20 調査 ヴァージル視点
心のどこかで不満を抱きながらも、離婚することもできず、ズルズルとメリーベルとの結婚生活は続いた。
詐欺師にはめられたあの日からさらに一年が経ち、気付けばマーガレットとの婚約破棄から三年もの年月が経過していた。
相変わらずメリーベルとの結婚生活は上手くいっていなかった。
いつの間にか夫婦の営みもなくなったため、当然子供もできないままだ。
このままではいけないということを、ヴァージル自身もよくわかっていた。
ちょうど彼は、王都で暮らす父親からの手紙を読んでいるところだった。
王都で日々遊びに明け暮れている父が、久しぶりに手紙を送ってきた。
内容は後継者に関することだった。
「本妻が気に入らないのなら、婚外子でも作れ……か」
メリーベルとの夫婦関係が破綻しかけていることは、既に両親も知っていた。
それでも彼らは面倒事に巻き込まれたくないからと、関わろうとはしない。父も母も、息子のピンチを助けようという気持ちなんてないのだ。
他に兄弟でもいれば話は別だが、ホルブルック家の子供は彼だけだった。
父は血筋を重んじる人であるため、分家から養子を取るという選択肢は絶対にしたくないのだろう。
「領主様、いかがいたしましょうか?」
「……」
ホルブルック家に仕えて長い執事は、ヴァージルが望むならいくらでも女を連れてくる気だった。
使用人たちは、仕事ができずにヴァージルに迷惑ばかりかけているメリーベルを良く思っていなかった。
家のことを考えると、メリーベルと離婚し、他の女性と再婚したほうがいいということはわかっていた。
しかし、彼は気が乗らなくて断った。
「いや、いいよ……俺も今は再婚なんて考えている場合じゃないから……」
「……そうですか」
一人になりたかった彼は、執事を部屋から追い出した。
――一体いつ、どこで間違えてしまったのだろうか。
メリーベルと結婚してから常に頭を駆け巡っていた疑問が、最近になってよく姿を現すようになった。
何も、最初から全てが上手くいかなかったというわけではない。
きっかけはわざわざ考えずとも、わかる。
――マーガレットとの婚約破棄、そしてメリーベルとの結婚だった。
優秀な彼女との婚約を破棄し、無能で世間知らずなメリーベルと結婚した。
あの頃は恋に浮かれていて、どのような結果を招くか考えていなかった。
自身の愚かさを、こんなにも呪ったことはない。
(そういえば……マーガレットはあの半年間、どこで過ごしていたんだろうか……)
ふと、婚約破棄した後の彼女のことが気にかかった。
マーガレットに最後に会ったのは、最初で最後の外出をしたあの日の夜だった。
――亡くなるまでの半年間、彼女は一体どこで何をしていたのか。
気になって仕方がなくなってしまったヴァージルは、一度追い出した執事を再度呼び戻した。
***
それから数ヵ月後の夜、ヴァージルはとある小さな町を訪れていた。
王国の西にあるその町は、特別目立ったところがない。強いて言うなら、司祭のいる教会があるくらいだ。
彼は貴族だとバレないようにローブのフードを深くかぶった。
(本当にこんな場所に……彼がいるというのか?)
ヴァージルがここへ来たのは、ある人物に会うためだった。
彼はしばらく歩くと、持っていた地図に示された場所へと向かった。錆びれた建物が、視界に入る。
――今はもう閉院してしまった、小さなクリニックだった。
彼はその隣にある家の扉をそっとノックした。
明かりの点いていない家の中から、足音が聞こえた。
扉が開くと、一人の男が姿を現した。
「……もしや、セオドア・サーストン医か?」
「……なぜ俺の名前を?」
家の主――セオドア・サーストンは虚ろな目で尋ねた。
貴族ではない彼は、ヴァージルの顔を知らなかった。アーヴィング公爵邸を訪れたときに見たことがあったかもしれないが、元々他人に興味がない彼のことだ。マーガレットがいなくなる前の記憶はあまりなかった。
「俺は……ホルブルック家のヴァージルだ。貴殿に話があって……ここまで来た」
「……ホルブルック?ヴァージル?」
その一言で、彼の目の色が変わった。
今すぐに殴られても文句は言えなかった。
しかし、セオドアは何とか落ち着きを取り戻すと、扉を開けたまま彼から背を向けた。
「……入れ」
ヴァージルはセオドアに続いて、家の中へ入った。
その日、サーストン家のリビングの明かりが久々に点いた。
二人はソファに向かい合って座った。高位貴族相手ではあるが、セオドアは彼を尊重するつもりはなかった。
「話とは?俺はアンタと会いたくなかった」
「……」
セオドアがヴァージルに向ける瞳には、紛れもなく憎悪が込められていた。
彼は耐えるほかなかった。自身がマーガレットにしてきたことを思えば、文句など言えなかったからだ。
「貴殿は……マーガレットが亡くなるまでの半年間、彼女と過ごしていたと聞いた」
「それがどうした?」
「今になって興味を持つだなんて自分勝手でどうしようもないことはわかっている……だが、俺は知りたいんだ。彼女が半年間何をしていたのか、なぜ突然命を落としてしまったのか」
そこまで言うと、ヴァージルはソファから降り、セオドアの前で床に膝をついた。
「頼む……俺に教えてくれないか。マーガレットのことを」
彼は勢いよく頭を下げた。
ホルブルック公爵家の人間として気高く生きてきた男が、プライドを全て捨てて懇願していた。
しかし、返ってきたのは冷笑だった。
「ハッ……」
セオドアは立ち上がると、跪いた彼の髪を掴んで持ち上げた。
狂気じみた黒い瞳と、至近距離で目が合った。
「――ふざけたことばっか言ってんじゃねえよ。お前、自分が何したかわかって俺の元まで来てんのか?」
読んでくださってありがとうございます!
ブクマ、いいね、評価などしていただけたら励みになります!




