↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レベルが支配する異世界夢想  作者: 土瓶蒸しの謎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
24/48

# 閑話7 フェンリル


 フラッグ森林。


 王都からほど近い場所にありながら、その奥深くへ足を踏み入れた者は少ない。


 鬱蒼と生い茂る木々。陽の光さえ届きにくい深い森。そのさらに奥、人の気配が完全に途絶えた場所に、長い年月を生きる一体の魔獣が存在する。


 巨大な身体。


 鋭い牙と爪。


 そして、森そのものを支配するかのような圧倒的な力。


 その名は、フェンリル。


 魔物たちを従え、森の均衡を保つ伝説の魔獣。


 人間たちは、いつしかその存在を「森の賢者」と呼ぶようになった。


 実在することすら知らない者も多い。ましてや、その姿を実際に目にした者となれば、王国でも数えるほどしかいない。


 冒険者が森の奥でフェンリルと遭遇した場合、生還できる保証はない。


 その存在を知る者たちは、そう語り継いでいた。


 ―――魔浪伝『森の賢者』より一部抜粋―――


 人間たちの間では、そんな伝説が語り継がれている。


 そして、その伝説の主であるフェンリルはというと、今日も特に変わったことをするでもなく、森の中をゆっくりと歩いていた。


 森の様子を見て回ることは、フェンリルにとって大切な仕事だ。魔物たちの縄張りに変化がないか、普段と違う動きをしている者はいないか。長く生きてきた彼には、森の小さな変化を見つけるだけの経験があった。


 もっとも、それ以外に急いでやることはない。


 長命なフェンリルにとって、一日や二日の遅れなど大した問題ではなかった。森に異常がなければ昼寝をし、起きれば少し歩く。眷属から報告があれば聞き、問題がなければ、また寝る。


 人間から見れば随分とのんびりした生活だが、フェンリル自身は森の管理を真面目に行っているつもりだった。


 その日も森を歩いていると、一匹のウルフが駆け寄ってきた。


「フェンリル様」


「うむ」


「西側の縄張りを確認してまいりました。特に問題はありません」


「そうか。魔物たちの様子は?」


「いつもと変わりません。争いもありませんでした」


「ならばよい」


 報告を聞き終えると、フェンリルは再び歩き始めた。


 人間社会へ出向くことは、もうほとんどない。


 昔は人間の暮らしに興味を持ったこともあったが、長く生きるフェンリルにとって、人間との交流には少しばかり難しいところがあった。


 人間は、あまりにも早く歳を取り、そして死んでいく。


 嫌いなわけではない。ただ、付き合いが長く続かないのだ。


 それならば、森にいるほうが気楽だった。


 いつしか人間たちは、そんなフェンリルを「森の賢者」と呼ぶようになった。


 森を知り、魔物を従え、長い年月を生きる存在。


 確かに間違ってはいない。


 ただ本人としては、少々大袈裟な呼び名だと思っていた。


 森を管理して、寝ているだけなのだから。


 そんなフェンリルの日常に、最近になって変化が起きていた。


「フェンリル様」


 別のウルフが駆け寄ってくる。


「どうした?」


「ここ最近、森の外へ逃げる者が増えております」


「逃げる?」


「はい。森の中で何かに怯えたように、外へ出ていく者が増えているのです」


 複数の眷属が普段とは違う行動を取り、縄張りを離れたり、理由もなく走り回ったりしているという。


「森のどこかで、何か異変が起きているのだな」


「はい。ですが、今のところ原因は分かっておりません」


「そうか」


 フェンリルは森の奥へ視線を向けた。


 異変が起きている。


 それは確かなようだった。


 だが、今すぐ慌てる必要もない。森は広く、フェンリルには時間もある。必要になれば、自分が調べればいい。


 そんなことを考えていると、別のウルフが慌てた様子で駆け込んできた。


「フェンリル様!」


「今度は何だ?」


「森を出た者たちが戻ってまいりました!」


「そうか」


「それが……」


 ウルフは少し言葉を濁した。


「何かあったのか?」


「森の外で、人間と遭遇したそうです」


 話を聞けば、森を出た眷属たちは二日前、草原で二人の人間と遭遇していた。


 一人は騎士。


 もう一人は、特に変わったところのない男だったという。


 ところが、その二人を前にした途端、眷属たちは身体が動かなくなった。


 それでも何とか森へ戻り、今になってようやく落ち着きを取り戻したらしい。


 妙な話だった。


「その者たちが遭遇した場所は分かるか?」


「はい。テンパール草原とのことです」


「そうか」


 フェンリルは少し考えた。


 森の異変とは別に、その人間たちについても気になる。


「ならば、われが見に行こう」


 フェンリルは森の外へ向かった。


 眷属から聞いた場所へ近づくと、やがて二人の人間が見えてきた。


 一人は剣を身につけている。騎士だろう。


 もう一人は、特に変わったところのない男だった。


 少なくとも、見た目だけなら普通の人間にしか見えない。


 騎士は明らかに警戒しているが、男のほうは巨大な身体を見上げながら、妙に落ち着いている。


 フェンリルは二人の前まで歩いていった。


「先日、われの眷属の相手をしたのは、そなたたちだな?」


 騎士は固まり、男は少し驚いたようだった。


「……しゃべった」


 妙な反応だと思ったが、フェンリルは気にせず問いかけた。


 眷属の話によれば、二人は先日のウルフたちと遭遇している。


 男は少し考えたあと、自分たちだと認めた。


「あれなら、たぶん俺たちです」


 その言葉を聞いた瞬間だった。


 フェンリルの中で、本能が警告を発した。


 この人間と敵対してはいけない。


 もし戦えば、自分が死ぬ。


 フェンリルは、静かに男を見つめた。


 しかし、それは殺気ではなかった。


 むしろ逆だった。


 先ほどまで周囲に漂っていた圧倒的な存在感が、急速に薄れていく。


 そして――。


「あっ……いや」


 フェンリルが、少し困ったような声を出した。


「先日はどうも。われの眷属が迷惑をかけたようで……」


 騎士は言葉を失い、男は目を瞬かせた。


「……え?」


「先日の件について、まずは詫びを伝えたくてな」


「別に大丈夫ですよ」


「そう言ってもらえると助かる」


 フェンリルは、ようやく肩の力を抜いた。


 こうして話してみれば、やはりこの男に敵意はない。


 フェンリルは先日のウルフたちについて話した。


 最近、森の中では妙な異変が起きている。魔物たちが落ち着かず、縄張りを離れる者まで出ている。先日のウルフたちも、その影響で森を飛び出したらしい。


 草原で二人と遭遇し、身体が動かなくなった。


 そして、森へ戻った頃には落ち着きを取り戻していた。


「それで俺たちだと分かったんですね」


「そういうことだ」


 フェンリルは二人を見る。


 一匹は命を奪われたが、それ以上の被害はなく、眷属たちは無事に戻ってきた。


 それならば、礼をする理由としては十分だった。


「われも『森の賢者』と呼ばれる立場だ。何の礼もしないというのも名が廃る」


「いや、そんな大したことはしてないですよ」


「そう言うと思った」


 フェンリルは小さく息を吐いた。


 だが、こちらにはこちらの礼というものがある。


 一族に古くから伝わる、名付けの儀式。


 大きな恩を受けた者から名を授かり、その名を一族の一員として受け入れる。受けた恩を忘れないという証でもある。


 こういうときのために、今も残っている習わしだった。


「……そこでだ」


 フェンリルは二人を見た。


「礼として、わが一族に伝わる名付けの儀式で恩に応えようと思う」


「名付けの……儀式?」


「そうだ」


 男は少し考えるような様子を見せた。


「じゃあ、ポチで」


「…………」


 騎士の顔が固まった。


 フェンリルもしばらく何も言わなかった。


「……ポチ」


「はい」


「今日から、われの名はポチか」


「そうですね。呼びやすいですし」


 フェンリルは、しばらく男を見つめた。


 そして、ゆっくりと目を細める。


「……おお」


 なぜだろう。


 胸の奥が、少しだけ温かくなるような気がした。


「よい名を頂いた」


「そうですか?」


「うむ」


 フェンリル――いや、ポチは満足そうに頷いた。


「では、これで礼は果たした」


 そう言うと、ポチは踵を返した。


「では、これで失礼いたす」


「はい」


「じゃあ、また」


「うむ」


 ポチは眷属たちを連れて森へ戻っていった。


 森の中へ戻ると、さっそく一匹のウルフが声をかけてきた。


「ポチ様」


「うむ」


「先ほどの人間についてですが……」


「その話は明日聞く」


「……はい」


 それ以上、ウルフは何も言わなかった。


 ポチは森の最奥へ戻ると、いつもの場所に身体を横たえた。


 今日は妙なことが続いた。


 森の異変についても、まだ原因は分かっていない。


 だが、それも今すぐ答えを出す必要はない。


 明日考えればいい。


 ポチは目を閉じた。


 そして、そのまま昼寝を始めた。


面白い、続きが読みたいと思っていただけたら、評価や感想をいただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。