# 第31話 研究と歴史
短い沈黙のあと、フラグオールが口を開いた。
「まず、山田野殿を召喚するに至った経緯から話そう」
やはり、自分の召喚に関係する話らしい。
かか志は少しだけ身構えたものの、同時に疑問も浮かんだ。召喚された理由についてなら、すでに聞いている。
「魔族との戦争のため……ですよね?」
「うむ。それは間違っておらぬ。我が国が長く戦争を続けていること、その状況を少しでも有利にするために異世界から人を召喚しようとしたこと。それ自体は、これまで山田野殿へ説明した通りだ」
「じゃあ、他にも何か?」
「ある。正確には、その説明だけでは足りぬのだ」
フラグオールはそこで一度言葉を切った。
「山田野殿は以前、この国では過去にも異世界召喚が行われたことがあると聞いているな?」
「はい。何度かあって、その中でも百年くらい前に召喚された人が、戦争で活躍したって」
「そうだ。正確な時期には多少の曖昧さがあるが、およそ百年前のこととされている。その者が魔王軍との戦いで大きな功績を挙げたことも、記録には残されておる」
そこまでなら、かか志も以前聞いた話と変わらない。
だがフラグオールは、そのまま続けた。
「しかし、その召喚が行われたのは、それほど昔のことだ。当時を直接知る者も、今ではおそらく残っておらぬ」
「あ……」
言われてみれば当たり前だった。
かか志は「過去にも召喚された人がいた」と聞いて、なんとなくそれをそのまま事実として受け取っていた。だが、自分が知っているのは、この世界へ来てから聞かされた話だけだ。
「過去に召喚が行われたことそのものを疑っておるわけではない。ほかにも召喚者についての記録は残っておるからな。だが、その百年前の召喚者が実際にどのような人物で、戦争でどのような働きをしたのか。我々が知ることができるのは、残された記録からだけだ」
そこでギルが腕を組んだ。
「まして戦争の話だ。勝った側が自分たちに都合よく話を盛るなんざ、別に珍しくもねえ」
「ギル」
ヨルが横から低い声を出す。
「なんだよ。間違ったこと言ったか?」
「言い方の問題だ」
「分かりやすく言っただけだろ」
「まあ、ギルドマスター殿の言葉も、意味としては間違っておりませんな」
フーダニットが苦笑しながら助け舟を出した。
「記録を書いた者に嘘を残す意図がなくとも、長い年月の間に解釈が変わることはあります。複数の出来事が一つの話としてまとめられることもある。まして、召喚された異世界人が戦争で大きな功績を上げたとなれば、後世へ伝わる過程で何らかの脚色が加わっていたとしても不思議ではありません」
「じゃあ、その人が戦争で活躍したって話も、本当かどうかは分からない?」
「記録が誤っていると申し上げているわけではありませんぞ」
フーダニットはすぐに否定した。
「実際に大きな功績を残したのかもしれません。しかし、記録された出来事がどこまで正確なのかを、今の我々が直接確かめることはできない。それだけのことですな」
「なるほど……」
元いた世界でも、古い歴史について新しい資料が見つかれば、それまでの定説が変わることはあった。百年も前の出来事なら、残された記録を読むことはできても、当時の出来事を自分の目で確かめることはできない。
「でも、それなら召喚魔法はどうなんです?」
かか志はフーダニットを見る。
「過去に召喚された人がいたとしても、同じことが今でもできるとは限らないですよね?」
「そこが、わしの話になりますな」
フーダニットが髭を撫でた。
「わしが研究していたのは、まさにそれです」
「召喚魔法を?」
「正確には、過去の魔法に関する資料を調べていた中で、召喚魔法とされる術式に行き当たった、という方が近いですな。最初から異世界人を呼び出そうとして研究を始めたわけではありません」
「そうだったんですか?」
「ええ。研究者というものは、役に立つかどうかも分からん古い資料を調べることがありますからの。むしろ、すぐに役立つものばかり見つかるなら苦労はしません」
そう言われると、以前フーダニットの研究室で見た大量の資料を思い出す。レベルキャップの元になった試作品も、長い間保管されていた過去の研究成果の一つだった。
「古い記録を照らし合わせ、欠けた部分を別の資料から補い、記述された魔法陣や術式を一つずつ確認する。そうして調べていった結果、過去に召喚魔法と呼ばれていたものが、単なる伝承ではなく、実際の魔法術式として存在していた可能性が高いことまでは分かりました」
「じゃあ、召喚魔法自体は本物だった?」
「そこが少々難しいところですな」
フーダニットは困ったように笑った。
「召喚魔法と呼ばれる術式が存在したことと、その術式を使えば本当に異世界から人間を召喚できることは、同じではありません」
「ああ……設計図が残っていても、実際にその通り動くかまでは分からない、みたいなものですか?」
「ええ。おおむね、その理解でよろしいでしょうな」
フーダニットは頷いた。
「術式そのものは解析できます。必要となる魔法陣も分かる。使用する魔石の量も、おおよその見当はつけられる。しかし、実際に発動させた時、本当に記録にあるような現象が起きるか。そればかりは、術式を眺めているだけでは証明できません」
そこで、それまで黙って聞いていたセバスが口を開いた。
「加えて、召喚魔法について考えるうえでは、我々がすでに使用していた魔法も無視できませんでした。山田野殿も、転移魔法についてはご存じでしたな」
「はい。金庫屋で使ってるやつですよね」
以前、ヨルから説明を受けたことがある。王宮との間で金を送るためにも使われている、大掛かりな魔道具を必要とする魔法だった。
「その転移魔法ですな」
フーダニットが話を引き取った。
「転移魔法は、現在の我々が実際に使用し、その性質についてもある程度把握している魔法です。それに対して召喚魔法は、古い資料から術式を再現したにすぎません。しかも記録によれば、この世界のどこかではなく、異なる世界から人間を呼び寄せるものとされていた」
「転移魔法と召喚魔法って、同じものなんですか?」
「術式は異なります。ゆえに、同じ魔法であるとは申せません」
「じゃあ、どう違うんです?」
「分かりませんでした」
フーダニットはあっさりと答えた。
「術式が異なることは分かる。しかし、それが何を意味するのか。召喚魔法がどのような原理で異世界から対象を呼び寄せるのか。そこまでは解明できておりませんでした」
「……それで、よく俺を呼ぼうと思いましたね」
半分は冗談のつもりだった。
しかし、フーダニットは答えず、フラグオールも黙ったままだった。
少し妙な間が空く。
「では、なぜ召喚を?」
かか志が改めて尋ねると、フラグオールはすぐには答えなかった。代わりにフーダニットへ視線を向ける。
フーダニットは、その視線の意味を理解したらしい。小さく息を吐くと、髭から手を離した。
「その話をするには、もう少し順を追った方がよいでしょうな」
フーダニットはそう言って、話を続けた。
「わしの研究は、本来ならそこで終わっていたかもしれません」
「そこで?」
「召喚魔法とされる術式を見つけた。再現できる可能性も確認した。しかし、本当に記録どおりの効果があるのかは分からない。研究者としてなら、さらに資料を探し、術式を調べ、分からぬものは分からぬまま研究を続ければよい。それだけの話でした」
そこでフーダニットは、少しだけ視線を落とした。
「ですが、研究というものは、研究者だけが見るとは限りません」
かか志は黙って続きを待った。
「当時、わしと親しくしていた一人の貴族がおりましてな。研究そのものに関わっていた者ではありません。ただ、わしのところへ顔を出すことがあり、その折に召喚魔法について知ることになりました」
「その人が……?」
「ええ」
フーダニットは頷いた。
「過去に異世界から召喚された者が、戦争で大きな功績を残したという記録。そして、その召喚に使われたとされる魔法が、再現できるかもしれない」
そこで言葉を切る。
「国が戦争を続けている最中に、その二つを知った者が何を考えるか。今になって思えば、想像するのは難しくありません」
かか志にも、その先は分かった。
過去に戦争で活躍したとされる異世界人。
その異世界人を呼び出したとされる魔法。
そして現在も続いている戦争。
三つが揃えば、考えることは一つしかない。
「……戦争に使えるんじゃないか」
「そういうことですな」
フーダニットは否定しなかった。
「その者は、何か悪意を持って研究を広めたわけではありません。わしの知る限りでは、ただ国のためになるのではないかと考えた。それだけです」
「それが……広がった?」
「ええ。一人が知り、別の者へ話し、その者がまた別の者へ話す。もちろん、ただの噂として広がったわけではありません。国の行く末に関わる可能性がある以上、しかるべき場所で検討すべきだという話になっていったのです」
フラグオールが、その続きを引き取った。
「そして、召喚魔法を戦争に利用すべきではないかという意見は、やがて無視できぬほど大きなものとなった」
かか志はフラグオールを見る。
その横でセバスは静かに座り、ミスリードも口を挟まず話を聞いている。
召喚された日に見た顔。
国王。宰相。王太子。研究者。
あの日、あの場所に彼らがいた。
そのこと自体は覚えている。だが、なぜあれだけの人間が召喚の場に集まっていたのかなど、これまで考えたこともなかった。
「ここから先は、魔法の話ではない」
フラグオールが言った。
「この国が、その召喚魔法をどう扱うことにしたのか。その話になる」
かか志は何も言わず、続きを待った。




