18 隠された秘密 ヴァージル視点
ヴァージルは十年もの期間をマーガレットの婚約者として、彼女と時間を共にしてきた。
しかし、アーヴィング公爵家の事情を知っているというわけではなかった。
マーガレットが公爵邸で置かれていた複雑な状況も、彼女の出生の秘密も、彼は何一つ知らなかった。
ただ単に、興味がなかったのだ。ヴァージルにとってマーガレットは、親から決められた結婚相手であり、それ以上でもそれ以下でもない。
彼女の内面や抱えている事情など、彼は知ろうともしなかった。
「食事は……今日はいいかな。今は……食べても胃が痛くなるだけだ」
「あら、そうですか……では、また今度誘わせていただきますね」
マージョリーはショックを受けたような顔をしながらも、無理に引き留めるようなことはせずに去って行った。
姉が亡くなったことよりも、食事の誘いを断られたことに対して悲しんでいるように見えるのは気のせいだろうか。
ふとアーヴィング公爵に視線を向けると、ついさっきまでいなかった公爵夫人が横に立っていた。
彼女もまた、娘が亡くなったことを悲しんでいるようには見えず、ニコニコ笑みを浮かべながら招待客たちと話をしていた。
疲弊している公爵とは対照的に、公爵夫人と次女はいつもとさほど様子が変わらなかった。
アーヴィング公爵夫妻が、貴族では珍しい大恋愛の末に結ばれたのは有名な話だった。
公爵は前の婚約者を捨ててまで、今のご夫人を選んだ。
愛し合う夫妻が、生まれた二人の娘を溺愛しているのもまた、社交界では有名だった。
その証拠に、彼は今までに何度も二人がマージョリーを可愛がっているところを見ていた。
そこまで考えて、ヴァージルはあることに気が付いた。
―――マーガレットは?
(そういえば……マーガレットが公爵夫妻と話しているところを、俺はほとんど見たことがない……)
考えれば考えるほど、謎は深まるばかりだった。
彼は遠くにいるアーヴィング公爵家の三人を、複雑な目で見つめた。
――一見完璧に見えるあの一家には、何らかの闇が隠されているような気がしてならなかった。
***
マーガレットの葬儀を終えたヴァージルは、メリーベルたちの待つホルブルック邸へと帰った。
彼女の死により、彼はかなり動揺していた。今執務を行ったところで、きっといつものようには遂行できないだろう。
しかし、メリーベルの前で弱々しい姿を見せるわけにはいかない。
それも原因が元婚約者ともなれば、良い気はしないだろう。
「おかえりなさい、ヴァージル」
「ああ、ただいま、メリーベル」
邸に入ると、メリーベルを先頭に使用人たちが出迎えた。
まだ結婚こそしていないものの、世界で一番大切な彼の婚約者。
彼女と結婚するために、ヴァージルはアーヴィング公爵家との繋がりを自ら断った。
マーガレットとの婚約破棄は、彼にとってもデメリットだらけだった。しかし、それでも彼はメリーベルを諦めることができなかった。
メリーベルはいつも通りの愛らしい笑顔で、彼の腕にしがみついた。
淑女の鑑だったマーガレットは絶対にこのようなスキンシップなどしなかった。そのせいか、余計にメリーベルが愛おしく思えた。
「ねぇ、ヴァージル。私、お義母様とクッキーを焼いたのよ。一緒に部屋で食べましょう」
「クッキー……?勉強をしていたんじゃなかったのか?」
メリーベルはヴァージルの実家で暮らしながら、花嫁修業を行っている。
花嫁修業とはいっても、掃除や洗濯ではなく、公爵夫人としての執務や上流階級の礼儀作法などだ。
男爵令嬢だったメリーベルは、最低限の淑女教育しか学んでいない。
公爵夫人として彼の横に立つためには、マナーも礼儀作法もさらに上へ行かなければならなかった。
半年後には結婚するというのに、メリーベルは事の重大さをわかっていない。
「そうだけど、ずっとお勉強ばかりだと息が詰まっちゃうでしょう?ちょっと休憩してたつもりだったんだけど……気付いたらクッキー作ってたのよ」
もう、私ったらとメリーベルは照れくさそうに頭をかいた。
いつもなら抜けてるところも愛おしいと思えただろうが、あいにく今はそんな気分になれなかった。
(気付いたらクッキーを作ってただと?一体どういう行動原理なんだ……)
ヴァージルはメリーベルの行動の意味を理解できなかった。
勉強の途中で気付いたらクッキーを作っていた人を、彼は初めて見たからだ。
だが、彼は勉強をサボったメリーベルを叱る気にもなれなかった。
――今は、マーガレットのことで頭がいっぱいだったから。
「そ、そうか……だが、公爵夫人になるためにも……勉強はきちんとしなければならない」
「ヴァージルったら、わかってるわよ。婚約する前にちゃんと約束したじゃない。私があなたを妻として支えていくって」
「そ、そうだよな……」
メリーベルは彼の苦言など気にすることもなく、そのまま腕を引っ張った。
「さぁ、早く行きましょう!ヴァージルが帰るのをみんなで待っていたんだから!」
「メ、メリーベル……」
彼は華奢な腕を振り払うこともできず、メリーベルに引きずられていった。
この日から、ヴァージルと彼女の関係は少しずつ変化していくこととなった――
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