落城 ~テオドールSide~
ロザリーが攫われてから夜が明ける前にレナルドから連絡が入り、やはりリンデンバーグ城へと連れて行かれている事が確定する。
私はベルンシュタットから馬を駆り、無事にリンデンバーグ城の裏側の国境付近に着くと、古くて使われていない地下通路への入口を地面に見つけた。
ここだな……上には草が幾重にも覆い被さっていて、正直場所を特定していなければ見つける事は不可能だっただろう。
どのくらい長い間使っていなかったのだろうか。
中は使える状態なのか?
レナルドは調査済みとは言っていたが――――
疑わしい思いはあるものの、ヤツが陛下の優秀な部下だった事を考えると大丈夫だろうという結論に達し、入る事にした。
入口は錆びていて、私一人でも開けるのに力がいるくらい重かったが……あの王族たちでは無理だっただろうな。
中は案の定ボロボロで、全く使われていなかった事がうかがえる。
我が国と長い間戦をしていたにも関わらず、ここの存在に全く目もくれていないというのは、怠慢以外の何物でもないな。
恐らく今の王族でここの存在を知っている者はいないのだろう。
我がベルンシュタットでは考えられない事だ。
戦というのは、ありとあらゆる状況や手段を考え、使っていかなければならない。
そんな事を考えながら地下通路を足早に進んでいく。
ロザリーは大丈夫だろうか……レナルドが付いているとは言え、リンデンバーグの王族には嫌な思い出しかないはずだ。
もし暴力などを受けていたら――――
今はそれについて考えるのを止めておこう……彼女の強さを信じるしかない。
自分の嫌な考えを振り払うかのようにスピードを上げて走っていると、遠くから足音が聞こえてくる。
「止まれ」
兵達にストップをかける。
足音からすると一人だな…………誰だ?
一人なら私でも相手が出来る。
「お前たちは下がっていろ」
「は……」
どんどん近づいてくる足音――――足が速い――そして角を曲がって出てきたのは、レナルドだった。
「うわっ!え…………旦那様?!」
「…………お前か……」
「お前か……じゃないですよ! いいタイミングです、私が来た道をたどっていけば奥様が……」
私はレナルドの言葉を最後まで聞く前に走り出していた――――この先にロザリーが?
逸る気持ちを抑えて全力で走って行くと、逃げようと必死に走るロザリーの姿が見える。
「ロザリア!!」
咄嗟に叫んだ。
よく見るとドレスはボロボロになり、布は破け、肌に身に着けていた宝飾品も全て無くなっている。
まさかあの王族どもに奪われたのか?
嫌な予感が頭を過り、早く彼女を抱き締め、安心させてやりたくなる。
ロザリーは地下通路の響いた私の声に気付き、ピタリと動きを止め、ゆっくりと振り向いた。
その顔はすぐにくしゃくしゃになり、よろめきながら私に向かって走って来る――――
ここに辿り着くまで、どれほど辛い想いをしたのだろうか。
靴はヒールで歩くのも限界だっただろう。
そんな中でも城を脱出する事を決め、ベルンシュタットへ帰ろうと必死に歩いたのだと思うと胸が掻きむしられるようだった。
ようやく腕が届く距離まで近づいたロザリーは私に飛びつき、泣きながら私の名前を呼んでいる。
「テオ様っ……テオ様……!! テオ…………さ……ま…………会いたかった…………!」
「無事で良かった……」
ロザリー……ロザリア…………愛しい妻の温もりと匂いを感じ、心底安堵の気持ちでいっぱいになる。
大きな怪我などはなさそうだな――――
「テオ様が贈ってくださったドレスも……こんな状態でごめんなさい…………ううっ……最後に絶対ベルンシュタットに帰りたくて……テオ様に会いたくて…………来てくれて嬉しいっ!」
最後にという言葉を聞き、彼女が決死の覚悟で城を脱出したのだという事が伝わってくる。
この格好で地下通路を抜け、飲食できるものもなく、国境沿いを歩いてベルンシュタットへ向かおうとしていたのだから……ベルンシュタットへ戻れないかもしれないと覚悟もしていたのだろう。
彼女はなかなか泣き止む事ができずに、ずっと私に頬ずりしていた。
あまりに愛おしくてキスをすると、一気に涙は引いたようだ。
そんなところも可愛すぎるんだが。
私はロザリーをベルンシュタットへ帰し、リンデンバーグを滅ぼす為に城内へ侵入するつもりだと彼女に告げた。
しかしロザリーは自分も行くと引かない。
いつもなら私に遠慮したり、引く事の多いロザリーが、絶対に行くと言ってきかない…………覚悟を決めたその顔を見て、とても誇らしい気持ちになる。
私が何に代えてもロザリーを守る――――
愛しい妻を抱き上げ、リンデンバーグ城を目指してひたすら地下通路を走ったのだった。
~・~・~・~
城内へは上手く侵入する事が出来たが、城門を開けるのをどうするか、考えをめぐらす。
そこへレナルドが「私が城門まで行って開けてもらいますよ」と言い始めたので、彼に託すことを決めたのだった。
悔しいが、レナルドは相当優秀だ……さすがに陛下の部下だけはある。
そして無事に開門する事が出来たのか、前方からベルンシュタット兵が押し寄せ、城内を次々に制圧していった。
私はその様子をじっと眺める。
ようやくロザリーやベラトリクス様がリンデンバーグから解放される時が来たのだな。
私とロザリーがホールに着くと、我がベルンシュタット兵に取り囲まれている王族達の姿が見えた。
「閣下!王族達は皆こちらに……」
「…………ご苦労だった」
この者たちがロザリーの家族……似ても似つかないくらい醜悪な顔をしている。
我らが憎くて仕方ないのだろう。
だが――――それはこちらも同じだ。
「そなた達の身柄は、これからボルアネアに運ばれる。 そして我が国の法によって裁かれるのだ。 陛下が正しい裁きを下してくださるだろう……ベラトリクス様を襲い、連れ去った事、ロザリア共々幽閉した事、我が妻を攫った事、その身を以って報いを受けるがいい」
「…………私は国王だ……! 他国の法の裁きなど受けぬ」
「寝言は寝てから言うんだな、リンデンバーグ王よ。 貴国は我が国に落ちたのだ。 滅ぼされた国の法など適用されるわけがない」
ここまで浅はかだと笑えてくるレベルだな……そうやって法を勝手に解釈し、ベラトリクス様とロザリーの人生をこの男が奪ったのだと思うと怒りがこみ上げてくる。
そこへ何番目の姉か分からない王女が、私の足に縋り付いてきた。
「閣下! 私を側妃にしてくださいませ! 私ならロザリアよりもあなた様の望みを叶えてあげられます……!!」
「これ! お止めなさい!!」
王妃が必死に止めているが、第一王女は私の脚に張り付くのを止める気配はない。
そんな光景をロザリーが不安そうに見ている。
私は愛する妻の手を握り、大丈夫だと頷くと少し頬を赤らめた。
こんな状況だと言うのに妻が可愛すぎるのも困りものだな。
「あ――王女よ、あなたが私の望みを叶えられるというのは、本当か?」
「はい! もちろんです! 私ならあなた様の為なら何でも……」
「何でも…………か。 では私の望みを言おう。 あなたの首を差し出せ」
「え?」
「出来るだろう? 私の為なら何でも出来るのだから。 出来ぬのか? まさか私に嘘を申したと?」
あえて無理難題を吹っ掛けてみる。
まぁこの王女にそのような気概はない……案の定怯えて後退りし始めた。
思った通りの口先だけの人間だったな。
「ふん。 お前達は自分達の保身の為に、ロザリアを喜んで私に差し出したではないか。 彼女は何も持たずにその身1つで我が国に来た。 自分の侍女の為に命を差し出した事もある……お前たちはそんな彼女を利用した挙句、自身の欲望にまみれ、今度は彼女を攫い、最後まで己の保身に走った。 そんな人間に私の望みを叶えられる、だと?……笑わせるな!!!」
この者たちは自分達のしてきた事がどれほど下劣で最低な事かを全く分かっていない。
私が彼女を所望したというのはもちろんだが、この王族たちは喜んでそれに応じた。
自分の家族を守ろうだなんて少しも思ってはいない。
ロザリーがどうなろうと知った事ではなかったのだ。
彼女を差し出せば国政をその手に戻せるという条件に、尻尾を振って乗ってきた。
私はそんな人間の口車に乗るほど阿呆ではない。
それに――――
「私の望みを叶えられるのは、この世界で唯一人、ロザリアだけだ。 お前達如きが代わりになれるなど、努々考えぬ事だ」
「そんな小娘のどこが! 私より勝っていると言うのです?!」
これだけ言っても食い下がってくるとはな……自尊心だけは国宝級だ。
そんな人間を相手にするのも馬鹿馬鹿しいのだが、ロザリーを貶める発言は許せない。
私は王女の目の前でロザリーをいつものように片腕に抱き上げ、彼女の頬にキスをする。
「見て分からないか? 全部だ」
「テ、テオ様……」
ロザリーは皆の前だったのが恥ずかしかったのか、頬を赤らめて俯いてしまう……王女に見せつける為だったとは言え、妻の可愛すぎる反応に皆の前でしなければ良かった、と少しだけ後悔したのだった。
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