# 閑話9 ホワイダニット
……今回は少し時を戻して、王宮でのお話です。
本編ではまだ登場していなかった、王太子ミスリード。
まあ、LV:1000なんてものを目の前で見てしまえば、その後が気になるのも当然なわけです。
そんな感じのお話です。
少し、時は戻る。
ヨルが国王への報告を終え、執務室を後にしてから、少し経った頃。フラグオールは一人、机に積まれた書類へ目を通していた。
先ほど聞いた話は、まだ頭の片隅に残っている。LV:1000という数字と、山田野かか志という一人の人間。その二つが、自分たちが考えていたような形では結びついていない可能性。そして、こちらの都合でこの世界へ召喚した者として、自分たちに何ができるのか。
考えたところですぐに答えが出る話でもない。フラグオールは一度思考を切り替え、目の前の書類へ視線を戻した。一枚を読み終え、次の書類へ手を伸ばしたところで、扉が静かに叩かれる。
「父上、今よろしいでしょうか」
聞き慣れた声に、フラグオールは手を止めた。
「ミスリードか。入れ」
「失礼いたします」
扉が開き、一人の若い男が入ってくる。
王太子、ミスリード。いずれこの国を継ぐ立場にある男は、父である国王を前にしても普段と変わらない落ち着いた様子で一礼すると、机の前まで進んだ。
「この時間にどうした?」
「確認していただきたいものがありまして」
ミスリードは手にしていた書類を差し出した。フラグオールはそれを受け取り、ざっと目を通す。内容について二、三の確認を交わしたあと、書類を机の端へ置いた。
「分かった。これは明日、セバスにも見せておこう」
「お願いいたします」
それで用件は終わったはずだった。だが、ミスリードはその場を離れない。不思議に思ったフラグオールが顔を上げる。
「まだ何かあるのか?」
「……山田野殿のことです」
その名前に、フラグオールの手がわずかに止まった。
「山田野殿がどうかしたか?」
「いえ。何かあったという話を聞いたわけではありません。ただ、召喚からしばらく経ちました。その後、どのように過ごされているのかと思いまして」
「……なぜ今になって気にする?」
「今になって、というわけではありません」
ほんの少し間を置いて、ミスリードは続けた。
「あの日、私もあの場におりましたので」
フラグオールは何も言わなかった。
あの日、召喚陣を囲んでいた大勢の人間の中に、ミスリードもいた。眩い光が収まり、一人の男が姿を現した瞬間も、その男が状況を理解できず周囲を見回していた姿も、そして鑑定紙に示されたLV:1000という数字も、すべてその場で見ている。
「冒険者になったとは聞いております」
「耳が早いな」
「王宮内でまったく話題にならない方が不自然でしょう。それに――」
そこでミスリードは、わずかに間を置いた。
「LV:1000です。あの日、あの数字を目にした者で、その後を気にしていない者の方が少ないのではありませんか」
「……それもそうか」
フラグオールは小さく息を吐いた。確かに、それだけなら何も不自然なことはない。
だが、今のフラグオールは知っている。ミスリードが口にしたLV:1000という数字と、実際の山田野かか志との間に、自分たちが考えていたものとは大きく異なる事情があることを。
もっとも、それをここで話すつもりはなかった。山田野自身が内密にしてほしいと望んだ話だ。たとえ相手が自分の息子であり、次代の国王となる者であっても、本人の了承なく伝えてよいことではない。
「少なくとも、今すぐ生活に困っているということはない」
結局、フラグオールが答えたのはそれだけだった。
ミスリードは一瞬だけ父の顔を見たが、それ以上の説明を求めることはなかった。
「そうですか。それならば何よりです」
「気になるか?」
「我々がこちらの都合で召喚した方です。気に掛けるのは当然でしょう」
返ってきた言葉に、フラグオールはわずかに目を細めた。
「……そうか」
「はい」
それ以上、二人の間に言葉は続かなかった。やがてミスリードが一礼し、扉へ向かう。
「では、失礼いたします」
「ああ」
扉に手を掛けたところで、ミスリードの動きが止まった。
「……父上」
「なんだ?」
呼び止めておきながら、ミスリードはすぐには続きを口にしなかった。何かを言おうとするようにわずかに口を開き、しかし、そのまま静かに首を振る。
「いえ。何でもありません」
「そうか」
「お休みなさいませ」
「ああ。お前もな」
扉が静かに閉じた。
廊下へ出たミスリードは、そのまま自室へ向かって歩き始めた。夜の王宮に人の姿は少なく、一定の間隔で灯された魔道具の明かりだけが、静かな廊下を照らしている。
その途中で、ミスリードは一度だけ足を止めた。誰もいない廊下で小さく息を吐き、しばらくその場に立っている。
やがて顔を上げると、何事もなかったかのように再び歩き出した。




