19 上手くいかない ヴァージル視点
それから半年後、メリーベルとの結婚式が執り行われた。
王都にある大聖堂に大勢の貴族たちが訪れ、ウエディングドレスを着たメリーベルとタキシード姿のヴァージルが神父の前で向かい合っていた。
「新郎、ヴァージル・ホルブルック……あなたは病めるときも健やかなるときも、新婦メリーベルを愛し、支え合うことを誓いますか?」
「誓います」
ヴァージルは迷うことなく、答えた。
新郎の誓いを終えると、次は新婦の番だ。
「新婦、メリーベル・ホルブルック……あなたは病めるときも健やかなるときも、新郎ヴァージルを愛し、支え合うことを誓いますか?」
「はい、誓います」
メリーべルは幸せそうな笑顔で力強く頷いた。
その後、ヴァージルは彼女の顔にかけられたベールを持ち上げると、そのままキスをした。
ワァーッと招待客たちから歓声が上がる。
挙式を終えて会場から出る際、メリーベルは彼の腕にしがみついた。
「ヴァージル……私とっても幸せ。あなたとこうして結婚式を行えるだなんて、夢みたい……!」
「ハハハ、夢にしてもらっちゃ困るな。幸せはこれからだよ、メリーベル」
式中、二人は誰から見てもお似合いの夫婦だった。
今日を以てメリーベルはコックスからホルブルックとなり、ホルブルック小公爵ヴァージルの妻となる。彼が爵位を継承すれば公爵夫人に。
「幸せになろう、メリーベル」
「ええ、ヴァージル。あなたとなら、温かい家庭を築いていけるような気がするの」
ヴァージルとメリーベルは視線を合わせると、照れたように笑い合った。
二人を祝福するかのように、大聖堂の鐘が鳴り響いた。
半年前に亡くなったヴァージルの元婚約者のことなど、人々の記憶からは既に薄れていた。
心から愛し合って結ばれた二人には、明るい未来が待っている。
はずだった――
***
結婚してから一年、幸せなはずの結婚生活には早くも綻びが生じ始めていた。
「――メリーベル!これは一体どういうことだ!」
「あら、どうかしたの?ヴァージル」
ヴァージルは険しい顔で、メリーベルを問い詰めていた。
彼女はそんな彼を前に、きょとんと首をかしげた。
ヴァージルとメリーベルは結婚後、ホルブルック領地にある城で暮らしていた。ヴァージルは領主として村や町を管理し、メリーベルは領主夫人として家政を行ったり、夫の仕事の補佐をしていた。
最初こそ、二人は円満な夫婦だった。
しかし、すぐには解決できない問題が二人の間には生じていた。
ヴァージルは一枚の契約書を手に、メリーベルを追及していた。
「何よ、ただ赤ワインを買っただけでしょう?近いうちに公爵家で祝宴が行われるから大量に必要だって、あなた言ってたじゃない……」
「それはそうだが!何だこの値段は!」
彼の持つ契約書には、『赤ワイン一樽――銀貨三十枚』と書かれていた。
ワインは貴族たちにとって重要な贅沢品であるため、高価であることに違いはない。しかし、この金額はいくら何でもあり得ない。
「一樽銀貨三十枚だなんて聞いたことがない。相場はせいぜい銀貨十五枚ほど――どう見ても詐欺じゃないか!」
「だ、だけど……飲んでみたらとっても美味しかったわよ……?」
メリーベルは何と、相場の二倍以上の金額でワインを購入していたのだ。その数何と、百樽。いくら大量に必要とはいえ、そこまで一気に買うだなんて。
(詐欺師に嵌められたようだな……俺が城を不在にしている隙を狙ってメリーベルに取引を持ち掛けたのか……)
契約書には既に、彼女のサインがしっかりと記入されていた。
結婚早々、メリーベルはやらかしてしまったようだった。
「ヴァージル……私、知らなかったのよ……貴族令嬢がワインの相場なんて知ってるわけないじゃない……それなのに、どうしてそんなに私を責めるのよ……」
「メリーベル……」
ヴァージルがあまりにも責め続けたせいで、メリーベルはとうとう泣き出してしまった。
相場を知らないのなら、買う前に自分に相談してくれればよかったのに。いくら公爵家とはいえ、無限にお金が出てくるというわけではないのだ。
当然、消費した分は減っていく。
いくら騙されたとはいえ、領民たちが汗水流して働いた分のお金をそんなものに使ってしまうのは心が痛む。
ヴァージルは何とかメリーベルを泣き止ませようと、彼女の肩に優しく手を触れた。
「泣かないでくれ……誰にでも失敗はある。気にしなくていい……これから、学べばいいんだ」
「本当……?」
「ああ、次から何か買うときは俺に一言言ってくれよ」
彼女は涙を手で拭いながら、わかったわと頷いた。
ヴァージルは泣き止んだ彼女を置いたまま、部屋を出た。
以前なら抱きしめていただろうが、今はそんな気分ではなかった。
ヴァージルは今から、メリーベルがやらかした分の尻拭いをしなければならなかった。
彼女を妻に選んだのは紛れもない自分なのだから、責任を持って自分がやらなければならないだろう。
一度や二度の失敗なら、まだ笑って見過ごすことができた。
しかし、何度も何度も失態を犯されると心も離れていく。
メリーベルは公爵夫人になってから何度か社交界で貴婦人との間で問題を起こしていた。
彼女は頑なに非を認めないため、彼が代わりに相手の家に謝罪に訪れなければならなかった。
書斎へ入ると、執事が彼に一枚の封筒を手渡した。
「領主様、旦那様から手紙の返事が届いております」
「……父上が」
ヴァージルはすぐに封を開け、中を確認した。
実は彼は、メリーベルの問題行動を王都で暮らす両親に相談していた。
情けないことではあるが、彼一人では解決策が見つからなかったのだ。どれだけ勉強をさせても、メリーベルは何も変わらなかった。
父からの手紙を読んだ彼は、眉をひそめた。
『自分で蒔いた種なのだから、自分で何とかするように』
手紙と呼んでいいのかすらわからない、ただの一言。
要するに、メリーベルを妻に選んだのは自分なのだから、責任持って彼女の面倒を見ろということだろう。
(わかってはいたが、無責任な人たちだな……)
両親だって、メリーベルを妻にすることに賛成していただろう。
そのくせ面倒事になったらすぐに知らないフリをするだなんて。
ヴァージルはハァとため息をつきながら、書斎の椅子に座り込んだ。
メリーベルと結婚してからというもの、悩みは尽きなかった。
ハッキリ言って、彼女は公爵夫人に相応しい女性ではなかった。
メリーベルのことをずっと考えていると、ふいにある人物の顔が脳裏に浮かんだ。
「マーガレット……」
――もしも、ここにいるのがマーガレットだったら。
そんなどうしようもないことを、なぜ今になって考えてしまうのだろうか。
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