴んだ。

彼もマーガレットが亡くなって堕落的な生活をしていたせいで、病気を患ってしまった。そのため、そう長くは生きられないことを自分自身で悟っていた。



しかし、悲しくはなかった。いや、むしろ嬉しさを感じていた。

この世を去れば、シェリアのいるあの世へ行けるのだから。



最後にマーガレットと話をした後、彼はゆっくりと目を閉じて生涯を終えた。誰にも看取られることはなく、孤独死だった。



死後、彼を発見した者たちは口々に言った。

姿はみずぼらしかったが、表情は今まで見たことがないくらい穏やかだったと。








***














目が覚めたら、スペンサーは真っ白な世界にいた。



「……ここはどこだ?」



彼はしばらく、わけもわからないまま白い世界を歩き続けた。



少しすると、目の前に二つの扉が現れた。

それぞれ少しずつ開き、中の様子が確認することができる。



一つは眩いほどの光が漏れた、天国のような世界。

もう一つは死ぬ前にシェリアと共に過ごした嵐の森の中。

どちらか選べという天の声が聞こえたような気がして、スペンサーは一直線に駆け出した。



彼が選んだのは―――シェリアのいたあの世界だった。



スペンサーは光に満ちた世界を捨て、彼女と共に闇の中で生きることを選択した。

そこに一抹の迷いもなければ、後悔もない。



「――これからは永遠に一緒だな、シェリア」



君がそこにいるのなら、地獄だろうとどこへでもついて行こう。

ずっと二人だけで、生きていこう。



彼はその世界に既にシェリアがいないことなど知る由もなく、自ら地獄へと飛び込んでいった――




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