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レベルが支配する異世界夢想  作者: 土瓶蒸しの謎


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# 第32話 政治と召喚実行


 ここまで語られたのは、過去の召喚記録と、それをもとにフーダニットが行った研究についてだった。


 およそ百年前、異世界から召喚された人物が戦争で大きな功績を残したという記録がある。ただし、その時代を直接知る者は現在ではおそらく残っておらず、後世に伝わった記録がどこまで正確なのかは分からない。そしてフーダニットが研究によって確認できたのも、古い資料に記されていた召喚魔法の術式を再現できるというところまでだった。


 その研究を知った一人の貴族が、長く続く戦争を有利にできるのではないかと考えた。そこから先は、研究ではなく政治の話になる。


「召喚魔法を実際に使うべきだ、という意見は徐々に広がっていった」


 フラグオールはそう言って、隣に座るセバスへ視線を向けた。細かな経緯については宰相の方が適任だということなのだろう。セバスもそれを察したように、静かに話を引き継ぐ。


「当初から、召喚に賛成する者ばかりだったわけではありません。過去の記録が事実であり、召喚魔法を再現できる可能性があるのなら試すべきだという意見がある一方、不確かな記録と効果の確認されていない魔法に、国が人員や資源を費やすべきではないという意見もございました。何より、仮に召喚そのものが成功したとしても、何が起こるのか分かりません」


「まあ……そうなりますよね」


 かか志にも、その対立は理解できた。戦争が続いている。過去には異世界から来た人物が大きな戦果を挙げたとされ、その召喚に使われたらしい魔法も再現できるかもしれない。それだけ聞けば、試してみたいと考える者が出るのも不思議ではない。


「賛成していた人たちは、召喚すれば昔みたいな人が来ると思ってたんですか?」


「そこまで単純ではありません」


 セバスはゆっくりと首を振った。


「過去と同じように戦争で大きな力となる者を期待した者は、当然いたでしょう。しかし、異世界人であれば我々の知らない知識を持っている可能性もある。戦う力を持たずとも、別の形で国益につながるのではないかと考える者もおりました。反対に、何が現れるかすら分からないものを呼び寄せること自体が危険だとする意見もあります。賛成、反対と一言で分けてはおりますが、その中でも考えは様々だったのです」


「なるほど……」


「そして重要なのは、どちらも国を害そうとしていたわけではないということだ」


 それまで黙っていたフラグオールが、低い声で付け加えた。


「召喚を望んだ者たちは、長く続く戦争を少しでも有利に進めたいと考えた。反対した者たちは、不確かなものへ国の資源を投じる危険を考えた。立場は違っても、国を守ろうとしていたことに変わりはない。だからこそ、簡単には決着がつかなかった」


「それで、ずっと話し合ってたんですか?」


「そうなりますな。もっとも、話し合っている間にも戦争は続いております」


 セバスは少し困ったように笑った。


「過去に成果を挙げたとされる実例があり、召喚魔法の術式も再現できる可能性がある。それならば、実際に試すこともせず可能性を捨てるべきではない――時間が経つにつれ、その意見が強くなっていきました。戦争が続いている以上、何もしないという判断にも相応の理由が求められます」


「使えるかもしれないものがあるのに、なんで使わないんだってことですか」


「大まかには、そのようなものです。ただ、声が大きくなれば、それで意見が一つにまとまるというものでもありません。早急に実行すべきだという者もいれば、試すにしても慎重に進めるべきだという者もいる。賛成する者が増えたからこそ、その中をまとめる必要も出てきました」


 そこまで聞いて、かか志は一人の人物へ視線を向けた。ミスリードだった。召喚された日に一度顔を見ただけで、その後まともに話したことはなかったが、今までの説明を聞けば、この王太子がここにいる理由も何となく見えてくる。


「もしかして、それをまとめてたのがミスリードさん?」


「そうだ」


 ミスリードはそれだけ答えた。


「じゃあ、ミスリードさんは召喚に賛成だったんですか?」


「私が父上へ召喚の実行を進言した。それは事実だ」


 質問への答えとしては、少しずれている。かか志がどういう意味だろうと考えていると、セバスが静かに口を挟んだ。


「山田野殿。少し補足いたしますと、当時すでに召喚を求める声は無視できぬほど大きくなっておりました。殿下がその中心に立たれたのは――」


「セバス」


 ミスリードが、その言葉を遮った。


「そこまで説明する必要はない」


「しかし、殿下」


「私がどのように考えていたかと、何をしたかは別の話だ。召喚を求める者たちをまとめたのは私だ。そして、最終的に父上へ実行を進言した。それが事実であれば、この場では十分だ」


 声を荒らげたわけではない。ただ、それ以上の説明を必要としないことだけは、その口調ではっきりと分かった。セバスはしばらくミスリードを見ていたが、やがて小さく息を吐く。


「……承知いたしました」


 かか志は二人のやり取りを黙って見ていた。どうやら、単純に「召喚したかったから賛成派を率いた」という話ではないらしい。だが、ミスリード自身にそれを説明する気はないようだった。


「最終的に、私は父上へ進言した。これ以上議論を続けるだけでは、この問題は終わらない。召喚魔法を実行するのか、行わないのか。国王として決断していただきたい、と」


「そして、私が決めた」


 フラグオールがその先を引き取った。


「召喚魔法を実行する、と」


 かか志はフラグオールを見る。


「反対してる人もいたのに?」


「いた。だからといって、すべての者が同じ意見になるまで待ち続けるわけにもいかぬ。国王とは、意見が割れた時に何も決めなくてよい立場ではない。最終的に実行を決定したのは私だ。その結果についても、私が責任を負う」


 ミスリードが進言し、フーダニットが研究し、召喚を望んだ貴族たちがいた。だが、フラグオールはそのどれを理由にも使わなかった。決めたのは自分だと、ただそれだけを言った。


 かか志は、それをそのまま受け止めた。ここまで聞いてきた話では、多くの人間が召喚に関わっている。それでも最終的に実行を決めたのは国王であり、フラグオール自身もその責任を他の誰かへ預けるつもりはないらしい。


「決定が下された後は、実行の準備に入りました」


 セバスが話を先へ進める。


「召喚魔法陣を用意し、必要とされる魔石を集め、術式を扱える者を揃える。もちろん、フーダニット殿にも参加していただいております」


「わしが研究した術式ですからな。そこだけは他人に丸投げするわけにもいきません」


 フーダニットは髭を撫でながら、少し苦笑した。


「もっとも、再現できたと言っても、資料に残されていたものを可能な限り同じ形にしたというだけです。何度も言いますが、実際に使用した場合に何が起こるのかまで、研究で確認できていたわけではありませんぞ」


「それでも実行した、と」


「そういう決定が下されましたからな。研究者として分からぬものを分かったとは言えませんが、国が実行すると決めた以上、わしにできるのは可能な限り資料に沿って準備することです」


 研究者は研究し、政治家は議論した。王太子は対立する意見をまとめ、国王は決断した。そして、その結果として召喚魔法が実行された。


「そういえば……あの時、ずいぶん人がいましたよね。王様もセバスさんも、ミスリードさんも、フーダニットさんもいたし。他にもかなりいたような」


「あれは意図的に集めた」


 フラグオールが答える。


「召喚に賛成した者、反対した者、どちらにも属さぬ者。それぞれの立場を代表する者を、あの場へ立ち会わせた」


「なんでまた全員……」


「結果を、その場で確認させるためだ。召喚魔法を巡る議論は長く続いた。実行すると決めた以上、その結果についてまで後から争わせるつもりはなかった。何が起きたとしても、各々の立場にある者が同じものを見る。それが一番確実だ」


 かか志はその説明を聞きながら、当時の光景を思い返した。異世界召喚という言葉から勝手に想像していたのは、勇者を迎えるために国の偉い人間が勢揃いしているような光景だった。


 実際は違ったらしい。あれは歓迎のために集まっていたのではなく、召喚という国家規模の案件について、賛成も反対も含めた関係者が、その結果を自分の目で確認するための場だった。


 ただ、一つ分からない。過去の記録は確実ではなく、召喚魔法の研究でも術式の再現まではできたが、その効果までは確認できていない。それでも国王は実行を決めた。しかも、わざわざ賛成派も反対派も同じ場所に集め、その結果を見届けさせている。


 そこまで考えたところで、かか志はフラグオールを見た。


「王様、一つ聞いていいですか?」


「構わぬ」


「召喚魔法を実行したら、本当に誰かが来ると思ってたんですか?」


 部屋が静かになった。セバスは何も言わず、ミスリードも口を挟まない。フーダニットもフラグオールへ視線を向ける。しばらくして、国王は静かに答えた。


「いや」


「……え?」


「私は、何も起こらぬと思っていた」


 かか志は数秒、その言葉の意味を考えた。


「何も起こらないと思って……召喚した?」


「そうだ」


「でも、俺いますよ?」


「見れば分かる」


「いや、そういうことじゃなくてですね」


 思わず頭へ手をやりそうになり、指先がレベルキャップへ届く前に止める。今日は絶対に外すなと言われていたことを思い出し、そのまま手を膝へ戻した。


「成功すると思ってなかったのに、なんで実行したんです?」


 フラグオールは少しも言い淀まなかった。


「何も起こらぬことを、全員に確認させるためだ」


 かか志は黙った。ここまで聞いた話が、頭の中で少しずつつながっていく。


「過去の召喚記録がある。召喚魔法とされる術式も再現された。それを根拠に、実行を求める者が増えた。ならば一度実行し、その結果を確認する。何も起こらなければ、少なくとも同じ根拠だけで召喚を求め続けることは難しくなる」


「だから……賛成してた人も反対してた人も、同じ場所に集めた?」


「そうだ。失敗した後で、術式が違った、準備が足りなかった、立ち会っていないから結果を信用できぬなどと言われては、また同じ議論を繰り返すことになる。ならば必要な準備を整え、関係する者たちの前で一度実行した方がよい」


「それで終わらせるつもりだった……」


「そのつもりだった」


 かか志は、もう一度自分が召喚された日のことを思い出した。あの魔法陣と、そこに集められていた大勢の人間。そして、その中心へ突然現れた自分。あの時は何も分からなかったが、今ならなぜあれだけの人間がいたのかも分かる。


「……つまり、失敗するところをみんなで見る予定だったところに、俺が出てきたって事ですか……」


「そうだ」


 フラグオールは黙って頷いた。


 成功を期待して行われた勇者召喚なら、まだ話は分かる。ところが実際には、長く続いた政治的な議論へ決着をつけるため、何も起こらないところを関係者全員で確認するつもりで実行された。それなのに、本当に人間が現れた。それも、よりによって自分だった。


「神の悪戯、としか言いようがない」


 フラグオールが静かに言った。


 ここまでの話を聞けば、そう言いたくなるのも、かか志には何となく分かる気がした。成功するとは考えていなかった召喚魔法が成功し、本当に異世界から一人の人間が現れた。それだけでも想定外だったところへ、鑑定した結果はLV:1000だったのだ。


「……そりゃ、あの場がああなりますよね」


 かか志が呟くと、ミスリードがわずかに視線を動かした。


「あの場?」


「俺のレベルが分かった直後です。急に人が出ていったじゃないですか」


「あれは私が退室させた」


「ミスリードさんが?」


「ああ。召喚が成功した時点ですでに想定外だった。そのうえ、現れた山田野殿の鑑定結果がLV:1000。何が起こるのか、あの場にいた誰にも判断できなかった。しかも、あの部屋には召喚を巡って異なる立場にいた者たちが集まっていた。事情の分からぬまま全員を残しておく必要はない。まず人数を減らし、安全を確保するべきだと判断した」


 ミスリードの口調は変わらない。自分の判断が正しかったと主張するわけでもなく、あの場で必要だと判断したことを、そのまま話しているように聞こえた。


「父上の判断を待たず、私が命じた。召喚の実行を進言した以上、その結果について私に責任がないとは思っていない。だが、あの時点で優先すべきなのは責任の所在を話し合うことではなかった」


 そこでミスリードは、かか志をまっすぐ見た。


「その後をどうするかは、国王である父上へ委ねた。それが最も適切だと考えた」


 かか志は何も言わず、その言葉を聞いていた。


 召喚された理由については、以前から知っているつもりだった。戦争が続いており、過去に召喚された異世界人が活躍したから、王国はもう一度異世界人を召喚した。それ自体は間違っていない。ただ、その間にはずいぶん多くのものが挟まっていた。


 古い記録を研究したフーダニットがいる。その研究を知り、戦争に利用できるのではないかと考えた者がいた。賛成する者が増えれば、危険だと反対する者もいた。対立が大きくなれば、それをまとめる者が必要になった。ミスリードがその役割を引き受け、最後にはフラグオールが国王として決断した。誰か一人の考えだけで自分がこの世界へ呼ばれたわけではなく、それぞれが、それぞれの立場で判断し、行動した。


 その結果、自分はここにいる。


「……なんというか」


 かか志は、しばらく考えてから口を開いた。


「事情は分かりましたけど……どう受け止めればいいのか、ちょっと分からないですね」


 その言葉に、誰もすぐには答えなかった。

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