第六章・センタク
間場さんの首には絞められた跡はあるのに、指紋が残っていなかった。犯人は何か手を覆えるもので首を絞めたということになる。
「今回もアタシは車に残りますよ、日崎さん。」
「あぁ。」
「ちょ、ちょっと待ってください。間場さんを殺した犯人は新原さんだってわかったのなら、捜査自体もう必要ないじゃないですか。」
「刑法190条、死体損壊・遺棄罪。殺人罪ではなくまた別の罪として存在するんです、真紀さん。」
「今回もまた、麻衣子同様に来都がやったと言う証拠はない。動機もわからない。でも、真紀。あの麻衣子の話本当だと思う?」
「どういう、ことですか。」
「私はまだ嘘を吐いていると思ったよ。残念だけどね。趣味が噛み合わない、私が入ったことに対する浩太朗の暴言。麻衣子は冷静な大人だ。本人は大人になりたいと言っていたが、ちゃんと大人だったんだよアイツは。その程度の理由なら、バンドをやめるか。もしくは私に相談する、絶対に。殺すまでには至らない。」
「でも、意味がないじゃないですかそんなの。」
「勘だけどさ、真紀。私は麻衣子が何かまだ隠しているような気がして仕方ないんだ。曖昧な事しか言えなくてごめん。」
「日崎さんが謝る事じゃない!……です。そもそも協力してほしいと言ったのは私の方ですから。」
そうだ、言ったのは私じゃないか。私があのチケットに気付かなければ、私が日崎さんに協力してほしいなんて言わなければ。全ては霧の中だったかもしれない。
発言の責任の支払いはまだ終わっていない。
(道があるなら、進むしかないのか……私は。)
「こほん。加えますが、サバイバルナイフの件も解決していません。ナイフを持っていた、つまり死にたくはなかった。なのに殺されることがわかっていながら、どうして麻衣子さんからの飴は抵抗なく舐めたのか。本当はもう一人いたんじゃないでしょうか。警戒していた、真の恨みを買った者が。」
「その人物が……万崎さん?」
「それを今から聞きに行くんでしょう?」
(もうわけがわからない……。なんで死んでいる間場さんをわざわざもう一度殺す必要があるの?)
靄のかかる頭のまま、私は日崎さんについて行く。アパートのインターホンを鳴らした。
「どうしたんすか今日は。二度も。もしかして何かわかったのか!?」
「……来都。麻衣子だったよ。浩太朗を殺したのは。」
「は……麻衣子先輩が?な、なんで……。」
「麻衣子は言ってたぞ。浩太朗の首を絞めたのは、来都だって。」
(え…?)
私はメモ帳を捲った。そんな情報はなかった。
「は、はは。そうっすか……。言ったんすね。麻衣子。」
いとも簡単に、万崎さんは罪を認めた。私は今何か劇でも見てるのかと目を疑うほど、トントンと進んでいく状況について行け無くなる。
「なぁ、来都。《《誰を守ったんだ?》》」
「…何の話っすか?」
「ちょ、ちょっと日崎さん。さっきから何の話を……。」
「少し静かにしていてくれ、真紀。」
日崎さんは私の声を遮り、頭に手を乗せて来た。いつもとは違って、冷たい気がした。
「浩太朗のナイフには確実に血が付着していた。つまり誰かは怪我をしたはずなんだ。だが麻衣子も、来都も。当然私も真紀もそんな怪我はしていないんだよ。」
「……なら浩太朗が吐血した血でも付いたんじゃないですか?」
「ナイフに付着した血を調べれば、わかることだぞ。教えてくれ。誰を守ったんだ。来都。」
「そんなことして何になるんすか。」
「言ってくれよ、私はもう……仲間を疑いたくない…。」
「日崎さん……。」
「…リメさんが俺から何を聞きだしたいのか知りませんが、俺は罪を認めますよ。さぁ、警察でもなんでも呼べばいいじゃないですか。」
「……クソッ。」
日崎さんは悔しそうに、高坂さんに電話をした。何が起きてる?これは夢?
もう私は何が何だかわからなかった。瞬く間に新原さん、万崎さんと憧れていた優しい人たちが犯人になって行く。本人たちが認めている時点で、足掻きようがない。
パトカーに静かに乗り込む万崎さんは、罪を潔く認めたのにも関わらず何かを焦っていた。
日崎さんの車内に戻り、私はすぐに問い詰める。
「日崎さん、どういうことなんですか……?新原さんは『万崎さんが間場さんの首を絞めた』なんて言っていませんでしたよね。」
「……。」
日崎さんは何も言わなかった。その重たい口が開くのを待っていると、先に車の扉が開いた。高坂さんが車から降りたのだ。
「高坂さん?」
「もう事件は解決しました。殺したのは新原麻衣子、その後首を絞めたのは万崎来都。警察の仕事はここまでです。アタシはタクシーでも捕まえて帰りますよ。」
「最後に教えてくれませんか。」
「良いですよ。今日は大手柄でしたからね、真紀さん。」
私にとっては、恩人である日崎さんの大切なバンドメンバーを逮捕まで追い込むという最悪な日だと言うのに、高坂さんは悪意ない笑顔でそう言ってきた。
はやる気持ちとイラつきが比例して高まって行く。
「あの、もう何がなんだかわからないんです。日崎さんの推理も、万崎さんの供述も。噛み合ってないし、どうして日崎さんがその結論にたどり着いたのかも……わからない。」
「日崎さん、言って良いんですか?」
「……構わない。悪いが私は今、説明するだけの気力がない。」
「はーい、了解です。では真紀さん。簡単に説明しましょう。まず当然ながら被害者の首に跡はあるのに指紋がない。メンバーの中で手袋をしていたのは来都さんだけ。」
「で、でもお客さんが手袋を持ってたり……。」
「いいえ、昨日の持ち物検査ではそう言ったものは見つかりませんでした。」
「ならハンカチとか、指紋を隠せればできるじゃないですか。」
「えぇもちろん。お客さんの中にはハンカチを持っている方もいました。ですが首には『手の跡』が残っていたのです。ハンカチの場合、指と指の間にも布を押した跡が残るはずなのでお客さんの可能性はこれで無くなる。あとは手袋についた被害者に皮脂でもなんでも調べればわかる話なのですけど……日崎さんは万崎来都本人から自首することにこだわっていましたから。嘘も必要だったんじゃないですか?」
「日崎さん……。」
日崎さんは確かに探偵の助手だったんだろう。でも、仲間の嘘を破くために経験を培ったんじゃない。わかってしまうことが苦しいことだなんで、私は知らなかった。
「それではまた事件があったら会いましょう。あなた方がいると捜査が潤滑です。」
「できればもう二度と会いたくないけどね。」
「ですね。真紀さんも、ばいばい。」
「…ばいばい。」
車が発進する。小さくなっていく高坂さんに手を振って、もういつの間にか日の沈んだ外の景色を眺める。昨日の夜から今日の夜。私の人生上で24時間の濃密さは今日を超えることはないんだろう。
間場さんがどうして死ななければいけなかったのか、間場さんが誰に殺されたのか。
どちらも一応判明して、目的は達成のはず。
(でも、なに?胸にぽっかり空いた穴。腑に落ちない、この感情。)
運転する、日崎さんの冷静な顔を見てより不安は高まる。
本当に全ての謎は解決したの?まだ、私にはできることがあるんじゃないのか。
そんなもやもやを抱えたまま、私は日崎さんの家へと帰って来た。
「今日はいろんなことがあったな。んっん~……。」
「……ですね。」
日崎さんは心底疲れたのか、背伸びを3秒くらいしてからキッチンへと向かい始めた。夕飯を作ってくれるんだろう。私もそれについて行った。
「真紀、何か食べたいものは?」
「……日崎さんが手間かからないもので良いですよ。」
「え?あ、あぁ…そう?疲れてるとは言ったけど、別に何でもよかったのよ?」
「大丈夫。」
「わかっ、た。……?」
ダイニングテーブルの椅子に座り、エプロンを着ける日崎さんの後姿を眺める。万崎さんを追い詰める時に言っていた言葉。
(真犯人……なんの?)
私は今日一日中の相棒だったメモ帳をペラペラと捲りながら頭を働かせてみたが、もう疲れ切っているからか脳はうんともすんとも言わない。
「……まとめるくらいなら、できるかな。」
必要ないとわかっていながらも、何かしたくなる衝動を抑えられずもう一度今回の事件の全貌をまとめてみた。
『・被害者は間場さん。死因は新原さんから貰った飴だった。』
『・飴に含まれた下剤が溶けてトイレへ、その後毒物が溶ける。』
『・たまたまトイレに来た万崎さんが間場さんに出くわす…………
(出くわして……ナイフで切られた?だよね、じゃないと首を絞める必要がない。)
瞬間、日崎さんの言っていた言葉を思い出す。
【だが麻衣子も、来都も。当然私も真紀もそんな怪我はしていないんだよ。】
(ならあのナイフに付着した血は何?……万崎さんの言う通り、間場さんの吐血から?…でも待って、トイレのゴミ箱の裏。私が見つけた血。個室で吐血した血があんなところまで飛ぶ?)
あり得ないが重なって、眠っていた頭が活性化していく。そのあり得ないをあり得るに書き換えるなら、こうじゃないか?
『・誰か他に間場さんともう1人間場さんに襲われた人物がいた。そこをたまたまトイレに来た万崎さんが首を絞めて、襲われた人物を助けた。』
(こっちの方がすんなりとくる。)
じゃあその襲われた人物とは誰だ?どうして昨日ケガ人が名乗り上げていないんだ?
大体、間場さんはどうしてナイフを持っていたのか。
(殺されるのを、知っていたからだ。)
思い返すと疑問が1つ浮かんだ。殺されるのがわかっていたのに、間場さんは飴を舐めたのかと。
(普通警戒するものなんじゃないのかな……。だって新原さんに殺されるってわかってたなら、これから自分を殺す相手からの飴なんて危険すぎる……。ならどうして貰ったのか。警戒してなかったから……?)
目の前の相手が、自分を殺すはずの相手じゃなかったから。
「……もしかして、『真犯人』がいる?」
「………いやそんなシリアスな目で見られましても。」
丁度上を見上げた瞬間、日崎さんが夕ご飯のオムライスを私の前に置いてくれてた。目が合ってしまう。
「何、まだ事件のこと考えてるの?」
「だって腑に落ちないんです。見落としてる点も多いし、何より日崎さんも言ってたじゃないですか。新原さんはまだ何か隠している気がするって。私もそう思って……。」
「真紀、良く聞いて。」
「は、はい。」
「もう事件は終わったの。探偵気分で動いてたけど、所詮は素人。一般人。全部解明させる労力を払う必要はないでしょ?お金も貰ってないんだし。真紀明日から学校だし。」
「あ……。」
「それに……世の中の謎は全部解明すれば良いってものじゃないのよ。」
「だ、だけど日崎さん。万崎さんに問い詰めてたじゃないですか。『真犯人』は誰って。日崎さんも探そうとしてましたよね。」
「私はあくまで自首をしてほしいの。無理矢理暴くんだったら警察と変わりない。虹咲さん……私が助手をやっていた探偵が教えてくれたんだ。行き止まりまで犯人を追い込むのが警察なら、逃げ道はもうないと気づかせて犯人の方から出てくるように誘導するのが探偵だって。真紀、今貴方がやろうとしてることは高坂さんと同じだよ。」
日崎さんの言う事は最もだった。高坂さんが遊びじゃないと言っていたのが今さらになって胸に突き刺さる。真相解明というのはつまり。新原さん。万崎さん。昨日まで普通に生活していた人たちの人生を終わらせる行為だ。例えそれが悪事を働いたことによる制裁だったとしても、死刑宣告を受けた人を殺すのと道理は変わらない。緩和的に考えているだけで、私は人を殺しているようなものなんだ。
日崎さんはそのことを遠回しに教えてくれたんだ。
「でもね、真紀。」
「はい。」
「今真紀がやろうとしていたことは悪い事じゃない。むしろ正しいことではあるの。正しい事をやろうとしてる子供を頭ごなしに否定する大人に私はなりたくない。だから、貴方が決めて。真紀。」
「え……?」
「まだこの事件を追い続けるのか、それとも明日から日常に戻るか。どっちでもいいのよ。どちらも正しいことだもの。私は貴方がどっちを選んでも手助けするわ。」
「………そ、そんなの。決められるわけない……。」
事件を追えばまた誰かの人生を折り曲げることになるかもしれない。
でも諦めて日常に戻ることなんてできるのかと自分に問えば、素直にできるとは答えられなかった。
「そうだね。子供になんて酷い選択させてるのかとは思うよ、正直さ。だけど子供の今、18歳までのこの時期だからこそ自分で選択すると言う事は大人になった後の選択より10倍も100倍も意味がある。なんでだと思う?」
「………わからない。」
日崎さんは対面していた椅子から降り、私の椅子の横まで来て、しゃがみ。目線を合わせてくれた。
「子供の頃の後悔は、一生残るのよ。貴方が後悔しない道を、進んでほしい。」
日崎さんは優しすぎる。私が朝、わがままを言ったせいでバンドメンバー2人をわざわざ自分の手で自首させることになったんだ。警察に任せておけばいずれ解決できたことを、私は日崎さんに手伝わせた。本来なら怒っても良いと思った。日崎さんは『アイビー』を大切にしていたから。十分にそれは伝わっていた。
大人だからって本心を感情のまま曝け出してはいけないなんてルールはないのに。
(それでもなお、私にまだ選択させてくれている。)
後悔のない、選択……。だったら。
「私は……。」
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真実を追い求める→αルート
日常へ戻る→βルート




