27 あの日の記憶 マージョリー視点
お姉様は、私と違ってお父様から愛されていない。
公爵家の愛されるお姫様は私だけであって、お姉様は何の役にも立たない子なのだ。
ずっと、そう思って生きてきた。
そんなお姉様が、お父様の仕事を手伝っていたですって?
お父様は仕事の邪魔をされるのが何よりも嫌いな人で、私やお母様ですらほとんど書斎には入ったことがない。
「マーガレットお嬢様はとても聡明でよくできたお方でした。お二人が散財している間誰よりも節約をし、商人との取引もお疲れの旦那様に代わって率先して行っていました」
「……」
どれも、私の知らなかった事実だった。
お姉様がそこまで公爵家のためを思って動いてだなんて、全く気付かなかった。
「今思えば、旦那様もマーガレットお嬢様に心身を救われていたのだと思います……マーガレットお嬢様と執務をするときの旦那様は柔らかい笑みを浮かべていましたから」
「お父様が……」
そういえば、最近お父様が私に笑いかけてくれることが少なくなったような気がする。
前までは毎日のように見ていたはずの笑顔が、近頃はあまり表に出ないようになった。三人で食事をしているときもしかめっ面で常に何かを考え込んでいるようだったし、お父様はまるで人が変わったかのようだった。
――もしかして、お父様が疲弊しきっていたのはお姉様ではなく、私とお母様のせいだったの?
どうか違っていてほしい――という願いを込めて、私はお父様の侍従を見つめた。
しかし、彼は否定も肯定もせずただ黙っているだけだった。
公爵家の当主であるお父様の補佐に選ばれるほど優秀な彼のことだ。きっと私が考えていることもわかっているだろう。
「マーガレットお嬢様がここ数年間で買ったドレスは一着だけです。それも、亡くなる半年前に婚約者のヴァージル様との外出で着て行ったものです」
「……」
私は今まで、お父様の財力に甘えて特別な用もなく、ただ気に入ったからという理由でドレスや装飾品を購入していた。
既に私とお母様のドレスルームには服や宝石、アクセサリー類で溢れかえっている。
そんな状況に危機感を抱くことなく、お父様の心労も理解していなかったのは紛れもなく私たちだった。
「……ちょっと、今は休みたいの。溜まっている執務はまた後でってことでいいかしら?」
「ええ、マージョリーお嬢様。しばらくはじっくりとお考えになられたほうがよろしいかと思われます」
ご自身の愚かな過ちと、これからの公爵家についてをね――と侍従は付け加えた。
***
私は一度お父様の執務室を出ると、自室への道のりを歩き始めた。
今は考えることが多すぎて、執務をこなしている場合ではなかった。
公爵邸のどこへ行っても、以前のような活気は感じられなかった。
アーヴィング公爵家は、およそ一ヵ月前――お姉様の死から機能しなくなっている。
――なぜ、どうして。
そのような疑問の答えは既に出ている。しかし、プライドが高いせいかどうしても認めたくなかった。
ふいに、お父様の部屋の前を通りかかった。
前までは使用人たちが扉を叩いて呼びかけていたのに、今はもうそれすらない。
忘れ去られた、当主だった者の部屋。
夜になっても灯りの点かないその部屋は、今や誰一人として近づきたがらない場所だった。
私は歩みを止めると、お父様の部屋の前に立った。
ここへ来ると、幼い頃の記憶が蘇り、同時に色々な思いが溢れてくる。
『――お父様!』
まだ小さかった頃の私が、乱暴に部屋の扉を開けて中に入った。
後ろをついて歩いていた侍女は、礼儀のなっていない私を咎めた。いくら娘とはいえ、ノックもなしに部屋に入るのは無礼極まりない行為だった。
貴族令嬢としては褒められたことではなく、当然叱られるべき行いだろう。
しかし、それでも父は苛立った様子すら見せなかった。
『マージョリー、よく来たね』
『お父様!』
胸に飛び込んだ私を、お父様は優しく胸に抱きしめた。
そのまま私を抱き上げると、大きな手が頭を撫でた。
『下がりなさい。今からはマージョリーと茶の時間とする』
『は、はい……旦那様……』
大きな胸に抱かれていたその頃の記憶が、未だに脳裏に深く刻まれていた。
あの頃を思うと、私の目から自然と涙が溢れた。
お父様に会いたい、幸せだったあの日に戻りたい。
そのような思いが私を突き動かし、気が付けば目の前の扉を開けていた。
「お父様……!」
あの日のように、私は中にいるであろうお父様の元へ――
「…………誰だ?」
「……お父様?」
感極まった私を出迎えたのは、伸びきった髪で虚ろな目をしたお父様だった。
何日も眠れていないのか、目の下には大きなクマがある。髪はボサボサで、前のような威厳に満ちた公爵家当主としての姿は見る影もなかった。
私はそんな父の変わりように驚きながらも、冷たい視線を浴びせられる中で何とか言葉を継いだ。
「お父様……私……最近とても辛いんです……助けてください……」
「……」
私の助けを求める声にも、お父様は動じる素振りすら見せなかった。
「――アーヴィング家の人間が、弱みなど見せてはいけない」
「……」
助けてという一言に対し、返ってきた言葉はただその一言だけ。
これ以上、何を言ったところでお父様は何もしてくれないだろう。
私は失意に満ちた中、部屋を出て行った。
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