14 一ヵ月の余命
その後、何とか容態は安定し、マーガレットは自室のベッドの上で目を覚ました。
何とか一命を取り留めはしたものの、今朝よりも体調が悪そうだった。
顔は白く、着ているワンピースからやせ細った手首が見えている。
そんなマーガレットの姿を見るたびに、セオドアの寿命まで縮まっていきそうだった。
彼女は顔を上げると、弱々しく視線を彼に合わせた。
「セオドア先生、助けてくださってありがとうございます」
「いや、俺は……」
マーガレットを助けたのはセオドアではなく司祭だった。
しかし彼は、違うとハッキリ言えなかった。
他人の手柄を横取りするだなんて、何て最低な医師なのだろうか。
自分は名医でも何でもない、ただ愛する人が弱っていく姿を眺めることしかできない無力な男だ。
――あぁ、俺にもっと力があれば。
苦しむ彼女を助けてあげられたかもしれない。
司祭のように魔法が使えたのなら、禁術を使用してでも彼女を救っただろう。
セオドアは目の前にいる彼女をじっと見つめた。
ベッドから起き上がることはもうできないようだった。上半身を起こすのが限界で、体も動かしづらそうだ。
彼女の輝く金髪は色褪せ、瞳の色もずいぶん濁って見えた。
それでも美しいままではあったが、貴族令嬢だった頃と比べると差は歴然だ。
マーガレットは虚ろな目でセオドアを見つめると、震える唇を開いた。
「先生…………私はあと、どのくらい生きられますか?」
「……」
彼は、正直に答えることができなかった。
マーガレットは、まるで自分の死期を察しているかのようだった。あまり長くは生きられないことを、自分自身でわかっているのだろう。
彼女の予想は当たっている。
実はセオドアは、ついさっき司祭から彼女の余命をハッキリ聞いていた。
――一ヵ月。
マーガレットはあと、一ヵ月しか生きることができなかった。
具体的な数字を提示された彼は絶望した。
最愛の女性があと一ヵ月でこの世からいなくなると聞いて正気でいられる人間などこの世にいないだろう。
セオドアは医師として、これまで数多くの人間の死に直面してきていた。
彼にとって最も記憶に刻まれているのは、父が亡くなったときのことだった。
あの日のことは今でも忘れられなかった。
その頃、自分はまだ医師ではなかったが、息子として、尊敬する父の最期を看取った。
マーガレットたちの暮らすウルティア王国で名の知れた名医だった父は、六十を手前に病で亡くなってしまった。偉大な人だったこともあって、人々は早すぎるとその死を悼んだ。
もちろん、セオドア自身も辛くてたまらなかったが――
マーガレットはまだ十八歳だった。
何の罪も犯していない十八歳の若き少女が、他者の悪意により生涯を終えなければならない。
あまりにも、残酷すぎるのではないか。
「先生、お願いします。本当のことを教えてください」
「……マーガレット」
真っ白な手が彼の腕に触れる。
今にも涙が溢れそうな瞳で懇願され、セオドアはそれ以上隠し通すことができなかった。
「君の余命は……あと一ヵ月だ」
マーガレットは、特に驚く様子を見せなかった。
それどころか、なぜか安心したようにも見える。
「――やっぱり、そうだったんですね……」
マーガレットは柔らかく微笑むと、倒れるようにベッドに横たわった。
***
余命一ヵ月の宣告をされたマーガレットは、教会の仕事を辞め、自宅療養を余儀なくされた。
彼女は外に出たがっていたようだが、一人ではあまりにも危険だった。
セオドアはクリニックを臨時休業し、四六時中彼女の傍に付き添った。
彼の部屋には、彼女が数ヵ月前にくれた赤い薔薇が今でも大切に花瓶に生けられている。
マーガレットとは違って元気に咲いているその花を見ると、沈んでいた彼の心も穏やかになっていった。
彼女はセオドアとの二人暮らしの間、彼へいくつか贈り物をしてくれた。
薔薇の花に始まり、スーツを着るときのネクタイ、彼の瞳の色と同じカフスボタンなど。月に一度は必ず、彼へのプレゼントを持って仕事から帰って来た。
『セオドア先生にプレゼントをしたくて仕事しているのよ』
かつて、まだ今よりも元気だったマーガレットが口にした言葉。
仕事をすることに難色を示していた彼に向けて放った一言。
そう言えば、彼が止めることなどできないと知っていて言ったのだろうか。
だとしたら、彼女は自分よりもずっと頭が良い。まさにその通りの結果になったからだ。
「――マーガレット、元気にしていたか?」
「先生」
セオドアは慣れた様子で、彼女のベッドサイドに腰を下ろした。
その手には、彼女の好きだった花束が握られていた。闘病中の彼女を元気付けるために、彼が遠くの花屋で購入したものだった。
「ええ、先生が来てくれたから……気持ちが明るくなったようです」
「……そうか」
司祭からの余命宣告後、彼女の体調が回復することはなかった。
むしろ、日が経つにつれて悪化していっている。
収まっていた喀血も再び始まり、体力も前よりなくなった。
原因が呪いなので、医師セオドアの処方する薬ではもうどうすることもできなかった。
時折司祭がやって来ては、彼女の容態を安定させる魔法をかけてくれてはいるが、それもただのその場しのぎに過ぎない。
マーガレットは不安な気持ちを押し殺すように、セオドアの前では明るく振舞っていた。
だが、それももう限界だった。
セオドアは夜深く、一人部屋で泣いているマーガレットを目撃した。
彼は何もすることができず、ただ黙ってその場を立ち去った――
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