# 第24話 心変わり
王都民政課で確認した住所は、もうすぐそこだった。
ヨルにそう言われてから、かか志たちはそれほど歩くことなく目的の場所へ辿り着いた。
「ここですか?」
「はい。記録にあった住所と一致しています」
目の前にあるのは、ごく普通の家だった。かか志は建物を見上げる。王宮の資料室で名前を見つけ、民政課で住所を調べ、ようやく辿り着いた研究責任者の家である。
もう少し何か、研究者らしい雰囲気のようなものを想像していたのだが、外から見た限りでは特に変わったところはない。
「普通の家ですね」
「研究者だからといって、変わった家に住む必要はないと思いますが」
「……そうですよね」
言われてみればその通りだった。研究者という言葉から勝手に妙なものを想像していただけである。
ヨルが扉を叩くと、少し待って中から一人の女性が姿を見せた。
「はい。どちら様でしょうか」
「突然申し訳ありません。王宮騎士のヨル・フケールと申します」
ヨルが名乗ると、女性の表情がわずかに変わった。
「王宮の……?」
「こちらにお住まいの方について、お伺いしたいことがありまして」
ヨルが王宮の資料室で確認した研究責任者の名前を告げる。
「ああ……主人です」
どうやら住所は間違っていなかったらしい。
「ご主人はいらっしゃいますか?」
「おりますが……申し訳ありません。今は少し体調を崩しておりまして」
「そうでしたか」
「お話でしたら、私がお伺いしますが」
ヨルは一度かか志を見る。かか志も頷いた。本人に直接聞けないのは残念だが、目的は研究者そのものではない。
「以前、ご主人がデビルツリーについて研究されていたと記録に残っていました。その際に製作された魔道具について確認したいのです」
「魔道具……」
女性は少し考えるような顔をした。
「かなり昔のものだと思うのですが」
「はい。研究終了後、試作品をご主人が保管されたという記録が残っています」
「ああ、それでしたら……」
何か心当たりがあるらしい。
「少々お待ちいただけますか。主人に聞いてまいります」
「お願いします」
女性が家の中へ戻ると、残されたかか志は小さく息を吐いた。
「いたようですね」
「そのようです。とりあえず一安心ですね」
「試作品、ありますかね」
「記録が正しければ、少なくとも研究終了時にはこちらで保管されていたはずです」
「そのあと捨ててなければ、ですけどね」
「国の研究として作られたものですから、勝手に処分することはないはずです。使い道が見いだせなかったとはいえ、研究成果であることに変わりはありませんから」
「ああ、そっか。個人で作ったものじゃないですもんね」
言われてみれば当然だった。研究責任者が保管しているとはいえ、個人の趣味で作ったものではない。壊れたからといって、好きに捨てていいものでもないのだろう。
しばらくして、先ほどの女性が戻ってきた。
「お待たせしました。主人に確認しました」
「どうでした?」
思わずかか志が聞く。
「まだ残っているそうです」
「おお」
ようやく目的のものに辿り着いた。そう思ったのだが、女性は少し困ったような顔をした。
「ただ、壊れているそうです」
「……壊れてる?」
「はい。主人が言うには、随分前に壊れてしまって、今はもう使えないそうです」
せっかく見つけたと思ったら、今度は壊れているらしい。
「修理はできないんですかね?」
「私には何とも……」
女性はそう答えてから、思い出したように続けた。
「ただ、主人が、作ったときの設計図も一緒に残してあると言っていました」
「設計図?」
「はい。使った材料なども書いてあるそうです」
「それも、まだ残っているのですか?」
「ええ。試作品と一緒に保管していたそうです」
壊れた試作品だけなら、どうしようもなかったかもしれない。だが、何を使い、どう作ったのかが分かる設計図まで残っているのであれば話は違う。
「それがあれば、同じものを作れるんですかね?」
「少なくとも、王宮へ持ち帰って確認してもらう価値はあるでしょう」
「ですよね」
かか志には魔道具の知識などない。設計図を見たところで、おそらく何が書いてあるのかすら分からないだろう。だが、分かる人間に渡せばいい。
「主人から、試作品と設計図はどちらもこちらで保管していると聞いています」
女性の言葉を聞き、ヨルが頷いた。
「でしたら、王宮で引き取らせていただいてもよろしいでしょうか」
「はい。主人も、それで構わないと言っています」
「ありがとうございます。では、こちらで預からせていただきます」
研究責任者が保管していたとはいえ、元は国の研究で作られたものだ。王宮へ戻すのであれば、話は単純だった。
女性は再び家の中へ入り、しばらくして一つの箱と設計図を持って戻ってきた。箱の中には、小さな魔道具が収められている。
これが、デビルツリーの性質を人工的に再現しようとして作られた試作品。研究記録によれば、魔物の警戒を弱め、使用者へ近づきやすくする傾向が確認されたものだ。もっとも、今は壊れている。
「……これかぁ」
ここ数日探していたものをようやく目の前にして、かか志は何とも言えない気分になった。見つかったものは使えない。だが、作るための設計図は残っている。
「とりあえず、王宮に持って帰ってみます?」
「そうですね。これなら同じものを製作できるか、確認してもらいましょう」
少なくとも、ここまで来たことが無駄になったわけではなさそうだった。
◇ ◇ ◇
研究責任者の家を出て王宮へ戻る途中、ヨルから昨夜の報告について話があった。
かか志の状況は、国王と宰相へ報告したという。そのうえで今後についても話し合われたらしく、王国として必要な協力をしていく方針になったそうだ。
「ですので、今後も何かお困りのことがあれば、王宮へ相談してください」
「いや、でも、そこまでしてもらうのも……」
「何も、すべて王宮に任せてくださいと言っているわけではありません」
言いかけたかか志を、ヨルが穏やかに遮った。
「山田野殿がこちらで生活していくうえで、ご自身ではどうにもできないこともあるでしょう。そういうときに頼っていただければ、それで十分です」
「……それなら、まあ」
かか志がそう答えると、ヨルは小さく頷いた。
実際には、昨夜の話し合いでもう少し踏み込んだ話も出ていた。ただ、それをそのまま伝えれば、かか志が必要以上に恩を感じるだろうとヨルは考えていた。
召喚したのは王国側なのだ。少なくとも、かか志がこの世界で生活していけるようになるまで支えることを、ヨルは特別な恩恵だとは思っていない。
一方のかか志は、そこまでの事情を知らない。
召喚されてから、周囲の人たちには随分助けてもらっている。それでも、これからこの世界で暮らしていく以上は、自分で何とかしなければならないと思っていた。冒険者になったのも、そのためだった。
その考えが変わったわけではない。これからも仕事をして、自分で生活していくつもりだ。ただ、自分ではどうにもならないことまで、一人で何とかしなくてもいい。
そう考えると、少しだけ肩の力が抜けたような気がした。
「じゃあ……今回の魔道具も、頼っていいってことですかね」
「もちろんです。そのために王宮へ戻るのでしょう?」
「ああ、そうでした」
考えてみれば、すでに頼っていた。かか志は少しだけ笑った。
やがて王宮へ戻ると、ヨルはそのまま魔道具の製作を行っている場所へ向かった。昨夜の報告を受け、かか志への協力についてはすでに王宮内でも話が通っている。
ヨルは持ち帰った箱と設計図を担当者へ差し出した。
「この設計図をもとに、同じ魔道具を製作していただきたいのです」
担当者は設計図を広げ、記された内容へ目を通す。それから箱の中にある壊れた試作品も確認した。
「分かりました。まず設計図と現物を確認します」
「お願いします」
話はあっさりと終わった。かか志としては、ここ数日かけてようやく辿り着いたものだったのだが、作る側からすれば、設計図と見本を渡されて製作を頼まれただけである。あとは任せるしかない。
「これで……作ってもらえるんですね」
「製作できるかどうかの確認は必要でしょうが、設計図も現物もありますから」
「そっか……」
資料室で過去の研究を調べ、研究責任者を探し、その家まで足を運んだ。見つかった試作品は壊れていたが、設計図は残っていた。
まだ同じものを作れると決まったわけではない。そして、作れたとしても、それが本当に自分に効果を発揮するのかは分からない。それを確かめるのは、完成してからだ。
「じゃあ、今日はここまでですかね」
「そうですね。あとは製作を待ちましょう」
ひとまず、今できることは終わった。
かか志がヨルとともにその場を離れようとしたところで、背後から声がかかった。
「すみません、少々お待ちいただけますか」
二人は足を止め、振り返る。先ほど設計図と試作品を受け取った担当者だった。
「なんでしょうか?」
「開発室の主任がお二人に話があるそうです。こちらに来ていただいてよろしいでしょうか」
「主任が?」
かか志はヨルを見るが、ヨルも聞いていなかったらしく、わずかに首を傾げた。
魔道具の製作を頼みに来ただけのはずだった。
その開発室の主任が、自分たちに何の話があるのだろう。
疑問を抱えたまま、かか志たちは担当者のあとをついていくことになった。




