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最終章βルート・『コウカイ』

 

「私は……全部忘れて日常に戻りたい。もう、親しかった人の裏を暴くのは……怖い。」


 世の中、知らない方が良い事の方が多い。この年齢で実体験として経験できたんだ。もう、手は引くべきだろう。


「そっか、わかった。私も本当はそっちだよ。」


 何故か、日崎さんは私がどちらの選択をしてもそう言ってくれるような気がした。


「……すいません。」

「謝らないでよ。真紀は選択したんだ。真実を追い求めることがいつだって正しいとは限らない。…お腹空いたでしょ、何が良い?」

「オムライスが食べたいです。」

「了解。ちょっと待っててね。」


 キッチンへと向かった日崎さんの顔はどこか、安堵したように見えた。私の選択は正しかったんだ。なのに。


(この感情は違う、悔いはない。……無いんだよ。)


 メモ帳に忘れないよう記した供述や証拠品が、頭から離れなかった。



 ・・・



 あの日以降、日崎さんはソロで活動するようになった。『vibes』でのライブも絶好調で、元々のファンもいたからかあまり収入は変わらなかったらしい。そう話す日崎さんの表情は、どこか憂いを帯びていた。

 事件から二か月後くらい、美華さんがまた日崎さんの家に来るようになった。

 久しぶりに会った美華さんは、なんだか清々しく見えた。

 今日もまた、ギターを練習しに来ている。『アイビー』は解散しても、楽器を弾く理由はあるらしい。


「いつかさ、またバンドを組みたいの、うち。みんなを待つのも良いけど……ほら。リメさん最近楽器弾いてる時、あんまり楽しそうじゃないじゃん?」

「まぁそれは…わかります。」


 相変わらず上手いには上手いのだが、以前のような子供らしさが無くなっていた。それが一層、曲の完成度を上げているところが何とも言えない。


「だからさ、リメさん誘って、真紀ちも入って。バンドしよ!」

「わ、私もですか!?」

「だって私よりギター上手いじゃん。」

「日崎さんがいるじゃないですか。それに大体、ドラムもボーカルもピアノもいないんですよ?」

「ドラムとピアノはそりゃ探さなきゃだけど……。でもね、私ボーカルは考えてあるの。」

「誰か心当たりがいるんですか?」


 すると、びっ!と美華さんは私を指さした。


「え?」

「真紀ち、歌上手いんじゃないか説!」

「ないですね。」

「あるって!」

「……ない!」

「ある!」


 中学生と高校生の醜い争いの決着はカラオケでついた。


「嘘……。」


 私が歌った後のカラオケの画面には『99点』の文字が映し出されていた。


「うちもびっくりなんだけど……。え?この曲最近知ったって言ったよね?」

「い、言いました。うろ覚えで歌ったんですけど……。」

「だから所々アレンジあったのか。即興でこれ、マジか。行ける!」

「私ギターしたいんですが……。」

「別にギター弾きながら歌えばいいじゃん。そういう人いっぱいいるよ。」

「そんなのできま……。」


 否定しようとするより先に、美華さんは先ほどの『99点』を指さした。そのジト目には『お前もう何でもできるだろ多分』みたいな意味があったと思う。


(けど……日崎さんをまた笑わせたいのは、同じだ。)


 私の前で見せてくれる笑顔も、全て作り笑いにしか見えない。一緒に笑える日々を取り戻せるのなら、やってやろうじゃないか。


「わかりました。やりましょう。」

「よっしゃ!んじゃあとはピアノとドラムだね、心当たりは?」

「あると思います?」

「だよねぇ。『vibes』で今単独でやってる人リメさんくらいだし……。楽器屋でも行ってみるか。」

「そんな都合よくいますかね。野生のドラマー。」

「伝説レベルだけど、見に行かなきゃわからない!さぁ行こう、勇者よ!」

「色々混ざってますよ。」


 その後、私と美華さんは一番近くにある楽器店に訪れた。流石に休日だからかまぁまぁな人がいる。しかし、ドラムやピアノに触れている人はほとんどいなかった。

 ほとんど、というのは1人だけピアノを触ってる人がいたのはいたんだけど……


 ポーン


「こら、売り物触っちゃダメでしょ。」

「えー、音鳴らしたーい。」


 明らかな5歳児だったから。


「いないですね、やっぱり。」

「ギターをこの店押してるから、ドラムとかピアノ目当てで来る人いないんでしょ。」

「私たちもなんだかんだギターコーナーいちゃってますもんね。」

「あはは……。」


 夢は夢のままなのかと絶望しかけたその時。


「おや?クルミちゃんの持ち主さんじゃないですか。お久しぶりです。」

「え?」


 そこには店員さんの姿が。


(私このお店でクルミの事話したっけ?)


「えっと……。」

「真紀ち知り合いさん?」

「あら、覚えてないか。まぁ一度切りですものね。」

「待ってください、今何故か貴方の顔を見たら天国が連想されたんです。……あ!『プラッシュ』の店長さん!」

「ふ、不吉な連想で思い出されちゃいました。そうです、私は『プラッシュ』の店長さんです。」


 確か見里玲子さん。ぬいぐるみオタクの人がなんでこんなところに?


「美華さん、こちら見里玲子さんです。」

「初めまして。真紀ちの友達です。」

「初めまして、若い方。」

「あの、どうしてここで働いてるんですか?」

「副業です。もうあっち、若者がいっぱいで私の出番無くて……。暇で。」

「暇でぬいぐるみ屋さんが楽器店で働くんだ……。あ、そだ。見里さん。楽器できますか?」

「ドラムなら少々。」

「ドラムできるんですか!?」

「以前やってましたよ。元々はバンドを組んでいましたから。とは言っても、すぐに解散した高校生バンドですがね。」


 これはとんでもないチャンスなのでは?私は美華さんと目を合わせた。きっと同じことを考えてる。


「あ、あの。店長さん。私たちとバンドを組みませんか?」

「……はい?」


 いつも冷静そうな店長さんの表情が崩れるほど私たちの提案は予想していなかったんだろう。日崎さんを笑顔にさせたいから、今バンドメンバーを集めている旨を店長さんに説明した。


「私の人生に今以上の刺激をくれるということですね!」

「解釈は見里さんに任せるけど。で、どう?やらない?」

「僭越ながら、やらせていただきます。久しぶりにドラムの練習をしなければいけませんね!」

「まだ全部決まったわけじゃないです。でも、メンバー全員揃ったら連絡します。」

「了解しました。」


 こうして私たちはドラムを仲間にできた。


「あとはピアノですね。」

「そだねぇ……。あ、待って今日私バイトだ。」

「え。」

「時間ヤバいからもう行くね、ピアノ探しといてー!」

「えー……。」


 美華さんは投げやりにそう言って去っていった。なんて人だ。

 ピアノ探しておけって言ったってそんな簡単に行くわけがない。店長さんだって奇跡みたいなもんだったんだから。


「…でも暇だし、歩いて探してみるか。」


 友達がいないと言うのは自由という意味である。

 とにかく、いろんなところを周ってみた。駅に置いてある誰でも自由に弾けるピアノや別の楽器店など。

 けれど、やはりそう簡単には行かず……空がオレンジ色になりかけていた。


(はぁ……疲れたな。最後にもう一回駅に行って、フリーピアノに誰かいないか確認したら帰ろ。)


 別に今日全員揃える必要はないんだし、と気楽に駅まで来てみると……


 ~♪


(あ、誰か弾いてる。それに…綺麗。)


 一音聞いただけで演奏者の思い描く音楽に弾きこまれるような魅力的な音。これだけ上手いなら、むしろ私たちみたいな凸凹バンドに誘ったところで入ってはくれなさそうだな……と否定的にピアノの椅子に座っている人物を確認すると。


「………何してんですか高坂さん。」

「あれま。お客さん、アタシチップは受け取らない筋でして。」


 高坂さんだった。この人とはどうにも断ち切れない縁があるらしい。

 一度ピアノから離れて、駅にあるカフェにせっかくなのでお話しませんかと提案された。奢ると言って聞かず、私も仕方なくついていった。


「お久しぶりですね、真紀さん。」

「高坂さんピアノできたんですか?」

「えぇまぁ。あ、すいません。アタシアイスコーヒーで。真紀さんは?」

「メロンソーダ。」


 タイミング良く近くに来ていた店員さんに注文を終え、私は早速本題に入ってみることにした。できることなら高坂さんとバンドなんて絶対に組みたくない。

 だが、少し彼女のピアノの音色に虜になっている自分がいるのも否定できない。


「にしても驚きました。華の中学生を謳歌しているはずの真紀さんが友達もいなく駅で1人歩いているなんて。あ、もしや解散した後でしたか?」

「……いえ、1人ですけど。」

「あーすいませんアタシってば気遣いができなくて!あはは!」


 この人私を小馬鹿にしたいがためにカフェに誘ったろ。

 もうさっさと話して帰ろうと、高坂さんにバンドを結成したいと言う話をする。


「あの、高坂さん。ダメ元で聞いても良いですか。」

「もちろん、アタシと真紀さんの仲じゃないですか。」


 そんなものはない。


「私と美華さんでバンドを組もうと思ってるです。それでその、」

「あ、無理でーす。」

「まだ言ってない!」

「いやわかりますよ。ピアノやってくれませんか、でしょ?」

「そうですが……。」

「なら無理です。大体、アタシ警察ですよ?警察をやってる人間がバンドなんかできるわけないじゃないですか。日勤して夜ライブして翌日また勤務。なんですか、地獄ですか。」

「まぁ…はい。ですよね。正直高坂さんを誘っても、『普通』に断られるとは思ってました。」

「え、えぇ。公務員は基本的に副業無理ですし。」

「『普通』に仕事をやってるなら『普通』無理ですもんね。仕方ないです。高坂さんの『普通』の生活を壊すわけにもいきませんから。」

「……わざとやってます?」

「さぁ、何のことです?」

「はぁ……。日崎さんに似て性格悪いですね。親子なんじゃないですかやっぱり。」

「私の事情に話逸らさないでください。いやまぁ、すこし意地悪を言いましたが警察の仕事とバンドの両立はまず無理です。他にピアノ探します。」

「えぇ、そうしてください。バンドはピアノがいなくても、十分成り立ちますよ。頑張ってくださいね。お、そうだ。もしライブをやることになったのなら誘ってください。ぜひ行きましょう。」

「は、はい……?」


 ふと、違和感を感じた。何故か高坂さんが残念そうにしている気がしたんだ。


(あれだけピアノが上手くて、駅前でも今さっきやってた。ピアノ、したくないわけじゃないんじゃないか?)


 高坂さんは人の心のない人だ。好きか嫌いかで言えば当然嫌い。

 でも、事件では何度も手を貸してくれた。借りはある。


「あの、高坂さん。」

「ほい。今度はなんでしょう?」

「やっぱりバンド組みませんか。」

「だから、そんな余裕は……。」

「高坂さんがやれる時だけでいいんです。」

「……ほう。」

「都合が良い時だけで良い。たまに来るスペシャルゲストみたいな立ち位置で良いんです。どうか、入ってくれませんか。」

「んー……。そうですねぇ。」


 あくまでも入って欲しい、だ。弾ける場所がありますよ、なんて誘導をすればかえってこの人は強がり、入ってはくれないだろう。

 高坂さんはいつの間にか来ていたアイスコーヒーを一口、二口、三口。

 明らかに悩んでいる様子だ。


(もう一押ししてみるか。)


「私、高坂さんは嫌いですけどさっきのピアノは好きです。」

「ずずっ…んな正面から言う事じゃありませんよ。…少し、昔話をしても良いですか?自分自身整理できていなくて、過去を。」

「は、はい。私で良ければ。」

「謙遜なさらないでください。貴方は最高の聞き上手でしょうに。」


 話し出した高坂さんは、持っていた雰囲気が変わったようだった。のらりくらりとしていた嫌な警察官から、夢を諦めた大人の哀愁を漂わせる。


「プロのピアニストになるのがアタシの夢でした。ちょうど真紀さんくらいの歳には神童だとか天才児だとか。浮足立つ褒め言葉を見に浴びるのが幸せだった。」


 まるでその当時に戻ったように、高坂さんの顔は若さを取り戻した。

 しかし、すぐにまた暗くなる。


「けれど時は無情にも過ぎます。大人になってからは違った。思ったより普通、案外普通。別に凄くはない、誰でもできる普通な演奏。……普通普通普通。その域まで達せず夢を諦めた人だっているかもしれません。上には上がいる、そんなことは始めた時からわかってた。だから頑張った。いつかその、上の存在になりたいと。『特別』になりたいと。」

「高坂さん……。」

「ですが残念ながら、アタシの才能はとっくに限界だったんです。いつからか普通がトラウマになりましたよ。下手ならまだ諦められた。でも、普通。少しでも可能性を感じてしまう自分の才能が嫌だった。……もう克服しましたが、一時は自分に言われたことでない言葉だとしても気が狂いそうになってました。」

「その……すいませんでした。」


 高坂さんの過去を知ってしまった。悪ふざけで冗談だったなんて言い訳は通用しない。本人にとってのトラウマを私は何度も言ってしまったことを謝罪した。


「いえいえ、アタシの心が弱かっただけですよ。気にしないでください。」

「それで、あの。ピアノを弾くのを諦めちゃったってことですか?」

「厳密に言えば人前で、ってとこですかね。もうレッテル張られちゃいましたから、『この人は普通の演奏の人だ』って。」


 私には今の高坂さんの話が、『絶対にやりたくない』を遠回しに伝えて来てるような気がした。確かにピアノへの後悔は忘れられていないのかもしれない。


(でも同時に、自分を知ってる人の前で演奏する恐怖も忘れられてないんだ。だから不特定多数が聞くフリーピアノなら弾けるのか……。)


 いつもへらへら笑っている高坂さんが、ここまでしおらしげになるほど、彼女の過去はまだ彼女自身を苦しめている。

 それってなんだか、とっても。


「もったいない。」

「へ?」

「あんなに上手なのに、もっと知ってもらいたいですよ私は。高坂さんの、音楽を。」

「アタシが、上手?……普通ですよ?」

「いえ、普通ではなかった。普通に上手い、ではないです。魅力的で弾きこまれるような音色。正直、バンドに誘うんじゃなくて今すぐコンクールに申し込ませたいくらいです。」

「もし、もしもの話ですよ。例え世間から普通だと評価されたことを、30歳になった今でさえ認められていなくて。まだ1人ピアノの練習だけは欠かさずやっていた……と、してもです。」


(やってたんだ、ずっと。)


「それでもまだ、世間から普通と評価を受けた時……真紀さんは責任を取ってくれるんですか?」

「はい。」

「即答……。具体的にどうやって取るつもりですか。」

「当然バンドを解散させます。それに、私ももう二度と人前でギターは弾きません。高坂さんだけの、専属ギタリストになってあげますよ。」


 本当は嫌だけども。ただ、この人と一緒に演奏してみたい。それも本当ではあった。


「中学一年生の言う事は中身がすかすかですねぇ。責任性を一ミリも感じません。大体アタシ、真紀さんのギター聴いたことありませんし。」

「う……。」


(それはそうだ……。)


「……でもまぁ、中学一年生にここまで言われてまた振り返って逃げるようじゃ、一生アタシは『普通』のままなんでしょうけど。」

「え?」

「時間が空いた時連絡します。真紀さんのバンド、入ったろうじゃないですか。」

「本当ですか!!」


 こうして、私はピアノを弾ける人を仲間にできた。

 バンド活動のスタートラインに、この瞬間ようやく立てたのだ。


「ちなみにバンド名は?」

「まだ決まってません。」

「前途多難~。」

「あ、それいいですね。」

「は?」

「え?」


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