13 悪化していく体調
最初の一ヵ月は比較的楽に過ごすことができた。
司祭の治癒魔法もあり、アーヴィング家で暮らしていたときよりかなりストレスも減っていた。
セオドアも常に傍で彼女を支えてくれている。彼女が少しでも体調を悪くすると、クリニックを休業してでも付き添った。
彼の深い温もりに包まれ、彼女は幸せだった。
マーガレットにとって、生まれてから一度も感じたことのない幸福感だった。
しかし、そうやって油断していたのがよくなかったのだろうか。
――町へ移住してから三ヵ月が過ぎた頃、マーガレットの体調は一変した。
「ゴホッ……ゴホッ……」
咳き込んだ口元を押さえた手に、真っ赤な鮮血が付着している。
久しぶりの喀血だった。口元から吐き出された血は、家の床を赤く染めた。
セオドアはすぐにクリニックから彼女の元へ駆けつけた。
「なぜ……今朝までは何ともなかったのに……」
ベッドに横たわるマーガレットの顔は青白く、今すぐにでも彼の元を去ってしまいそうだった。
セオドアは彼女を逃がさないように、その手を両手で握った。
彼は医者ではあるが、どんな病気も治せるわけではなかった。
悔しかったが、あの人物に頼るしかない。
「今すぐに……司祭様を呼んでください。お願いします」
「え、は、はい!」
外へ出たセオドアは、通りすがりの町民の一人に司祭を呼ぶよう頼んだ。
司祭のいる教会はそう遠くないため、彼はすぐにマーガレットとセオドアの元へやって来た。
「司祭様……突然体調が悪化したんです……俺一人ではどうすることもできなくて……」
「……セオドア君、落ち着きなさい」
セオドアは何もできない己の情けなさに、血が滲み出るほどに拳を強く握りしめていた。
弱っていく愛する人を目の前に、彼は何もしてあげられなかった。
マーガレットに対する罪の意識と、自分自身に対する嫌悪感で胸が埋め尽くされた。
父のようにどんな病気も治せる医者になりたいと願い、この道を選んだのは紛れもない彼自身だった。
実際、彼は王都で名の知れた医師として多くの患者を救ってきた。しかし、今セオドアが感じているのはとてつもない無力感。
彼は魔法使いではない、医師という称号を持つただの人間。
そのことをよくわかってはいるものの、悔しくてたまらなかった。
司祭はセオドアを何とか落ち着かせると、マーガレットの容態をくまなく調べた。
セオドアと違って魔法を使える彼ならば、何か手がかりを掴めるかもしれない。そのような期待を抱きながら、彼は結果を待っていた。
普段、人を診察する側の立場である彼が、愛する人の診察結果を待つことになるとは。
「これは……」
「何かわかったのですか?司祭様」
診断を終えた司祭は、神妙な面持ちでセオドアのほうを振り向いた。
彼はマーガレットの容態を安定させる魔法を一度かけると、セオドアを別室に連れて行った。
マーガレットが眠っている彼女の寝室の二つ隣にある、彼の部屋。
室内に設置されたソファに、二人は向かい合って座っていた。
わざわざ部屋を移動してここまで連れて来たということは、何か彼女に聞かれてはマズい話があるのだろう。
「セオドア君、落ち着いて聞いてくれ」
「司祭様……」
なぜか、とても嫌な予感がした。
一体マーガレットの身に何が起きているというのか。
聞きたくないという気持ちが一度だけ心を支配したが、そういうわけにもいかない。
彼女の長年の主治医として、彼は全てを受け入れなければならなかった。
「――マーガレットさんは、何者かの呪いにかかっている」
「の、呪いだと………?」
司祭からマーガレットの患っている病気の正体を聞いたセオドアは、衝撃を隠しきれなかった。
――呪い。
物理的な攻撃ではなく、超自然的な力によって対象に不幸や病気をもたらす力のことである。
(そんなものが、存在するのか……!?)
司祭の話によると、既にマーガレットの身体は大部分が呪いに蝕まれている状態だという。
彼女にかけられた呪いはかなり強力なもので、彼の力でもどうすることもできないのだと。
セオドアは自身がどれだけ頑張っても、マーガレットの病気を治すことができなかった理由をようやく悟った。
呪いが原因であれば、医師である彼では到底原因を突き止めることなどできなかっただろう。
自然な病気ではなく、呪いが原因。病気ならば、まだ仕方がないと諦めることもできた。しかし、誰かが意図的に彼女に呪いをかけたともなれば話が違う。
セオドアの腹の底から怒りがこみ上げてくる。
ぶつけようのない、激しい怒り。
「一体誰がマーガレットに呪いを……?」
彼女に呪いをかけた人間を、今すぐにでも突き止めてやる。
この世のどこにいようとも、必ず追い詰めて処断する。セオドアは復讐心に燃えていた。
彼女を失う悲しみと、犯人に対する怒りで彼は我を失いかけていた。
しかし、司祭から返ってきた言葉は彼が望んでいたものではなかった。
「……彼女がいなくなって得をする誰かの仕業だということに違いはない」
「そんなの……」
セオドアはソファから立ち上がった。
その顔には青筋が立ち、目には僅かに涙が滲んでいる。
「――多すぎて、わかるわけがないだろッ……!」
握り締められた彼の拳が、怒りをぶつけるように目の前のテーブルに強く打ち付けられた。
強い衝撃でテーブルにはヒビが入り、同時に彼は目から一筋の涙を流した。
そのまま顔を手で覆ってうずくまると、セオドアは慟哭を上げた。
それは、もはや絶望にも似た叫びだった――
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