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余命わずかな公爵令嬢は、最後に最愛の婚約者からの愛を望む  作者: 春乃りぜ(ましゅぺちーの)
第三章 彼女が亡くなった後、人々は……

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32 公爵家の終わり マージョリー視点

卒業する一週間前、私は久々にアーヴィング公爵邸へ帰った。

アカデミーの寮に入ってからは一度も実家に帰っていなかったため、およそ二年ぶりの帰省だ。



たとえ寮に住んでいたとしても、成人していない令嬢が二年間も親に会わないというのは異例だった。会いに行けないほど遠くに住んでいるわけでもない。親不孝な娘だと思われてしまうかもしれない。

しかし、ラスキン男爵令息がいることを考えると、どうしても帰る気になれなかったのだ。



「……ただいま、公爵邸」



挨拶をしても、返事はない。

活気に満ちていた公爵邸は、今やずいぶんと寂れてしまった。当然だろう、手入れをする者たちがいないのだから。



私が長い年月を共にしたアーヴィング公爵家の本邸。

お姉様にとっては地獄のような場所だっただろうけど、私には思い出の詰まった家だった。

通りすがりの人々が、公爵邸を見上げて呟いた。



「アーヴィング家も落ちぶれたなぁ……」

「この状態じゃ、没落も時間の問題でしょうね」

「一体何が、公爵家をここまで変えてしまったのだろうか……やはり、長女が若くして亡くなったことか」



少し前の私なら、失礼な憶測をする彼らに対してみっともなく声を荒らげていたかもしれない。

だけど、今はそんなことしない。公爵家が終わっていることくらい、誰から見ても明白だったから。



お母様とその恋人の男爵令息では、到底お父様の代わりなんて務まらなかった。



その結果、使用人は全員が辞めていってしまい、アーヴィング家に残ったのは爵位のみだった。

別邸や家具などの資産はほとんど売り払ったが、それでも毎月赤字が続いた。



ラスキン男爵令息は他に女を作って逃げ、お母様も行方を眩ませてしまったと聞いた。

――つまり、今公爵邸に残っているのは一人だけだった。



錠のかかっていない門を開け、私は敷地内に入った。前まで騎士が守っていたこのお屋敷は、いつからか誰でも簡単に入れる場所となった。まぁ、泥棒に入ったところで盗むものなんて無いから意味がないけれど。

花が枯れ、荒れた庭を横目に邸宅までの道のりを歩く。



以前の愛に満ちたアーヴィング公爵家は、見る影もなかった。その変化が、何だかとても寂しく感じられる。あぁ、本当に終わってしまったんだ。そんなことを考えながら、歩き続ける。



邸に入った私は、迷うことなくある場所へと向かった。



「――お父様、失礼します」



重い扉を開けて中に入ると、最後に見たときよりも痩せこけたお父様の姿が視界に映った。

二年間ずっと切っていなかったのか、短かった髪は腰まで伸びていた。髭を生やし、服は汚れている。

お父様だと言われないと誰だかわからないだろう。それほどまでに、彼は二年間の間で変わっていた。



変わり果てた父親の姿に、私は泣きそうになってしまった。

お姉様もお母様もいない今、お父様は唯一残された家族だった。



「マーガレット……」

「……お父様」



お父様はお姉様の名前を呟きながら、私に手を伸ばした。

どうやらお父様は私をお姉様だと勘違いしているようだった。



私はお姉様のように美しくない。強いて言うなら瞳の色くらいしか似ているところがない。それでも、お姉様の透き通るような青色ではないけれど。



「お父様、最後に挨拶をしに来ました」

「マーガレット……ごめんな……」



私は伸ばされたお父様の手を優しく握った。

本当はお姉様ではないけれど、そのことを正したらお父様はきっと悲しむだろう。

最後くらい、彼の望む姿でいてあげよう。公爵家が、お父様がこのような状態になったのは私とお母様のせいなのだから。



「お父様……長い間、お世話になりました」

「マーガレット……守ってあげられなくて、ごめんな……」



父が最期に口にしたのは、お姉様に対する謝罪だった。

お姉様、聞いているかしら?天国にいるであろうお姉様に届いていたらいいな、と思いながら私は言葉を紡いだ。



「私……これからは真面目に生きることにします……亡くなったお姉様に顔向けできるように」

「マーガレット……最後に会えて嬉しい……」



相変わらず私をお姉様だと思っているのだろう、お父様は穏やかに微笑んだ。

こんなふうに笑うお父様は久しぶりに見たから、少しだけ面食らってしまった。



姿かたちは前とだいぶ違うけれど、その優しい瞳はたしかに以前のお父様のものだった。私は無意識に、あることを尋ねていた。



「お父様は……幸せでしたか?」

「……ああ、最後にお前が会いに来てくれたからな」

「そうですか……」



最後の最後まで、お父様の瞳に私は映っていなかった。

溢れそうになる涙を、私は必死で抑えた。



その瞳に私が映っていなかったとしても、悲しくはない。最後にお父様が気にかけていた相手がお姉様だからかな。

私はお父様から手を離すと、何の未練もなく背を向けた。



「さよなら、お父様……」



――私はこれから、新しい人生を歩むことにします。




読んでくださってありがとうございます!


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