34 とある女性の懺悔 ??視点
ウルティア王国の北方にある教会にて。
一人の老いた女性が、教会の中央にある女神像を前に膝をついて祈りを捧げていた。
真っ白なベールを頭からかぶっているせいで、顔は見えない。まるで見られてはいけないものであるかのように、一度たりとも外されたことがなかった。
教会にいた修道女たちは、そんな彼女を好奇の目で見つめていた。
聖職者でもないのに毎日のように祈りを捧げに来る彼女は、近所中の噂となっていた。
しかし、修道女や修道士と話すこともなく、祈りだけをして帰っていく。
そのせいで、誰も彼女の正体を知らなかった。
老齢の女性は、領主の城から遠く離れた一軒の小さな邸に住んでいた。
人里離れた古びた邸で、彼女は一人ひっそりと暮らしていた。
近くにある教会に祈りを捧げるのは毎日の日課で、ここへ越してきてから一日たりとも欠かしたことがない。
周囲は、そんな彼女を変わった人間だと言った。少し行けば小さな村があるが、そこにいる住民たちとも一切関わろうとはしない。
家に入ると、女性はかぶっていた白いベールをようやく取った。
勢いよく頭から取ったせいか、金色の髪がふわりと宙に浮いた。
時刻はちょうど十二時、昼食を摂る時間だった。
彼女はキッチンにある椅子にかけてあったエプロンを手に取ると、自身の身体に巻き付けた。
そのまま台所に立つと、慣れた手つきで包丁を手に取り、料理を始めた。
タマネギとニンジンを切り、鍋に入れて煮込む。野菜が柔らかくなったところで味を付けると、スープの完成だ。
作ったスープを手際よく器に盛ると、テーブルに置いた。
「いただきます」
ついさっき買ったパンにチーズ、野菜と豆のスープ。
昨日とさほど変わらない、平民の間でよく食べられるメニューだ。
彼女はパンをちぎり、スープをすすった。
「お肉なんてもう何年も食べていないわね……懐かしいわ……」
平民が肉を食べられる機会は、そう多くはない。
基本的にはお祭りや結婚式など、催し物があるときだけだ。
あのときは不快にしか感じられなかった肉の味が、今ではなぜかとても恋しく思えた。
彼女はいつも通りの食事をいつも通りに終えると、食べ終えた食器を洗った。
洗い終わると、彼女は部屋の掃除を始めた。
どこかのお貴族様のように使用人なんてこの邸にはいないので、彼女自身が全てをやらなければならない。
「家事っていうのは大変なのね……」
一通り掃除を終えると、彼女はふぅと息を吐いた。
洗濯をするために外へ出ると、離れたところに領主の住む城が見えた。
この領地で最も権力を持つ領主夫妻は、今年で三十歳になる同い年の夫婦だ。
元々分家である侯爵家の出身だった領主が、跡継ぎのいなくなったこの土地を引き継ぐことになったのだという。
夫妻の仲の良さは領地内では有名なことで、二人の間には小さな息子がいる。
先代の領主夫妻は十年近く前に、不慮の事故で二人同時に亡くなっている。
唯一の跡継ぎだった一人娘も、どこかへ姿を消してしまった。
「……」
あの城を見ると、彼女の心が重くなった。
果てしない絶望感と、どうしようもない無力感が彼女を襲った。
――私は、まだ恐れているんだ。
あの城を前に、平静を保てない自分がいることに気が付いた。
「……」
城から視線を逸らすと、彼女はできるだけその一点を見ないように洗濯をした。
全てを洗い、干し終えると、彼女は視線を下げながら邸へ入っていく。
目の前から城が完全に見えなくなると、彼女の心はほんの少しだけ落ち着きを取り戻した。
今や彼女の住処となって長い、この寂れた家。
平凡だが、穏やかなその暮らしを手に入れられるまでの道のりは決して楽ではなかった。
毎日狂ったように絶望の中で生き、死ぬことを考えなかった時間はなかった。
地獄のように苦しかった、あのときのこと。
今の平和な生活を手に入れてからは、徐々に心にも余裕ができた。
リビングの端にある茶色い棚。
その上には、一枚の小さな肖像画が飾られていた。絵の中では、一人の少女が微笑んでいた。
桃色のドレスを着た、華やかな見た目の美しい少女。年はおそらく十五、六歳だろうか。
――そして、その瞳は透き通る青い海のように美しかった。
一体いつ頃描かれたものかはわからない。
女性は絵の中で微笑む少女と近しい関係にあったものの、彼女自身のことはよく知らなかった。
少女を見ていると、途方もない罪の意識に苛まれた。
犯した罪があまりにも重すぎて、もうどうすることもできなかった。
女性が毎日教会へ祈りを捧げに行っているのは、まさに絵の中の少女がきっかけだった。
「……これも全て、あの家に伝わる呪いのせいよ」
女性はゆっくりと、窓に近づいた。
彼女は拳を強く握りしめ、ついさっきまで視界に入れることすら躊躇っていた城をじっと見つめた――
「……」
そして、再び肖像画に視線を移した。
透き通るように美しいその瞳は、彼女が憎悪し続けたあの男のものにそっくりだった。
あのときは憎たらしくてたまらなかったけれど、今はそんなもの感じない。
むしろ、見れば見るほど少女が恋しくなる。
あぁ、神よ。
もしも、一つだけ願いが叶うのならば――
――もう一度、あの子に会いたい。
読んでくださってありがとうございます!
ブクマ、いいね、評価などしていただけたら励みになります!




