26 初めて知る公爵家の事情 マージョリー視点
お姉様が亡くなってからというもの、私の日常は一変した。
まず、お父様が部屋から出てこなくなった。邸の執事が毎日のようにお父様の部屋を扉を叩いているけれど、反応はない。
中にいることは間違いないから、きっといないフリをしているのだろう。
そんなにも仕事がしたくないのか。まぁ、たまにはそういうこともあるよね。
アーヴィング公爵家の当主であるお父様はいつも忙しくて、家族サービスの時間もほとんど取れないくらいだった。
仕事漬けの日々を十年以上も続けてきたんだもの、嫌になってやめたくなるのも当然だわ。
そしてそのせいで、お母様が常にイライラするようになった。
物や人に当たることは日常茶飯事で、ついこの間なんて一番のお気に入りだった侍女が頬をぶたれたのだという。
お母様は性格はキツいが、他人に平然と暴力を振るうような人間ではない。私自身、生まれてから一度も殴られたことも蹴られたこともない。
つまり、部屋から出ないお父様のせいで心に余裕がなくなっているということだ。
「お母様ったら、情けないお父様にイラついているのね」
お母様の気持ちが理解できないわけではないけれど……。
夫を思う妻ならば、たまにくらい休ませてあげるのが正しいのではないかしら。
今回ばかりは、お父様に同情した。
そんな夫妻の冷戦状態は、お姉様の死後一ヵ月にも渡って続いた。
流石にここまで来ると、使用人たちも彼らを見限り始めた。
彼らはただ生活資金を得るためにアーヴィング家で働いているわけであって、当主夫妻に特別な情を抱いているわけではない。
引きこもって仕事をしない父親に、ヒステリックばかり起こして人に当たる母親。
そんな中、唯一残された私に白羽の矢が立つのは当然のことだった。
ある日の正午、お父様の侍従が声をかけてきた。
「マ、マージョリーお嬢様……折り入って頼みがあるのですが……」
「はいはい、わかってるわ。私に公爵家の執務をやれと言うんでしょう?」
「も、申し訳ございません……旦那様と奥様があの状態ですので……」
公爵家の執務を、一介の使用人風情が遂行することはできない。
私は任せなさいと、自身の胸をポンと叩いた。
「私ももう十六よ?幼い頃から後継者教育はやってきてるんだから、きっと完璧にできるはずよ!」
「そ、それは助かりました……!」
ようやく希望の光が見えたのか、侍従は目を輝かせた。
***
私はお父様の執務室へ移動し、山積みになっていた報告書に一枚一枚目を通した。
報告書の内容は数ヵ月前の洪水で崩壊した橋の整備についてだった。壊れた橋はどうするべきか。当然、修繕しなければならない。
なぁんだ、難しいことでも何でもないじゃない!
お父様ったら、大げさなのよ。
私は迷わず紙にサインしようとした。
その行動を、背後に控えていた侍従がギョッとした顔で慌てて止めに入った。
「お、お嬢様!それはいくら何でもマズいですよ!」
「あら、どうして?壊れたものは全て直すのが正しいでしょう?」
「そ、それはそうですが……」
侍従は拳を握りしめて、俯いた。
主の娘が前にいるというのに、何て無礼な態度なんだ。お父様が復帰したらクビにしてもらおう。
「お嬢様……今直面している問題全てを解決できるほどの資金は……我がアーヴィング公爵家には残されていないのです」
「何を言っているの?そんなわけがないでしょう?ウチが資産家で有名な家門だってことは、この国にいる人間なら誰もが知っていることよ?」
いくら私が勉強が苦手とはいえ、そんな見え透いた嘘に騙されるわけがない。
この男はどれだけ私を見下せば気が済むんだ。そんな私に、侍従は震える声で言葉を発した。
「ええ、たしかにありましたよ。ですが、使ってしまったんですよ……全て……」
「誰が?」
「――奥様と……マージョリーお嬢様です」
「…………何ですって?」
あれだけの資産を、私とお母様のたった二人で使い果たしてしまったですって?
いや、そんなことあるはずがない。使用人たちの誰かがこっそり横領したのではないか。
そんな私の疑問を読んだのか、彼が付け加えた。
「前に、お嬢様の誕生パーティーを開きましたよね……有名デザイナーの最高級ドレスに、特注品の馬車。会場も巨大ホールを貸し切り、招待客も国内外から百人以上呼ばれたことを覚えていますか?」
「お、覚えているけど……それが何だっていうのよ……」
あの日のことは今でもよく覚えている。
お母様が私のために開いてくれた、盛大な誕生パーティー。一生に一度、最高の思い出となった日だった。
「やはり、その様子では何も知らないのですね……予算面で旦那様が猛反対なさっていたことを、奥様から聞いていらっしゃらないのですか?」
「は、反対!?お父様が!?」
そんなの信じられない。
お父様はいつも私を溺愛していて、私の願いなら何だって叶えてくれたのに。
「それ以前にも、奥様とマージョリーお嬢様は浪費が多すぎます。買ったドレスや装飾品は一度しか身に着けないし、母娘二人で月に一度は必ず旅行に行ってましたよね。最高級ホテルのスイートルームに泊まり、高価なディナーを楽しまれていたことは知っています」
「……」
そこまで言われてようやく、私は自分が何をしでかしたかに気が付いた。
お父様は大富豪だからと、何の心配もしていなかった。しかし、お金を使えば減っていくのは至極当然のこと。
どうしてそんな当たり前のことに気が付かなかったのだろう。
もしかすると、お父様はそんな家庭の苦しさに嫌気が差して部屋に引きこもってしまったのだろうか。
「旦那様は奥様とマージョリーお嬢様の浪費に、常に頭を悩ませておりました。自分がどれだけ言おうと、二人は聞く耳を持たないと……ですが、そんな旦那様の傍に寄り添って支えていたのが、まさにマーガレットお嬢様だったのですよ」
「……お姉様が?」
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