# 第34話 独白
「そこから先は、召喚が成功した後に我々が決めたことだ」
フラグオールは静かに答えた。
「じゃあ……俺が来た時、王様たちもどうすればいいか決まってなかった?」
「そうだ。生きた人間が現れることすら、ほとんど想定しておらなんだからな」
「……そうでしたね」
失敗すると思っていた召喚に、その後の予定などあるはずもない。ましてや、そこからLV:1000の人間が出てくる場合まで考えていたなら、その方がどうかしている。
「それで、俺が出てきてから決めたんですよね。戦争には無理に参加させないとか、王都では好きにしていいとか。でも、召喚した理由は戦争だったんですよね? だったら俺が出てきた時、戦争に使おうって話にはならなかったんですか?」
「そのような話をしておる状況ではなかったな」
フラグオールの答えに、かか志は少し首を傾げた。
「召喚が成功した時点ですでに想定外だ。そのうえ、現れたそなたの鑑定結果はLV:1000。あの場にいた者たちが知っていたのは、それだけだ」
「そう言われると……確かに」
その時のことなら覚えている。鑑定結果が出た直後、それまで部屋にいた大勢の人間はミスリードによって退室させられた。その理由についても、つい先ほど本人から聞いたばかりだ。
「そういえば、あの時みんなを外に出したあと、どうしたんです? あれだけ人がいたなら、俺のこと知ってる人も結構いたってことですよね」
「あの場で起きたことは、決して口外しないよう命じた」
ミスリードが答えた。
「全員に?」
「ああ。反対した者はいない」
短い答えだったが、かか志にも何となく理由は分かった。何も起きないと思われていた召喚が成功し、そこから現れた人間はLV:1000。しかも、自分たちが実行を求めた召喚によって、本人の意思とは関係なく異世界から呼び出された人間である。
「……俺、別に何かするつもりなんてなかったんですけどね」
「今だから分かるんだよ」
ギルが呆れたように口を挟んだ。
「勝手に異世界から呼び出した相手がLV:1000だったんだぞ。しかも、呼ばれた本人がどう思ってるのかも分からねえ。そんな状況で『戦争に出てくれ』なんて言いに行く奴がいたら、俺ならそいつを止めるぞ」
「そんなにですか?」
「お前、自分のレベルを他人事みたいに言うのやめろ」
「俺からしたら数字ですからねえ」
「こっちからしたら、その数字が問題なんだよ」
身も蓋もないが、言われてみれば分からなくもない。かか志自身は突然知らない世界へ呼び出されて困っていただけだが、向こうから見れば事情が違う。素性も性格も分からず、自分たちに怒りを向けるかどうかすら分からないLV:1000の人間が、実際に目の前へ現れたのだ。
「ですから、まず必要だったのは山田野殿と話をすることでした」
セバスが続ける。
「それで、あの後いろいろ聞かれたんですね。聞かれた俺も、何を話せばいいのか分かってませんでしたけど」
「こちらも似たようなものでしたぞ。何しろ、その時点では山田野殿について何一つ分かっておりませんでしたからな」
「で、話してみたら……普通だったと」
「自分で言うのかよ」
すかさずギルが突っ込んできた。
「普通でしょう。戦ったこともないし、魔法も使えないし、ただの会社員ですよ」
「最後のやつは未だによく分からねえけどな」
「そこは今どうでもいいです」
かか志が返すと、ヨルが少し考えるようにして口を開いた。
「少なくとも、我々に敵意を持っているわけではなく、戦闘についても山田野殿が話された通りだろうとは判断されました。それだけでも、最初の状況とは大きく違います」
「最初はLV:1000ってことしか分からなかったわけですもんね」
「はい。山田野殿と実際に話をしたこと、その後のヨルから受けた報告もあわせて、ようやくその後について考えることができるようになった、という方が近いでしょう」
セバスの説明を聞いて、かか志は今までの扱いを思い返した。戦争への参加を強制されず、王都を歩くことも止められなかった。冒険者になると言っても、それを妨げられたことはない。
「最初から今みたいにしようって決めてたわけじゃないんですね」
「決めようがなかった、というべきでしょうな。山田野殿が何をできるのか、何を望んでいるのか、それどころか我々をどう思っているのかさえ分からなかったのです。そんな状態で、こちらから余計なことをするべきではないと判断しました」
「要するに……下手なことして怒らせたくなかった?」
「随分と直接的な言い方ですが、否定はいたしません」
「まあ、そうなるか……」
かか志としては怒って暴れるつもりなどなかったのだが、それを王国側が知ったのは後の話である。何をするか分からないLV:1000を前にして、とりあえず生活に必要なものを用意し、行動を制限せず様子を見る。言われてみれば、特別な方針があったというより、それ以外の判断をする材料がなかったのだろう。
「じゃあ、俺が今こうして自由にしてるのも、最初は様子見みたいなものだったんですね」
「最初は、な」
フラグオールが答えた。
「その後については、そなた自身を見たうえで判断しておる」
ここまで聞けば、召喚された直後から今までの王国側の対応については、だいたい分かった。最初から異世界人をどう扱うかという決まりがあったわけではない。何も分からないからこそ下手に動かず、その後は自分の行動を見ながら判断してきたということらしい。
「もっとも――」
フラグオールが、そのまま言葉を続けた。
「それは、そなたが現れた後の話だ」
かか志は黙ってフラグオールを見る。
「フーダニットが召喚魔法を研究した。戦争へ利用できるのではないかと考える者が現れ、それに反対する者もいた。ミスリードが双方をまとめ、最後に私へ実行を進言した。だが、国として召喚を実行すると決めたのは私だ」
フラグオールはゆっくりと言葉を継いだ。
「失敗する可能性が高いと考えていた。万が一成功したとしても、召喚される者が無事では済まぬ可能性があるとも。それでも私は実行を決めた。この国が戦争によって失い続けるものと、どこの誰とも分からぬ一人を天秤にかけたうえでの判断だ。その判断を、今になって違っていたと言うつもりはない」
フラグオールの口調は変わらない。
「そして召喚は成功した……してしまった。そして、そなたが現れた」
そこで初めて、フラグオールはまっすぐかか志を見た。
「結果が想定していたものと違ったからといって、そこまでの判断が消えるわけではない。そなたが望んでこの世界へ来たのではないことも、元の世界へ帰る方法を我々が持っていないことも変わらぬ」
誰も口を挟まなかった。
「ならば、そなたをこの世界に呼び寄せてしまったことに、誰かが責任を負わねばならぬ」
フラグオールは一度言葉を切った。
「それは私だ」
かか志は何も言わなかった。
「研究したフーダニットでもない。実行を求めた者たちでもない。それをまとめ、私へ進言したミスリードでもない。国として召喚を実行すると決めたのは私だ。ゆえに、その決定によって生じた結果は、国王である私が負う」
「父上だけの責任ではない。私が実行を進言したことも事実だ」
ミスリードが静かに口を開いた。
「それは、そなた自身が負えばよい」
フラグオールは息子へ視線を向けた。
「フーダニットが研究したことも、召喚を求めた者たちが声を上げたことも、それぞれが自らの行いとして負うものだ。だが、それらを聞いたうえで実行を認めた私の決定まで、他の者へ分け与えるつもりはない」
ミスリードはそれ以上何も言わなかった。フーダニットも黙ったままだった。
誰か一人が、自分をこの世界へ呼ぼうとしたわけではない。古い記録を調べた者がいて、それを戦争に使えるかもしれないと考えた者がいた。反対した者もいれば、その意見をまとめた者もいる。そして最後に、国王が実行を決めた。それぞれが自分の立場で考え、行動した結果として召喚魔法が使われ、本当に自分が現れた。
かか志は、何も言わなかった。何と言えばいいのか分からなかった、という方が近い。
フラグオールの判断を聞いて、何も思わなかったわけではない。自分の命が天秤に載せられ、王国にとっては比べるまでもないものとして扱われた。その事実は、事情を知ったからといって消えるものではなかった。
「何を言おうとも、我が国の事情であることに変わりはない。戦争が続いていたことも、召喚を求める者がいたことも、私が国王として何を考えたかも、そなたには何の関係もなかったことだ」
フラグオールはそのまま言葉を続ける。
「私は先ほど、国王としてあの判断をしたことを違っていたとは言わぬと申した。それを今さら繕うつもりもない。だが、どう繕おうとも、結果としてそなたに取り返しのつかぬことをしてしまった。その事実もまた、変わらぬ」
そこで初めて、フラグオールの言葉が途切れた。
「申し訳ないという言葉で済むとは思っておらぬ。それでも……許してほしい」
静かな声だった。
国王が頭を下げたわけでもない。声を震わせたわけでもない。ただ、かか志には、その目がわずかに潤んでいるように見えた。
見間違いだったのかもしれない。
誰も、それについて何も言わなかった。
「あの……なんて言えばいいか……迷ったんですけど……」
かか志が口を開く。
一呼吸置いて、
「一言で言わせてもらうと……考えすぎじゃね」
それまでの重い空気を吹き飛ばす、軽い一言だった。




