エピローグβ・『マキ』
もう何度もライブ自体はやって来たけど、流石に動員数1万人以上のドームで行うなんて。
「て、手汗が……日崎さ~ん!」
「のび太君か、真紀は。もう散々弾いてきた曲垂れ流すだけだろ。」
「それはそれで言い方悪いですけどね。」
玲子さんが窘めてくれる。正直この人いないと私たちの結成3年のバンド、『前途多難』はとっくに崩壊していただろう。
主にこのピアノが原因で。
「リメは人の心ないですからねぇ。」
「普通の久留実に言われたかない。」
「は~んやりますか!?ピアノの重さ舐めてます?」
「機動性に優れたギター舐めんなよ!」
「はいはい、楽器で殴り合う想定の時点でミュージシャンとして負けですよ。」
「「すいません。」」
「あはは……。」
『前途多難』は当時の流行だとか、若者人気だとか。そういうもの全部実力で押しのけ駆け上がって来たバンドチームだ。
ギターが上手すぎる且つギターが好きすぎるあまりライブ中にアドリブを必ず入れる日崎さん。この人のおかげで同じ演奏は二度ないぞ、なんて言われるほど、毎回の演奏の貴重さが底上げされている。
高坂さん。未だに警察を続けながらバンドをしている化け物。いつ寝てるのかはバンドメンバーもわからない……。ちなみに高坂さんは不定期でライブに参加するのだけど、事前に伝えておいた場合チケットの争奪戦の過酷さが5倍になるという噂まであるほど、一番ファンの多いピアニストだ。
玲子さん。上記二名を支える土台。縁の下の力持ち。生まれて来てくれてありがとう。
美華さん。ベーシストとして最高というより最早最強の才能を開花させた。本人曰く、『もうここまで来たら流石にギターやってる場合じゃないわね。』と心底呆れた顔で言っていた。私へは憎み顔で。
そして、私。16歳。JKで、このバンドのリーダーだ。
「あれ、美華さんは?もう始まりますよね…?」
「寝過ごしてるんじゃないですか?ほら、最近高校卒業してお忙しいとか言っておりましたし。」
「午後8時まで寝るか?ふつー。それにお忙しいのはあんただろ、久留実。」
「なはは~。」
「さっき私も連絡しましたが返事なかったですよ、真紀ちゃん。」
「ふぅん……まぁいいか。私たちは誰か欠けても日崎さんが入ってくれますもんね。」
「あん?てことは何。こんな大規模ライブで私ベースか!か~……。」
「痰は叶いでください。」
「吐かねぇわ。」
とまぁ、結構雑にやっている。それでも暗幕から覗く観客の多さを見て、本当に私たちは運がいいなとつくづく思う。
「前途のみなさーん。そろそろ時間です。」
「わかりました。皆さん、行きますよ。」
「もうですか?!アタシまだ決め台詞決めてないですよぉ。うーん…『ピアノで全員書類送検してやるぜ!』とかどうでしょう!」
「いやそれなら『ピアノでお前らを投獄してやるぜ!』だろ。」
「イカれたメンバーを地で行かないでくださいよ、お2人さん。」
最後まで言い争いながら、私たちはステージに立つ。気おされるほどの歓声。熱狂のコール。私一人なら立ってるのもやっとだろう。
だけど今はもう、仲間がいる。私は孤独じゃない。
「『前途多難』のファンの皆さん!お久しぶりで、初めまして!橘真紀です!今日は全員、私のギターでぶっ〇します!!」
「えぇ~……。」
「保護者さ~ん?そちらの教育方針はどうなってるんで?」
「さ、構えてくださいお2人とも。好きなだけ暴れてもらって結構ですので。行きますよ。」
その日、私たちはまた『アネモネ』としての軌跡を1つ作った。この先も、未来永劫名を残せるようなバンドメンバーになってやる。じゃなきゃ私は死ぬとき、きっと悔いを残すだろうから。
ライブ終わりの翌日、美華さんの両親から連絡があった。
美華さんが交通事故で亡くなった、と。
完




