11 小さな町での暮らし①
新しい家に荷物を置いたマーガレットは、セオドアと共に近隣住民に挨拶回りをしに行った。
元々過疎化が進む人口の少ない町では、新しく来た人間のことなどすぐ噂になる。
類稀な美貌を持ち合わせているマーガレットとセオドアは、すぐに人々の間で話題になった。
「――初めまして、新しく越してきたマーガレットと言います」
「あら、可愛いお嬢さんね」
隣の家に住む老齢の女性は、快くよそ者だった二人を受け入れた。
マーガレットはまだアーヴィング公爵家の人間ではあったものの、あえて姓を名乗らなかった。
――彼女は二度と、あの家へ戻るつもりはない。
余生を静かにこの町で過ごすため、アーヴィングの名は捨てたのだ。
「私はセオドア・サーストンです」
「マーガレットさんの恋人かしら?」
「ええ……そんな感じです」
本当のことを言うと、二人の関係は恋人ではなかった。
しかし、付き合ってもいない男女が二人で一緒に暮らすと知られれば、あらぬ憶測を立てられてしまうことは避けられない。
そのため、セオドアとマーガレットは口裏を合わせ、恋人であるという設定にしたのだ。
「とってもお似合いね、お二人さん」
「……ありがとうございます」
二人は年齢の差こそあったが、元々マーガレットは大人びた見た目をしている。
そのせいか、周囲の人間は二人の年齢差をあまり気にしなかった。
何より、お互いが望んで交際しているのなら他者が口を挟むべきではない。
美しい見た目と医者という高い地位を持つセオドアは、小さな町では瞬く間にアイドルのような存在となった。
町内を歩くだけで女性たちの歓声が上がり、笑顔を見せただけで眩しすぎて倒れてしまう者もいるほどだ。
「見て、あの人……とってもカッコいいわ」
「あの見た目で医者なんですって!何て素敵なのかしら!」
「私がずっと探し求めていたのはまさにあの人よ!これは運命だわ!」
町の若い女性たちは、こぞってセオドアに夢中になった。
彼を見るためだけに、わざと怪我をして経営するクリニックに訪れた者までいたという。
若い女たちのあからさまな仮病を診ることも、日常茶飯事だった。
しかし、彼はどんなスタイルの良い美女が来たところで相手にしなかった。
ハイスペックな彼に最初にアプローチを仕掛けたのは、町一番の美しさと言われ、貴族たちからも熱烈な求愛を受けるほどの絶世の美女だった。
胸元を大胆に出した妖艶な赤いドレスを着用した彼女は、セオドアの腕に絡みつきながら彼を誘惑した。
豊かな胸が腕に当たり、真っ赤な唇が彼の耳元でなまめかしく動いた。
「先生……今日お仕事が終わったら、私と一緒に近くのバーにでも行きませんか?」
「……仕事が立て込んでいるんです。遠慮させていただきます」
セオドアは彼女を一蹴すると、そのまま立ち去った。
彼女は羞恥に身体を震わせながら人生初の敗北を喫した。その後、当てつけのように求婚してきた男たちの中で最も地位の高い男と結婚し、二度と彼の前に現れなかったという。
彼女が見事なまでに振られてしまったことにより、セオドアを狙う女性たちも次第に彼を諦めるようになった。
セオドアの経営するクリニックはかなり繁盛していた。
地元住民たちからの評判も良く、業績は順調で常に黒字続きだった。
彼自身が名医であるのと、愛想が良いせいか、彼は男女問わず町民全員から好かれるようになった。
「先生!僕、将来は先生みたいなお医者さんになりたいんです!」
「そうか……夢を持つのは良いことだ。頑張れよ」
白衣を着た仕事中のセオドアを訪ねたのは、まだ十歳の男の子だった。
村の外にある学校に通う彼は、学内一の成績優秀者として知られていた。まだ幼いものの、聡明で将来有望な男の子だ。
きっとこの子は将来、王都で名の知れた偉大な人間になる。
セオドアは初めて見たときから、彼の才能を見抜いていた。
「先生はどうやってお医者さんになったんですか?」
「俺も元々、お前と同じで地方にある小さな村に住んでいたんだ。父親が医者でな……忙しくてよく家を空ける人だったけど、俺も母もそんな父を尊敬していた」
名医セオドア・サーストンの父親もまた、高位貴族の主治医に抜擢されるほどの名の知れた医師――ハーバート・サーストンだった。王国医師会の会長も務めた経験があり、実は国王陛下から一代限りの男爵位を授与されていた。
平民として振舞っていたセオドアだが、実は父は男爵だったのだ。
もちろん、父が亡くなってかなり経つ今になっていちいちそんなこと言わないけど。
「俺は、幼い頃から父に憧れて寝る間も惜しんで勉強をしていたよ。大きくなってからは仕事に同行したりして、自ら進んで学びを深めていった……大学に進学してからは本格的に医学を学び、医者になった」
セオドアは喜びと苦しみが入り混じった大学時代を思い浮かべた。
あのハーバートの息子ということもあり、彼は異常なほど周囲から期待されていた。
医師を目指す者で、ハーバートの名を知らない人間はいなかったからだ。
偉大な父の名は常に彼に纏わりつき、期待がプレッシャーに感じたこともあった。
彼が研修医として病院に勤めたのは、今からおよそ四年前――二十二歳のときだった。
マーガレットたちの暮らす王国では、十六歳から大学に通うことが可能であり、最短で二十二歳には研修医になることができる。
セオドアは首席で卒業し、王国最高峰のアルマード王立病院に勤務することとなった。
「へぇ……先生はどこの大学に通っていたんですか?医者の大学って言っても、いくつかありますよね?」
「アルマード王立大学だよ」
「……」
王国で最も難易度が高いことで有名な大学名に、男の子はぽかんと口を開けて固まった。
国の端っこにある小さな村に住む彼ですら、その名前を知っていた。
セオドアが只者ではないことは知っていたが、想像以上だった。
「ぼ、僕……もっと勉強頑張りますね……」
「ああ、頑張れ。自分を信じて進めば、きっと夢は叶うさ」
セオドアは笑みを浮かべながら、彼の小さな頭を優しく撫でた。
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