2 余命宣告
シンと静まり返った診察室の中で、セオドアの一言が重苦しく響いた。
予想はしていたけれど、やはり直接聞くとショックを隠しきれない。
「半年……それだけしか生きられないということですか」
「ああ……」
セオドアはかける言葉が見つからなかった。
マーガレットはまだ十八歳だった。
成人もしていない少女が受け止めるには、半年の余命宣告はあまりにも重すぎる内容だ。
しかし、彼の心配とは裏腹に、彼女は毅然とした態度で立ち上がった。
「マーガレット、どこへ行く気だ?」
「……旅立つまでの準備をしようと思います。落ち込んでいる時間が無駄ですから」
彼女はそれだけ言うと、ありがとうございましたとセオドアに向けて深くお辞儀をして部屋を出て行った。
***
帰りの馬車の中で、マーガレットはコホッと咳をした。
押さえた手のひらには真っ赤な血が付着している。彼女は誰にもバレないよう、慌ててその血をハンカチで拭き取った。
数年前から始まった体調不良だったが、最近はとうとう喀血をするようになった。
体力がかなり落ち、階段を上るだけでも息が切れる。
今やハンカチは必需品となった。以前は白だったが、今は血が目立たないように黒いものを使っている。
思えば病気に罹ったことで、彼女の生活は劇的に変化した。
(それにしても、最近は特にひどくなってきたような気がするわ……先生の言う通り、もう終わりが近いのね)
マーガレットは残り半年しか生きられない。
ついさっき余命を宣告されたばかりだった。幼い頃から悲惨な境遇で過ごしてきた彼女だったが、神はどこまでも残酷な運命を与えた。
三年前から始まった謎の体調不良。ちょうど婚約者のヴァージルがメリーベルと関係を持ち始めた頃だろうか。
元々健康体だったマーガレットは咳が続くようになり、食欲も落ちていった。
最初はただ風邪を引いているだけだと思っていたが、長く続くと流石に放置はできなくなり、彼女はセオドアのいる王立病院を訪れた。
王国きっての名医である彼でも原因はわからなかった。
原因も病名もわからないので、どうすることもできない。
マーガレットは彼から処方された薬を飲み、何とか今日まで生き抜いてきた。
(本当、先生には感謝してもしきれないわ……)
王立病院に勤める医師であるセオドアは、彼女の父アーヴィング公爵の知り合いだった。
はるか昔、異母妹が体調を崩したときに診察をしにアーヴィング家を訪れた医師。
その息子として、共に公爵家にやって来たのがまさに彼だったのだ。
両親は異母妹にかかりきりで、マーガレットは一人邸で放置されていた。
そして彼もまた、父親が仕事をしている間一人ぼっちで過ごしていた。二人で過ごした穏やかな時間が、今でも鮮明に記憶に残っている。
マーガレットにとってセオドアは、昔から唯一信頼できる兄のような存在だったのだ。
そんな彼にいらぬ心配をかけてしまうとは、何とも情けない。
死の宣告をハッキリとされた今、彼女の頭に真っ先に浮かんだのは婚約者のヴァージルだった。
「……ヴァージルに会いに行きましょう」
どうせ死ぬのなら、最後に一つくらい思い出を作りたい。
そのような思いからマーガレットは、最後に愛する婚約者に会うことを決めた。
***
ヴァージルとの茶会を終えた後、マーガレットは一人部屋に戻った。彼女は侍女に気付かれないように口元の血を拭うと、ついさっき起きた出来事を思い浮かべた。
突然の彼女の提案に、彼は当然難色を示した。
マーガレットの口から出た愛という言葉に、彼は不快感を隠しきれなかった。
彼が愛しているのはこの世でただ一人、メリーベルだけなのだから気分がよくないのも当然かもしれない。
『俺にお前を愛せだと?そんなもの、不可能に決まっているだろう』
『ええ、知っています』
マーガレットはヴァージルが自分を愛していないことを、とっくの昔から知っていた。
優しくしていたのはただ婚約者としての義務があったからで、決して彼女を愛していたからではない。
『最後に思い出が欲しいのです。ヴァージル様、一日だけ私と一緒に過ごしてくださいませんか?そうすれば、婚約を破棄しましょう』
『……』
ヴァージルはメリーベルを裏切るような真似をしたくはなかった。
しかし、体の関係を持てと言われているわけでもない。ただ一日二人で過ごすだけ。それだけで婚約が破棄されるのなら、受け入れたほうが彼にとってメリットが大きかった。
ヴァージルは仕方なく要求を呑んだ。
「そうだ、婚約破棄の書類を用意しないと」
マーガレットは使用人の一人に、婚約破棄の書類を用意するよう命じた。
彼が要求を受け入れた以上、こちらもしっかりと約束を守らなければならない。
「ヴァージル様とのデートは三日後だもの、入念に準備をしておかないと」
それから彼女は、彼との最初で最後のデートのためのドレスを買った。
人生で一度も着ることを許されなかった彼の瞳の色である紫のドレス。
やっぱり、あんまり似合わないな。
新品のドレスを着て鏡の前に立った彼女は、苦笑した。
その色はメリーベルのものであって、マーガレットのものではなかった。
私財を使い、可愛い髪飾りもいくつか購入した。
最後なのだから、自分で決めた服と装飾品で臨みたかった。
――もう、誰かに縛られながら生きていく必要はない。
最後くらい、私のことは私が全て決める。
マーガレットは決意を固め、三日後の準備を進めた。
そしてその頃、ヴァージルのいるホルブルック邸では――
読んでくださってありがとうございます!
ブクマ、いいね、評価などしていただけたら励みになります!




