17 元婚約者の訃報 ヴァージル視点
――その知らせがやって来たのは、突然のことだった。
「マーガレットが……亡くなっただと……!?」
半年前に王立アカデミーを卒業したヴァージルは、最愛の恋人メリーベルと婚約を結んで着々と爵位を継承する準備を進めていた。
ちょうど、もうすぐ継承式が行われるところだった。
さらに半年後には、メリーベルとの結婚式も控えている。
そんな中流れ込んできたマーガレット・アーヴィング公爵令嬢の訃報。
ただ、高位貴族が亡くなったというだけならこれほど動揺することはなかった。
しかし、マーガレットはヴァージルの元婚約者だった。
それも半年前までの十年間、婚約関係にあった女性である。
ヴァージルは最後に見たマーガレットの姿をよく覚えていた。
彼は半年前に彼女の願いで、二人きりでの最後の外出をした。
彼の趣味でもある馬上槍試合を観戦したり、食べ歩きをしたり、綺麗な花火を見たり。
とても楽しい時間だったことを……彼もよく覚えていた。
長く婚約していたにもかかわらず、今まで全く知らなかったマーガレットの一面を見た。
すぐに忘れることのできない、良い思い出だった。
花火を見た後、マーガレットは別れの挨拶をしてすぐにどこかへ姿を消してしまった。
追いかけようとしたが、既にいなくなっていて捕まえることは不可能だった。
――そして、その後家に帰ると彼女との婚約は破棄されていた。
婚約破棄後、一言謝罪でもしようと思った彼はマーガレットのいるアーヴィング公爵邸を訪れたが、そこに彼女はいなかった。
公爵の話によると、傷心中であるため療養しに行っているとのこと。
数年後には帰ってくると聞いたため、彼は今日までその日を待ち続けていた。
しかし、肝心のマーガレットは社交界へは戻らず、代わりに彼女が亡くなったという訃報が彼の耳に届いた。
彼はマーガレット死去の知らせを持ってきた侍女に詰め寄った。
「どういうことだ?彼女は何かの病気に罹っていたわけでもない……なぜ急に……」
「……く、詳しくは私にもわかりません、小公爵様」
彼の剣幕に、侍女はビクッと肩を上げた。
彼女は事情を説明する代わりに、ある情報をヴァージルに伝えた。
「近いうちに、マーガレット嬢の葬儀が執り行われるそうです。そこに行けば……何かわかるかと」
「葬儀……」
マーガレットがれっきとした貴族令嬢である以上、当然葬儀が行われる。
亡くなった彼女の葬式に出席するのは、元婚約者として当たり前のことだろう。ヴァージルとマーガレットは婚約こそ破棄してしまったものの、幼馴染だったわけだし。
ヴァージルは執務の手を一度止め、マーガレットの葬儀に向けての準備をし始めた。
***
――マーガレット・アーヴィング公爵令嬢の葬儀当日になった。
ヴァージルが葬儀場へ赴くと、黒い喪服に身を包んだ人々で溢れかえっていた。
中央にある棺にはたくさんの花が供えられ、中で彼女が眠っていた。
(……まさか、本当に亡くなっているのか?)
棺の中で眠るマーガレットは、彼が最後に見た美しい姿のままだった。
肌は白く、トレードマークだった輝く金髪は前よりも色褪せていたが、その姿は間違いなく彼女だ。
すぐ目の前には、生前の彼女の肖像画が飾られていた。
そこに描かれているマーガレットは、こちらを見て微笑んでいた。
しかし、あの日見せた心からの笑みではない。いつも社交界で浮かべている、作り物の笑顔だった。
どんよりとした重い空気の中、彼はマーガレットの父親である公爵に挨拶に向かった。
「アーヴィング公爵閣下、このたびはご愁傷さまでございます」
「……ヴァージル」
彼はマーガレットの許嫁として、アーヴィング公爵とも知り合いだった。
大切な娘の死に、彼は酷く憔悴しているようだった。前に見たときよりもやつれている。
(愛する娘を失ったのだから、当然か)
彼自身も未だ、マーガレットが亡くなったことを信じられずにいた。
「忙しい中、来てくれてありがとう」
「……いえ、当然のことをしているまでです」
表向きは礼を言ったものの、公爵の瞳の奥には僅かながらにヴァージルへの憎悪が宿っているのを彼は見逃さなかった。
マーガレットとの婚約を破棄してから、ホルブルック家とアーヴィング家の関係は微妙なものとなっていた。
今日の葬儀にも、彼の両親である公爵夫妻は参列すらしていなかった。
幼き頃から知っている、将来義理の娘になるはずだった少女の訃報に、彼らは特別興味を抱かなかった。
そんな冷たい家族たちに反感を抱きながらも、ヴァージルは一人でここへやって来た。
ホルブルック家から誰一人として出席しないという外聞の悪さから来るものではない。ただ、マーガレットの死の真相を知りたかった。
お前に彼女の死を悼む資格はないと言われればそれまでだが、知ろうとすることくらいは許されるのではないだろうか。
なんて、勝手な期待を抱いてここまで来た。
会場で立ち尽くしていたヴァージルに、一人の少女が近づいた。
「――ホルブルック小公爵様、今日はお姉様の葬式に来てくださってありがとうございます」
「君は……マージョリー嬢」
彼に声をかけたのは、マーガレットの妹のマージョリー・アーヴィング公爵令嬢だった。
マーガレットの三つ下の妹であり、姉思いで有名な公爵家の次女。
マージョリーは口元に薄っすらと笑みを浮かべながら、彼にゆっくりと歩み寄った。派手で有名な彼女は、今日もまたかなりめかしこんでいた。
葬儀の場に似つかわしくない香水の匂いをまき散らしながら、真っ赤な唇を歪ませた。
「ホルブルック小公爵様がここへいらっしゃるとは思いませんでした。天国にいるお姉様もきっと、喜んでいるでしょう」
「そ、そうだな……」
「ところで小公爵様、このあとよろしければ食事でもしませんか?ちょうど、時間も空いていますし……」
「しょ、食事だと……?」
マージョリーの提案に、ヴァージルは固まった。
姉の葬儀が行われた後、普通なら何も喉を通らず、食事などできないだろう。
ヴァージルは、マージョリーを驚愕の目で見下ろした。
彼女はどうかしましたか?とニッコリ笑った。その反応がまた、恐ろしかった。
(なぜだ……?どうして……)
――悲しんでいるように、見えないんだ……?
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