# 第33話 天秤
「でも王様、一つ分からないんですけど」
ここまでの話を頭の中で整理しながら、かか志は口を開いた。
「どうして、そこまで失敗すると思ってたんです?」
召喚魔法が本当に存在したのかどうかは分からない。残された記録をもとにフーダニットが術式を再現し、それを実行するところまで話が進んだ経緯も聞いた。それでもフラグオールは、最初から召喚が成功するとはほとんど考えていなかったという。その理由だけが、まだかか志には見えていなかった。
フラグオールは少しかか志を見たあと、静かに答えた。
「そなたは、転移魔法についてはすでに知っているな」
「はい。金庫屋で使ってる――」
答えかけて、かか志は止まった。以前ヨルから聞いた転移魔法の話が、そこで頭に浮かんだ。大掛かりな魔道具を必要とし、距離が伸びるほど必要な魔力も増えていく。それはここまで聞いてきた話とも重なる。だが、ヨルから聞いた話には、もう一つあった。
生き物を転移させれば、死ぬ。
知っていたはずのその事実が、召喚魔法と並んだ途端、それまでとは違う意味を持った。同じ世界の中で物を移動させる転移魔法でさえ、それだけの制約があり、生き物を生きたまま運ぶこともできない。それに対して、古い記録に残された召喚魔法は、異世界から生きた人間を呼び寄せるという。
そこで、今まで別々だった話が一気につながった。
「……ああ、そういうことか」
思わず声が漏れた。フラグオールが古い記録を疑った理由も、召喚が失敗すると考えていた理由も、これなら分かる。
「王様、最初から転移魔法と比べてたんですね?」
「比べたというより、それ以外に判断する材料がなかったと言った方が近い」
フラグオールはそう答えた。
「召喚魔法と転移魔法が同じ原理であるかは分からぬ。だが、我々が実際に知っている魔法の中で、離れた場所へ何かを移すものといえば転移魔法だ。それを知っている以上、古い記録に書かれていることを、そのまま信じることはできなかった」
「……言われてみれば、無茶苦茶ですね。同じ世界の中ですらあれだけ大変なのに、こっちは異世界から人間ですもんね。遠いとかいう話ですらないし」
「そういうことだ。異世界というものがどこにあるのか、距離という考え方が通用するのか、それすら我々には分からぬ。召喚魔法が転移魔法とはまったく異なる仕組みである可能性もあるが、それを証明するものもなかった」
そこでセバスが静かに口を開いた。
「もちろん、それだけを理由に召喚魔法が存在しないと断定することもできません。過去には成功したという記録があり、フーダニット殿によって術式も再現されている。一方で、現在知られている魔法技術から考えれば、その記録どおりのことが起こるとは考えにくい。どちらにも、相手を完全に否定できるだけの材料がなかったのです」
「だから、絶対に失敗するって話でもなかったんですね」
「その通りです。もし不可能であることが明らかであったなら、そもそも召喚を実行するか否かで、あれほど意見が割れることもなかったでしょう」
「それでも、私は失敗する可能性の方がはるかに高いと考えていた」
フラグオールが静かに言った。
「十中八九、何も起こらず不発に終わる。そう考えておった。だが、万が一何かが起きたとしても、現在の転移魔法について知る限り、生きた人間が無事に現れるとは考えにくかった」
かか志は黙って聞いていた。
「最善の結果が出たとしても、召喚された者の亡骸が一つ、あの場に残る。その程度の可能性は考えていた」
「……それでも、やったんですか?」
「ああ」
返事に迷いはなかった。
「戦争は続いていた。召喚について議論している間にも兵は戦い、命を落とす者もいる。戦いが長引けば、それだけ国が失うものも増えていく。その状況で、召喚を一度実行することで長く続いた議論に決着をつけられるのであれば、私は実行すべきだと判断した」
「でも……万が一、本当に誰かが来たら」
「その可能性も含めての判断だ」
フラグオールはかか志から視線を逸らさなかった。
「どこの誰とも知れぬ、我が国とは何の関わりもない者だ。それでも一人の人間であることに変わりはない。だが私は、その一人に起こり得ることと、戦争が続くことでこの国が今後失うかもしれぬものを天秤にかけた」
一度言葉を切り、フラグオールは続けた。
「国王として、比べるまでもないと判断した」
かか志は、すぐには何も言えなかった。言っていることは分かる。
戦争は実際に続いている。兵士が戦い、命を落とすこともある。国王である以上、それを止める、あるいは少しでも有利にする可能性があるのなら、考えなければならないのだろう。召喚魔法が何も起こさず終われば、それで長く続いた議論に一つの決着がつく。仮に何かが起こったとしても、危険にさらされるのは、この国の人間ではない。
理屈としては理解できた。
ただ、その「この国とは何の関わりもない一人」として、実際に召喚されたのが自分だ。
そう考えると、同じ理屈をそのまま受け入れるには、少しだけ引っかかるものがあった。
「……王様って、そういうことも決めるんですね」
「ああ」
フラグオールは短く答えた。
自分の判断が正しかったとも、仕方がなかったとも言わない。ただ、国王としてそう判断し、召喚の実行を決めた。その事実だけを、かか志に話している。
かか志も、それ以上何かを言うことはできなかった。フラグオールの判断を責めるべきなのか、自分には分からない。もし自分がこの国の人間で、戦争で誰かを失う側にいたなら、同じ判断を支持していたかもしれない。
けれど、自分はそうではない。
実際に召喚された側だ。
その違いだけは、どうしても残った。
しばらく考えていたかか志は、そこで別のことに気づいた。
「……あれ?」
「どうした」
「じゃあ、俺が召喚された後のことって……最初から何か決めてたわけじゃないんですよね?」
何も起こらないと考えていたのなら、その後のことを細かく決めていたとは思えない。まして、召喚された人間がLV:1000だった場合の対応など、事前に用意していたはずもなかった。それなら、自分がこの世界へ来てから受けてきた扱いも、すべて召喚が成功した後に決められたことになる。
「そこから先は、召喚が成功した後に我々が決めたことだ」
フラグオールは静かに答えた。




