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最終章αルート・シンジツ

 

 「私は、全てを知りたい。真実を知ることが、後悔しない選択だと思います。」


 新原さんが何を隠したのか、万崎さんが誰を守ったのか、間場さんが誰に怯えていたのか。解き明かさなければ、この先の人生の心残りになる。


「そっか。わかった。私も本当はそっちだったよ。」


 何故か、日崎さんは私がどちらの選択をしてもそう言ってくれるような気がした。


「ありがとうございます。疲れてるのに……。」

「35歳はまだ若いの。元気溢れまくりだよ。」

「ふふっ。」

「へへっ。……ま、とりあえず食べようよ。お腹空いたでしょ?」

「はい。いただきます。」


 日崎さんと一緒にオムライスを食べて、お風呂に入ってから私のベッドへと集まった。日崎さん曰く、美味しい物と湯船が最高に頭を回せる秘訣らしい。これもまた日崎さんが助手をやっていた探偵さん譲りの知識なのかな?


「それじゃあ少し情報を整理しようか。真紀はご飯前何を考えてたの?」

「間場さんは自分が殺されることを知っていたじゃないですか。」

「そうだね。」

「なのに、新原さんから飴を貰った時何の不信感もなく口に入れた。」

「ということは、浩太朗は自分を殺すのが麻衣子だとは思ってなかった。そうなるって気づいたのね、真紀は。なら浩太朗の首を絞めた万崎さんが犯人だったのではとも考えた?」

「はい。でもナイフに付着していた血からある通り、誰かが怪我をしているはず。だけど……ライブ前、万崎さんと新原さん、それに美華さんにもそんな素振りはありませんでした。」


 そう、そこなんだ。間場さんがナイフを使った相手、その人物は間場さんを殺そうとし、万崎さんが首を絞めてまで助けた人物に直結する。

 だが誰も怪我はしていなかったように見えた。


「うん、良いね。よく考えてるよ。今真紀が教えてくれた考えをまとめると、『浩太朗が自分を殺そうとしていた人物=浩太朗がナイフで傷をつけた人物=来都が助けた人物』。そうなるね?」

「そう…ですね、はい。」

「それじゃあここからは助手が手伝ってあげようかな。実を言えば、二つ目の浩太朗がナイフで怪我を負わせた人物はすぐにわかる。」

「そうなんですか?」

「サバイバルナイフに付着した血と私たち『アイビー』の中から血が一致する相手を調べれば良い。」

「『アイビー』の中から?でもお客さんや、何の関係もない第三者の可能性も……。」

「それはない。麻衣子が毒入りの飴を作ったのは殺しを依頼されたからだ。漫画の趣味が合わないとか元々嫌いだったからでは殺すまでに至る動機に欠ける。

「わからなくないですか?誰か、間場さんを恨んでいた人が同じバンドメンバーの新原さんに依頼したりとか。」

「だとすると『来都が助けた人物』にイコールが結ばれないんだ。来都はどうしてそれを言わない?助けたんだとしても、私たちに言っていいと思わないか。来都にとっては関係のない第三者。庇う理由がない。」

「……でもだとしたら。『アイビー』の中じゃ、1人しか残りませんよ。」


 また近くの人にいなくなってほしくなくて、私はありとあらゆる可能性を日崎さんにぶつけていたのに。もう逃げることはできない。


「そうだな。麻衣子に殺してほしいと頼め、かつ麻衣子が浩太朗の事を実は嫌っていたと知っているほど仲のいい人物は……1人だ。」


『アイビー』は5人組のバンドチームだ。

 間場さんは被害者となった。

 新原さんは共犯者だった。

 万崎さんは真犯人を助けた。

 日崎さんは、私と一緒にいた。

 残るのは……。


「美華さん、なんでしょうか。」

「十中八九そうだろうね。あのナイフに付着した血液と美華の血液は一致する。」

「なら、もう後は……。。」


 警察に依頼するだけ。そう思ったのだが、まだ光のない道は続く。


「いや、終わりじゃないんだ。真紀。」

「え?」

「その血が美華のだとわかっても追い詰めるには不十分なんだよ。例えば……浩太朗が返ってこなくて確認しにいったら、死にそうでパニックになっていた浩太朗に襲われた、とかで言い逃れられる。」

「そんな無茶な……!」

「でも私たちは美華と麻衣子の協力関係を示せる証拠を持っていない。……まだ美華は高校生、16歳だ。子供の将来を守るのが大人の仕事なら、麻衣子は絶対に口を割らないだろう。」


(そう言えば、新原さんは大人であることにこだわっていた。)


「万崎さんも、言ってくれないでしょうか。」

「あの調子なら、そうだろう。来都と美華はベースとドラム。曲の土台を支える役割としてよく一緒に練習をしていた。男女間の友情は存在するが希少。おかげで強固なんだ。」

「私たちはなんとかして美華さんと新原さんが手を組んだという証拠を見つけなきゃいけないということですね?」

「そう。でも明日美華の所へ聞き込みに言ったって教えてくれるわけがない。方法がないんだよねぇ……。」


 日崎さんが珍しく頭を抱えた。犯人はわかっているのに結びつける線がない。どうすれば……。


「なんかこう、2人だけの暗号とかあったのかな。」

「暗号、ですか……。」


(そういうの、最近聞かなかったっけ?)


 妙に身に覚えがあった。記憶を辿った先……あったものは。


「たーげっと、ないとこあ。」

「ど、どした真紀。」

「間違い電話ですよ!日崎さん!」

「待て待て。何が言いたいの落ち着いて。」

「少し前、美華さんが家に来てギターの練習してた時に変な電話が来たんです。」

「変な電話?」

「はい。【たーげっと】とか【ないとこあ】とか。よく覚えてませんけど。」

「調べてみる価値はありそうだ。履歴を聞いてみよう。」


 固定電話へと向かい、あの日に流れた間違い電話の履歴を遡る。するとしっかり私が聞いた意味の分からない三単語が、機械音で聞こえて来た。


[【ターゲット・ミュート・ナイトコア】]

「これか。」

「これです。間違い電話かと思って気にしなかったんですけど。」

「相手は……非通知か。わからないな。」

「だ、ダメですか。」

「いーや、まだ決めつけるには早い。一度ベッドに戻ろう。」

「寝室に何かあるんですか?!」

「んや、ここ寒いから。」

「あ、ですね……。」


 私の部屋に戻ってきて、再度考えを巡らせる。


「けど待て。根本的におかしくない?間違い電話が麻衣子と美華の秘密の連絡内容だったとして、それがどうして私の電話に来るのさ?」

「そんなこと言われましても。」

「雑な推理ね……。」

「間違い電話ですし、間違えたんじゃないですか?」

「まぁヒューマンエラーの可能性を見逃して迷宮入りした事件もあるか。ならその可能性で考えてみよう。」

「内容についてですね。」

「そう。まずターゲットだけど……普通に当てはめるなら浩太朗か。」

「ミュートってなんですか?」

「音を消すみたいな意味だよ。消す、は殺すの隠語に使われることがある。」

「ということはターゲットをミュートってのは、間場さんを殺す?」

「少し都合の良い解釈過ぎる気がするけど。ナイトコアは……わからないな。調べてみるか。」


 日崎さんはスマホを取り出し、『ナイトコア』で検索した。


「えーと?波形編集ソフトウェアを用いて、原曲のテンポを高速化させ、場合によっては意図的にピッチも上げて作られた、リミックスを指す音楽ジャンルである。」

「つまり?」

「元の曲のテンポを速くして作る…そうだなぁ。音楽の加工方法?」

「速くするってことですか?」

「………浩太朗を、殺すのを。」


 あの暗号は間場さんを殺害する予定を早めるという意味があった?


「そう言えば新原さん言ってました。最後、【あーあ、もう少し時間があればなぁ】って。」

「早めたからか、計画を。そう言われると麻衣子の家の留守電。男からだって嘘を吐いたのも頷ける。」

「行きましょう、新原さんのマンション!」


 ベットから降りて立ち上がろうとしたが、肩を日崎さんに捕まれる。


「もう遅いから明日。」

「まだ19時ですよ。」

「あー…うーん。ちょっと待って。」


 日崎さんはスマホを何回かタップして、どこかに電話をかけ始めた。スピーカーモードで。


[はいもしもしぃ。現在高坂久留実は夜のラーメンに更けこんでいますがー?]

「こ、高坂さん!」

[この声は真紀さん。おかしいですねぇ、日崎さんの電話を取ったはずでしたが。]


 人の心のない人が電波の先にいた。


「高坂さん、麻衣子の住んでいた家はどうなってる?」

[家宅捜査が進んでいるはずです。使用された毒物を探すためですね。]

「あんたはそこにいないのか?」

[言ったでしょう、ラーメンをすすっていると。いやぁ、アタシ的には味噌が一番……


 高坂さんが言い切る前に日崎さんは電話を切った。


「え、良かったんですか。」

「使えないってわかったから。仕方ない、明日マンションに……


 瞬間、日崎さんのスマホが鳴る。相手はやっぱり高坂さんだった。


「………取らないんですか?」

「えぇ。」

「一応出た方が良いじゃないですか!」


 代わりに私が電話を取る。


[どーして切るんですか!何か用事があったのなら教えてくださいよ!]

「ほら、協力的です。」

「じゃあ聞いてみるか。高坂さん、今から麻衣子のマンションには行けるか?」

[行けますけど……何を探ってるんです?]

「真犯人だ。」

[ほう?良いですね、終わったと思われた事件が実はまだ続く展開、アタシ大好きなんですよねぇ!ほら、ラスボスとかもやっと倒したと思ったら実は二段階目が……


 プツッ


「なんで切るんですか!?」

「うるさいから、ご近所迷惑でしょ?」

「防音対策してるんじゃなかったんですかこの部屋。話が進まないのでもう触らせません、スマホ。」

「私のなのに。


 予想通りまた電話がかかってくる。


[なんで切るんですか?アタシの事そんなに嫌いですか?]

「嫌い。」

「ちょっと日崎さん……。」

[ぐはっ。で、ですが素直なのは嫌いではありません。それで、新原麻衣子のマンションに着きましたよ。]

「早いですね?!」

[まぁすぐ近くでしたから。それで、何を調べれば良いんですか?]

「新原さんの固定電話に入っているはずの留守番電話の内容を教えてくれませんか。」

[そのことが何に関連しているのかはさっぱりですが、良いですよ。暇ですから。では一度切りますね。]


 言葉通り、電話が切れる。頼んどいてなんだが、高坂さんがこんな簡単に動いてくれて少し怖い。


「高坂さんが従順だ……。」

「気になってたんでしょ、事件について。警察としてこれ以上調査をする必要はないってわかってはいても個人的にはまだまだ謎が残るから。」

「そんなもんですかね。」

「さぁ。私は高坂さんじゃないから、詳しい事はわからない。」


 10分ほど日崎さんと待っていると、高坂さんから電話がかかって来た。


[もしもし、高坂です。わかりましたよ、留守電の内容。意味はわかりませんでしたがね。]

「【ターゲット・ミュート・ナイトコア】、じゃないですか。」

[おぉ、そうですその通りですよ!え、なんですか予知能力でもあるんですか?]


 私は日崎さんと目を合わせた。確定だ。あの暗号は新原さんにも送られている。


「誰からかはわかりませんでしたか?」

[非通知でした。あの、どういう意味なのか教えてくれますよね?じゃなきゃアタシ寝れな……


 プツッ、と私は電話を切った。


「やりましたね、日崎さん!」

「真紀も真紀で大概だと私は思うよ……。でもまだだ。相手がわからない以上、言い逃れられてしまう。決定的な証拠を手に入れに行かなきゃ。」

「決定的、ですか。」

「そう。美華のスマホに残った履歴を探るんだ。」

「あぁ……でも消してるんじゃないですか?流石に。」

「通信会社側に履歴は残る、痕跡を0にすることはできないはずだから。」

「てことは明日、その通信会社に行くってことですね。」

「……いや、それじゃ警察と同じだよ。ここまで揃えば、後はもう。」


 その先は口にしなかった。でも多分、こう言おうとしたんだろう。

『美華に自首させられる。』、と。

 日崎さんは今日最後の高坂さんへの電話をかけた。


「高坂さん、私たちのバンドメンバー全員とあのサバイバルナイフに付着した血のDNA鑑定をお願いできませんか。照合した人が、麻衣子に殺人を依頼した犯人です。」



 ・・・



 翌日、10時頃に私たちは警察署に呼ばれた。高坂さんが真犯人の可能性をちゃんと説明してくれたおかげで、再捜査が始まったらしい。あまり認めたくはないけど、高坂さんがいてくれてよかったかもしれない。


「1つ聞いていいか、真紀。」

「なんでしょう?」

「どうして真紀もDNA鑑定やるなんて言ったんだ。」


 昨夜、日崎さんと高坂さんの電話に無理矢理割り込み、私もDNA鑑定をしてほしいと頼んだ。私だって事件当日の関係者のはずだ。真犯人を見つけたいって言っておきながら、仲間外れはなんか違う気がした。


「事件の関係者です、私も。」

「まぁ、そうだけどさ。」

「あ、真紀ち。」


 警察署の入り口、丁度美華さんも同じタイミングで来たようだ。


「『アイビー』だけだと思ったのに、真紀ちもなんだ。」

「一昨日の事件現場にいましたから。」

「そだね。DNA鑑定とかやったことないよ。血とか取られるのかな。」

「いや、口の中の細胞とかだから痛い思いはしないはずだ。」

「なら良かった。」


 美華さんは不思議なほど余裕そうだった。例え血と自分のDNAが一致しても言い逃れる準備をしてきたってことなのか、それとももう諦めているのか。


(どっちにせよ、結末は変えない。認めさせるんだ、美華さんが、新原さんに依頼したって。)


 警察署に入ると、私たちは奥の方へ連れていかれた。新原さんや万崎さんに会えるとも思ったけど、どうやら個別にやるみたいだ。


(会いたくは、あったな……。)


 私の番になり、別室に連れていかれる。日崎さんの言う通り、口の中に何か一瞬だけ入れられて終わった。


「はい、ありがとうございます。戻っていただいて結構ですよ。」

「わかりました。」


 正直ドキドキしていたけど、優しそうなお姉さんが対応してくれたおかげで、不安な事は一切なかった。むしろ、個室から出た後の方が心臓に悪かった。


「ご協力ありがとうございます。橘真紀さん。」

「わっ!?こ、近藤さん!」


 刑事の近藤さんが私を呼んだからだ。この人、顔つきが渋くて熟練って感じが凄い。つまり、怖い。


「あ、あの。なんでしょうか。」

「うちの高坂が失礼を働いたので、謝罪をしに。それと犯人逮捕の協力をしていただいた感謝を伝えに来ました。本当に、ありがとうございます。」

「そ、そんな。凄いのは私じゃないです。勝手に現場も入っちゃいましたし…。日崎さんが沢山手伝ってくれたおかげで……。」

「人の死に向き合うその気概は凄いと思いますよ。……ところで、その。」

「はい、な、なんでしょう?」

「あぁ、緊張なさらないでください。個人的に気になっていたことを聞きたくて。そのクマのぬいぐるみ。もしかしてこれと同じでしょうか?」


 近藤さんが自身のスマホを私に見せて来た。そこには確かにクルミと同じ子の商品ページが映し出されている。


「多分、そうです。」

「やはりですか。実は私には橘真紀さんと同じくらいの中学生の娘がいるのですが、今度の誕生日にこのぬいぐるみが欲しいと言われましてね。しかしその……。」

「た、高いですよね。」

「そうなのです。なので実物がどうしても見たくて。少しだけ見せていただけませんか。」

「大丈夫ですよ、どうぞ。」


 そう言って私はクルミを近藤さんに手渡した。怖いおじさんがクルミをじっくり眺める様は、ちょっとおかしかった。


「なるほど、やはり値段に見合った良い物ですね。こちらの鞄には何か入れているのですか?」

「鞄?いや、飾りなので入りませんよ。」

「そうなんですか?商品ページには『鞄には小物が入ります』と書かれていますが。」

「え?ちょ、ちょっと見ても良いですか。」


 クルミを返してもらい、小さな鞄をよく見てみる。すると確かに、マジックテープのような物がついていた。


「し、知らなかった……。」

「そ、そうでしたか。ですがこの大きさでは……髪留めのゴム1つくらいが限界ですね。」

「実用的ではなさそうですね。」

「えぇ。足を止めてしまいすいません。クマのぬいぐるみ、この眼で見れて助かりました。」

「いえ、私もこの子の事ちゃんと知れてよかったです。……あの、私からも聴いていいですか。」

「なんでしょう。」

「新原さんと万崎さんは、その。どれくらいで外に出れるんですか?」

「新原麻衣子は最低でも5年はかかる、万崎来都は最大3年以下の拘禁刑になるでしょう。」

「5年に、3年……。」


 ぱっとじゃ想像できないその時間の長さに私は項垂れた。『アイビー』はもう、本当に解散なんだと突きつけられ悲しくなる。


「長い、ですね。」

「それが悪事を働いた重さですから。それでは。DNA鑑定の結果は夜中には出るでしょう。」

「わかりました。」


 今度こそ、私は日崎さんと美華さんが待つ部屋へと戻って来た。


「お疲れ。じゃあ次は私か。」

「いってらっしゃい。」

「あぁ。」


 個室に残されたのは、私と美華さん。あとは監視の警官さんが1人。


「ねぇ、真紀ち。どうして麻衣子さんと来都さんはいないの?」

「……どうしてでしょうね。わかりません。」

「そう、だよね。真紀ちが知ってるわけないよね。」


 日崎さんには、美華さんに二人が捕まったことは伝えるなと言われていた。まだ美華さんが犯人であると決めつけられることができない以上、警察にも拘束力がない。DNA鑑定は時間がかかると言っていたし、その間に逃げられてしまう可能性があるからだと。


(でも本当に、美華さんが犯罪を唆したの?)


 こうして話していると、本当に美華さんが真犯人なのか信じられなくなる。普通に喋ってるだけでは、ただの高校生にしか見えない。

 ほどなくして日崎さんが戻って来た。その後は帰っていいと言われる。

 去り際、私は美華さんと会話をした。


「じゃあまた夜会おうね、真紀ち。」

「……美華さん。」

「なぁに?」

「間場さんは、美華さんにとってどんな人でしたか?」

「ただのバンドメンバーだよ。一番、歳が近い仲間ってくらい。」

「……そうですか。」


 去り際の美華さんの背中は、清々しいくらいにまっすぐ伸びていた。

 家に帰り、日崎さんは外出するらしくすぐにまた靴を履く。


「あ、『アイビー』は解散、ですか!?」

「あぁ。待ってる間美華にも言った。それをライブハウスに伝えに行くんだ。今後のライブも参加するって言っちゃってたからな。」

「そんな……。美華さんはなんて言ってたんですか?」

「【わかりました。】だけだ。…まるでもう『アイビー』は興味がないみたいな言い方だったよ。」

「諦めた、ってことでしょうか?」

「どうだろうね。私はそうであってほしいけど。」


 それだけ言い残して、日崎さんは出て行った。午後から中学校に行く予定なので、私は着替えつつ悶々としていた。証拠は全て揃ったのに、わだかまりが消えない。美華さんに罪を認めさせれば、解消されるのかな。


「あ、そういえばクルミ。あなた鞄開くんだってね。」


 近藤さんに教えてもらったことを思い出す。マジックテープぴりぴりと開けてみた。


「まぁ何も入れてないから空っぽ……じゃない。……なんか入ってる。」


 クルミの鞄には、カチカチの折り畳まれた紙が入っていた。そう言えば、一度日崎さんが洗っちゃったんだっけ。


「開くの大変だなぁ…よい、しょっと。よし。…」


 丁寧にゆっくりとその紙を広げてみた。


「『め』、『な』………『い』。」


 所々滲んでいて、なんて書いてあるかはさっぱりだった。

 だが、誰が書いたものなのかを、私は知ることができた。


『い』が『り』のように見えるその文字に、見覚えがあったからだ。



 ・・・



 夜中、私たちはまた警察署に集まった。美華さんは午後から学校に行ったのか、制服姿で現れる。私も、制服だけど。


「やっほ真紀ち。制服だ。」

「中学校行きましたから。」

「なんだっけ、捜査に必要なのでDNA鑑定をさせてください、って言われたんだよね確か。うちら子供も疑うなんて、酷くない?そんなことできるわけないじゃん。」

「確かに、私たち子供じゃできないですよね。」

「だよね~。」


(だから、新原さんを頼ったんだ。)


 ここまで何も知らないふりをされると本当に不安になる。しかし、それを察知したかのように先ほどからずっと何も言わない日崎さんが私の肩に手を置いた。

 その意図はわからなかったけど、暖かかった。

 警察署に入ると、人の心無い人が待っていた。


「どーもどーも皆さん。ご足労おかけしますが協力いただきありがとうございます。DNA鑑定の結果を伝えたいので、別室にお願いできますか。」

「わかりました。」


 高坂さんは正直似合わないスーツを着ていた。ついて行くと、広めの取調室のような場所に案内される。

 そこには今朝はいなかった新原さん、万崎さんの姿があった。


「やっほ~、まきまきぃ。」

「…よ、嬢ちゃん。」

「……どうも。」

「あれ、朝はいなかったのに。なんで2人今はいるの?」

「まぁまぁまぁまぁ、皆さんお静かにお願いします。これから、真犯人を特定する推理が始まりますので。ね?真紀さん。」


 高坂さんが私に目線を集めさせてくる。深呼吸をして、吐いた。


(この事件、最後の推理だ。気を張ろう。)


 責任を支払う場は、今ここだ。


「え、どういうこと?真紀ちが、推理?」

「……1から説明します。まず、間場さんの死因は飴による毒物接種。その飴を手渡したのは、新原さんでした。」

「そだよん。私。」

「嘘……。」


 美華さんは相変わらず、オーバーリアクションを見せる。


「次に、間場さんの首には不明な締め跡がありました。こちらをやったのは、偶然トイレに行った万崎さんです。そう、本人からの供述がありました。」

「あぁ、俺だ。」

「ちょ、ちょっと、ねぇ。真紀ち?どうしてそんなこと真紀ちが………。」


 止まっちゃダメだ。私は美華さんを無視し推理を続ける。


「何故、万崎さんは首を絞めたのか。それは現場で見つかったサバイバルナイフが原因です。持ち手に付いていたのは被害者である間場さんの指紋。加えてナイフの刃には血が付着していました。」

「それがこちらでーす。」


 高坂さんは部屋に合ったホワイトボードにナイフの写真を張ってくれる。


「間場さんは誰かをこのナイフで斬った、その現場は男子トイレです。トイレのゴミ箱裏にも、血が飛んでいました。」

「浩太朗に斬りつけられたのは俺だよ嬢ちゃん。驚いて、首を絞めたんだ。」

「そういうのならどこを斬られたのか、教えてくれますか?」

「……。」

「高坂さん、お願いします。今度は服の下までちゃんと身体検査を……

「待って!!…良い、いいよしなくて。」


 声を上げたのは、新原さんだった。


「私だよ、怪我したの。ほら。」


 新原さんが服を捲ると、お腹の所に包帯が巻いてあった。


「ま、麻衣子さん!?それ大丈夫なんですか?!」

「うん、ミカん心配しないで。浅かったから。」

 私が怪我をするのは普通でしょ。浩太朗が本当に死んだか確かめに行ったらまだ生きてて。反撃喰らっちゃったってわけ。でも来都が助けてくれたんだよね。」

「おう。そうだ。」


(え……な、なんで。美華さんが受けたはずじゃ……。)


「お~っと?それはおかしいですねぇ。」


 戸惑う私をかばうように、高坂さんが喋り出す。


「皆さんには詳細は伝えていませんが、DNA鑑定はこのサバイバルナイフについた血と皆さんの細胞が一致するかのものでした。」

「え……。」

「その結果、ナイフについた血は内藤美華さんの物であることがわかりましたよ?」

「……。」


 美華さんはだんまりだった。


「新原麻衣子さん、その包帯。外してみてもらっても……」

「待って!……ごめん、ごめんなさい。本当はうち、です。浩太朗に襲われたの。」


 そこまで言ってようやく美華さんは言葉を紡いだ。しかし、罪を認めたわけではなかった。


「ならどうして、すぐに警察や救急車に通報しなかったんですか?」

「俺が口止めしたんだ。麻衣子先輩がやったのは知ってたからな。バレないよう、恐喝したんだよ。」

「……本当に?もしそれが本当なら、罪が重くなりますが?」

「本当だ。嘘じゃねぇ。」

「…そうですか。」


 高坂さんはこれ以上は踏み込めないと判断したのか、私に視線を仰いだ。


(そこまでして美華さんをかばうのか……。)


 だが私はもう止める気はない。選択した以上、後悔はしたくない。


「美華さん。1ついいですか。」

「何よ。……というかなんで真紀ちが仕切ってるの?」

「聞いてください。今回の事件、美華さんは何も関わってない。本当ですか?」

「そうよ。当日、驚いたんだから……。麻衣子さんが浩太朗を殺すなんて。」

「…なら万崎さん、貴方は新原さんから事前に聞かされていましたか?」

「あぁ、知ってたさ。死んだか確認しに行ったんだからな。」


 私はカードを切る。


「『ナイトコア』、という単語に聞き覚えは?」

「知らねぇよ、そんなの。」

「っ……!?」

「…なら、万崎さんは新原さんが事件の計画に関わっていたということにはなりませんね。」

「は、はぁ?どういうことだよ!!」


 新原さんが『しまった』という顔をしたのを見逃さなかった。

 そう、事件に巻き込まれたのは美華さんじゃない。万崎さんだ。

 ならば暗号も送られてきていないと、私は賭けた。


「今からそれを説明します。実は犯行前、日崎さんの家には意味の不明な電話が鳴りました。どうやら犯人は間違えてしまったみたいなんです。本来新原さんに送るはずの暗号情報を、日崎さんの家にも送ってしまった。内容は【ターゲット・ミュート・ナイトコア】。高坂さんに調べてもらったところ、非通知で新原さんの家にもその電話が入っていました。美華さん、あなた方のスマホか家の固定電話機を調べればわかることですよ。……本当に美華さんは関係なかったんですか。」

「……し、知らないし。てかその電話いつ来たのよ。」

「美華さんが日崎さんの家にギターを練習しに来た時です。」

「なら、うちがどうやって電話を鳴らすのよ!」

「最近のスマホなら予約で電話を鳴らすこともできますけどねぇ。」

「うっ……。」


 この時ついに、美華さんの顔が曇る。あともう、一撃。

 すでに新原さんも万崎さんも、苦い表情から動こうとしていない。


「美華さん、諦めてください。新原さんに殺人を依頼したのは、美華さんなんですよね。」

「わ、私じゃない!!」


 最後に、ダメ押しの切り札を使うことにした。


「私が間場さんの死体を見つけた時、美華さん一番に来てくれましたよね。」

「だ、だって叫び声が聞こえて来たから……。」

「私、女ですよ。」

「え……?」

「普通、まず女子トイレに行きませんか。なのにあなたはまっ直ぐ男子トイレに来た。それは、私がどこで、何を見て叫んだのか。知っていたからですよね。」

「あ…。」


 美華さんは膝から崩れ落ち、号泣した。もう言い逃れることはできないとわかったんだろう。泣いている美華さんを見下ろすのは、自分でやったことのくせに足が震えた。日崎さんが、肩に手を置いてくれた。


「美華さん、教えてください。どうして間場さんを殺すことを、新原さんに依頼したんですか。」

「……うちが『アイビー』に入った理由は、アイツを殺すことだった。」

「なんだって?」


 日崎さんが誰よりも大きく声を上げる。


「うちが中学生の頃、友達がオタク仲間だって教えてくれた時浩太朗の事を初めて知ったの。うちは友達が年上と遊ぶのはちょっと不安だったけど、本人が楽しそうだったから気にしなかった。でも…ある日うちのクラスに写真が広まった。」


 それは、間場さんがその友達からお金をもらっている瞬間だったらしい。


「友達はすぐに弁明したんだ。これは建て替えてもらったお金を返しただけって。でも、誰も信じなかった。友達のこと男たらしだっていじめが始まった。夏休みの終わりかけの次期。その友達が自殺したって聞いた。」


(自殺……。)


 どれだけ追い込まれていたのか。私は知ってしまっている。


「うちはどうにか怒りをぶつけたかった。だから、浩太朗のファンのふりをして近づいて……話した。友達の末路を。浩太朗は謝ってくれると思ってた。そりゃ、浩太朗は何も関係ないよ。お金を建て替えたのも事実。けどどうして彼女が苦しんでる時助けてあげなかったのか。支えてあげなかったのか。それが気になったの。」

「…間場さんは、なんて言ったんですか。」

「………覚えてない、知らないって。その時だった、殺してやりたいと本気で思ったのは。」

「だから、『アイビー』に入ったのか。」

「そう……。頼みこんで入れてもらった。ベースは、できたから。本当はギターが好きだったけどね。それで、日崎さんがチームに入って少し経ってから麻衣子さんがあんま浩太朗のこと良く思ってない事を知った。だからうちは思い切って相談してみた。」

「丁度いいと思ったよ。私ね。ミカんの為ならやってやろって。」

「麻衣子!」


 日崎さんは怒りをあらわにして、飄々とそう言い切った新原さんの襟を掴み、壁にぶつけた。


「痛っ…。なにすんのさ、りめっち。」

「あんたは大人になりたかったんじゃなかったのか?どうして謝った道に進もうとしてる子供を、止めなかったんだ?」

「……一度は止めたよ。やめなって。それに日崎さんも使った。」

「はぁ?」

「私さ、泣いてりめっちにバンド入ってもらったじゃん。ミカんの為なんだ。」

「どういう、ことだ。」

「りめっちはあの頃本当にギターが上手くて、私たちも憧れだった。この人が入ってくれれば、ミカんも復讐なんて忘れて本気でバンドのめり込むかなって。だから泣いて頼んだ。未成年を、犯罪者にしないために。」

「麻衣子さん……うちの為だったの?」

「ミカんは喜んでくれたよ。憧れだったもんね。けど、浩太朗はりめっちを嫌った。オタクってめんどいんよね。テレビの中なら憧れるクセに、手元に来ると遠ざけようとする。結局、ミカんの恨みは変わらなかった。このままじゃ本当に美華んは殺しちゃう。だから…代わりにね。」


(新原さんは新原さんの方法で、大人として子供である美華さんを守ろうとしたんだ。)


「ごめんねミカん。言わなきゃよかったね。でももう、いつ殺すかわかんなかったから。」

「……謝るのはうちです。本当、うちのせいでこんなことに。来都さんも。」

「良いんだ。俺も美華を守りたかった。自分の意志でな。」


 新原さんと美華さんはハグをして、万崎さんはそれを悲しそうに眺めた。もう3人が会う事はないこの輪の中に、日崎さんが入っていない。当たり前なんだけど、なんでかな。


(寂しいや……。)


 その後、美華さんは逮捕された。少年法は14歳まで。美華さんは16歳だ。刑法第61条殺人教唆罪という殺人罪と同じ重さの罪に裁かれるらしい。

 後で分かったことだが、美華さんの胸のあたりに切り傷が見つかった。その後血がにじんだバンドTは万崎さんが外に出て捨て、新原さんが物販のバンドTを新たに買って来たらしい。

 痛かったはずだが、何年も積み上げた復讐心はそれをものともせず耐えていた。

 最後、美華さんは私にこう言った。


「うち、真紀ちくらいギター上手かったらよかったのに。」



 ・・・


 日崎さんが警察署前に車を持ってきてくれる間、待っていると高坂さんが話しかけてきてくれた。


「ご協力ありがとうございました。真紀さん。」

「高坂さんも…最後、色々手伝ってくれてありがとうございました。」

「いえ、事件解明のために必要ならばなんだってしますよ。協力のお礼として、こちらを差し上げます。」


 それは一封の封筒だった。


「これは?」

「本来渡しちゃいけないんですよ?秘密ですから、帰ったら1人で開けてください。」

「わかりました…?」


 その後、迎えに来た日崎さんの車に乗り込み家に帰った。


「あー…『アイビー』全員いなくなったな。」

「私が調べようなんて言ったせいですよね……。」

「いや、まぁ……実を言えばさ、犯人美華なんじゃないかって最初から思ってたんだ。」

「え?」

「『アイビー』入った時から、あの二人だけなんか距離感が違ったんだよ。異様にね。私は過去を知らなかったけど、浩太朗は自分が美華の友人を殺したのを知ってた。だから必ず持ってたんじゃないか、ナイフ。」

「なら私に使用済みのチケットをくれたのは……。」

「うん。危ない目に遭わせたくなかった。間違いないと思うよ。……浩太朗、ファンには優しいから。」


『・間場さんはファンサなど、ファンの事も大切にしていた。』


(そっか、間場さんにとって私はファンだったんだ。)


「もしかして、『アイビー』から逃げなかったのも……。」

「ファンを裏切れなかったんだろね。」

「あれ、でも……。犯人がわかってたのに、日崎さん乗り気じゃなかったですよね?」

「……真紀、私が『アイビー』のこと大切に思ってなかったと思う?」

「あ…。」


『アイビー』の解散理由は、優しすぎた、なんて。

 ファンの人たちが知ることはないんだ。


 夕飯もお風呂も終わり、眠れない夜。私はクルミとごろごろしていると、高坂さんが封筒をくれたのを思い出した。


「そう言えばアレなんだったんだろ。」


 封を丁寧に開けると、入っていたのは難しい内容がいっぱいかかれた紙だった。


「なんじゃこれ。嫌がらせかな……うーん。」


 読解して3分後、まだ私は解き明かさなきゃいけない謎があることを思い出した。

 後日、私は最後の推理をすることになる。


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