12 小さな町での暮らし②
一方、アーヴィング家の姓を捨ててただの平民となったマーガレットは、家族と元婚約者のいない町で穏やかな暮らしを送っていた。
「お姉ちゃん、また明日ね!」
「ええ、またね……」
笑顔で手を振りながら駆けて行く子供たちに、彼女は手を振り返した。
マーガレットが今いるのは、町唯一の教会だった。
彼女は昼間、そこで仕事をしていた。仕事内容は主に、教会にいる修道士たちのサポートである。
彼らの書類作業を手伝ったり、教会へ来る子供たちの応対をしたり。簡単ではなかったけれど、貴族令嬢のときは経験できなかったことばかりで、何だか新鮮だった。
いくら病気だからとはいえ、毎日のように家に引きこもっているわけにはいかない。
セオドアへの負い目から来るものではなく、毎日家にいると狂ってしまいそうになるのだ。
体調の関係で長くは働けないため、勤務時間は一日数時間ほどだった。
しかしそれでも、社会に貢献しているという喜びが彼女の空っぽだった心を満たした。
退勤の準備をしていたマーガレットに声をかけたのは、祭服を身に着け、胸元に十字架をぶら下げた初老の男性だった。
「マーガレットさん、いつもありがとうね。おかげで毎日助かっているよ」
「いえいえ、私の病気を知ったうえで雇っていただいて……感謝しているのは私のほうです」
教会のトップである司祭は、仕事面において有能なマーガレットを大層気に入っていた。
彼女の抱えている事情を全て知ったうえで、彼はマーガレットを雇った。
「それで……原因はわかりましたか?」
「マーガレットさん……」
彼は悲しそうな顔で俯き、ゆっくりと首を横に振った。
マーガレットは司祭である彼に自身の患う病気の調査を依頼していたが、結局は何も手がかりを掴めなかった。
司祭をもってしても原因不明の病。
一体何が彼女の身体を蝕んでいるのか。
「せめて、君が苦しまないように……私から祝福を与えよう」
「ありがとうございます……司祭様……」
彼は自身の両手をマーガレットにかざすと、溢れ出る白い光で彼女の身体を浄化した。それはこの世で司祭のみが使用することのできる、治癒魔法である。
いつ見ても不思議な力だ。重かった身体が軽くなり、気分も明るくなったようだった。
「次に会うときはもっと元気な姿で……よろしく頼むよ」
「はい、司祭様」
光が消えた後、マーガレットは教会を出て帰路についた。
この町で出会った司祭と、相変わらず彼女を支えてくれる医師セオドアのおかげで、最近の体調はかなり安定していた。
珍しい金髪に青い瞳のマーガレットは、町へ出るたびに人々の視線を集めた。
「おい見ろ、マーガレットさんだぞ」
「あんなに綺麗な人は初めて見た……今日もとても美しい……」
「でもダメだぞ、彼女はセオドア医の恋人なんだからな」
男たちは彼女の美しさに見惚れていたが、完璧な恋人セオドアの影がある以上、アプローチをすることはできなかった。
二人が恋人のような関係ではなく、あくまで主治医と患者であることを知っているのは本人たちだけだった。
(ここにいると、余計なことを考えずに済みそうだわ……)
王国の端にある小さな町では、社交界の面倒な噂話なんて入ってこない。
息苦しくて苦手だった社交界から離れられる日が来るとは、想像もしていなかった。
常に騎士が付き添っていた貴族令嬢時代とは打って変わって、犯罪も滅多に起こらないここでは、安心して一人で外を歩くことができた。
この町へ来てからもうすぐ一ヵ月が経とうとしている。
きっと今頃、マーガレットと婚約破棄したヴァージルは新たにメリーベルと婚約を結んでいるだろう。婚約破棄は彼が強く望んでいたことだから、一抹の迷いもないはずだ。
「そうだ、今日はお給料が支給された日だったわね」
マーガレットはついさっき司祭から貰った小さな包みをカバンから取り出した。
長く働くことのできないマーガレットの給金は、決して多くはない。彼らの生活費のほとんどは、クリニックを経営しているセオドアが賄っていた。
彼は仕事なんてしなくていいと言っていたが、流石にそれでは申し訳なくて、マーガレットは反対を押し切って教会で働き始めた。
セオドアのことを考えながら歩いていたマーガレットは道中、町の花屋に寄り道をした。
「先生に……何かプレゼントでも買って行こう」
小さな花屋で、彼女は赤い薔薇の花を購入した。
高位貴族の令息たちのように何本も買うことはできなかったけれど、大切なのは気持ちだ。
――セオドアなら、きっと一本の花でも喜んでくれるだろう。
マーガレットは一輪の薔薇の花を大事そうに胸に抱きしめながら、彼の待つ家へと帰った。
読んでくださってありがとうございます!
ブクマ、いいね、評価などしていただけたら励みになります!




