24 悪の子 マージョリー視点
――私たちは、とても完璧で幸せな家族だった。
誰よりも美しいお母様と、誰よりも優しいお父様。お母様は身分こそ低かったけれど、お父様はそんなお母様のことをとても愛していた。
私はそんな二人の下で、健やかに育っていった。
物心ついた頃には、私は公爵家の愛されるお姫様だった。
兄弟はいなくて一人っ子だったけれど、寂しくはなかった。
このまま家族三人、永遠の幸せが続いて行くのだと信じて疑わなかった。
――いつからだっただろうか。
お母様が、とても悲しい顔をするようになった。
お父様が、仕事が忙しいわけでもないのに憔悴するようになった。
二人の変化と同時に、アーヴィング公爵家に一人の女の子がやって来た。
「……初めまして、マーガレットです」
「……」
お父様や私と同じ、青色の瞳を持つ女の子だった。
しかし、その瞳はとお父様の持つものよりもずっとずっと透き通っていて綺麗だった。
マーガレットと名乗った彼女は、何とお父様の子供なのだという。
まだ小さかった私はあまり理解できなかったけれど、お父様の子供であって、お母様の子供ではない。
つまり、お父様はお母様を裏切ったということだ。
信じられなかった。あんなにもお母様を深く愛していたお父様が、他の女との間に子供を作っただなんて。
誰から見ても完璧だった家族に、綻びが生じ始めた。
あの子が公爵家に引き取られてからというもの、お母様は毎日のように泣いた。
「あぁ、どうしてこんなことに……」
「お母様……」
お父様は毎日お母様の部屋を訪れたけれど、お母様はなかなか固く閉ざされた扉を開けなかった。
数ヵ月も経てば二人の仲は以前のように戻ったけれど、お互いに心のどこかでは蟠りを抱えていた。
私は、そんな両親をこれ以上見ていられなかった。どうして私が、優しいお父様とお母様がこんな目に遭わないといけないの。
精神的に未熟だった私は、人のせいにすることしかできなかった。
憎悪を、怒りの矛先を――異母姉であるマーガレットに向けた。
――全部、あの子のせいだ。
あの子がここにやって来てから、お父様とお母様の仲が悪くなった。
その恨みがただの八つ当たりであることをわかっていながらも、私は彼女を憎まずにはいられなかった。
***
それからというもの、アーヴィング家は家族総出でお姉様をいない者として扱った。
家族旅行にも連れて行かず、部屋から出ることも禁じ、視界にすら入れなかった。
お姉様の悲しそうな表情を見るたびに、私は心のどこかで罪の意識に苛まれた。
もちろん、可哀相だと思う気持ちもあった。
しかし、自分の行動を改めようとは思わなかった。
――彼女は酷い仕打ちを受けて当然の人間なのだから。
私は異母姉を悪女だと思い込むことで、自身の行いを全て正当化した。
「ねぇ、お姉様のあのドレス……とっても可愛いわよね。私に譲ってくれない?」
あるときは、お姉様の数少ないドレスの一着を奪った。
あの女が着ていたものに興味なんてないけれど、彼女が悲しむと思って。
「お姉様、ヴァージル様がお姉様はみずぼらしくて隣にいてほしくないって言ってたわよ」
あるときは、お姉様の愛する婚約者ホルブルック公爵家のヴァージル様との仲を崩壊させるような一言を言い放った。
当然、私の作り話であり、ヴァージル様はそんなことを言っていなかった。
お姉様は何も言わずに、ただ悲しそうに目を伏せた。
最初はただ無視するだけだったはずが、いつしか過激なものに変化していった。
私が異母姉への憎しみを募らせるようになったのには、実は理由があった。
『マージョリー、あの子と親しくしてはいけないわ。あの子は大罪人の娘なのよ』
『大罪人の娘?お母様、どういうこと?』
ある日の正午、私を自室に呼び出したお母様は真剣な面持ちで衝撃的なことを告げた。
『あの子の母親はね、魔術を使ってお父様の心を操った女なのよ』
『な、何ですって……!?』
お母様の話によると、お姉様の母親は禁忌である魅了魔法を使用し、お父様を誑かして無理やり子を作らせたのだという。
つまり、父は母を裏切ったのではなく、お姉様の母親が父に惚れ込んで襲ったのだ。
――そのせいで、私の幸せな家庭は崩壊した。
愛し合う両親の下で、何の悪意にも晒されることなく生きてきた純真無垢な少女は、母親の嘘をあっさりと信じ込んだ。
――マーガレットお姉様は生まれてきてはいけない子だった。
あの子のせいで、お父様もお母様も悲しんでいる。彼女さえ、この世に生まれてこなければ――
一度抱いた憎悪はそう簡単に収まることはなく、私は一切やり返さないお姉様に一方的に攻撃をし続けた。
一抹の迷いすら抱かなかった。ただ、そうするのが正しいと信じて。
そんなある日、お姉様が遠くへ療養しに行くことになった。
何でもヴァージル様との婚約破棄で、精神的に参ってしまっているのだという。
数年で帰ってくるから心配しなくていいと、お姉様は言った。
私はそんな彼女に、一生帰ってこなくていいと告げた。
ただ、彼女への嫌がらせのつもりだった。しかし、そんな私の願いは予想だにしない形で叶うこととなった。
――お姉様は、冷たい遺体となって帰ってきた。
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