# 閑話6 ヨル・フケール
……今回は視点を変えて、ヨルのお話です。
レベル1000の異世界人を護衛することになった騎士は、何を思うのか。
まあ、色々と思うところはあったようです。
そんな感じのお話です。
ヨル・フケールは、王宮との縁が深い貴族の家に生まれた。
幼い頃から礼儀作法や教養を学び、剣も習った。特別、騎士というものに憧れていたわけではない。家では王宮に仕えることがごく自然なこととして語られていたし、ヨル自身もそれを疑問に思うことなく成長した。
騎士になってからも、それは変わらない。護衛や警備といった任務を与えられれば、必要なことを必要なだけこなす。守るべき相手を守り、何事もなく任務を終える。騎士の仕事は華々しい武勲を立てることばかりではないし、むしろ何も起こらず終わるなら、その方がいい。
だから今回の任務も、最初はそれほど特別なものだとは考えていなかった。
召喚された異世界人の護衛。
少々珍しくはあるが、護衛は護衛だ。相手が誰であろうと、騎士としてやるべきことまで変わるわけではない。
――その異世界人が、LV:1000でなければ。
さすがに、その数字だけは無視できなかった。
聞き間違いかとも思ったが、何度確認してもLV:1000。それが具体的にどれほどのものなのか、ヨルにも分からない。分からないからこそ、気になった。
最初に違和感を覚えたのは、テンパール草原へ向かっていたときだった。
護衛対象であるかか志は、時折物珍しそうに周囲へ目を向けながら歩いている。危険な場所へ向かっているという緊張感はあまり感じられなかったが、異世界から来たばかりなのだから無理もない。
ただ、ヨルにはどうしても気になることがあった。
LV:1000という、あまりにも現実味のない数字。
騎士として護衛する以上、相手が危険に対してどの程度の反応をするのかくらいは知っておきたい。もちろん本気で何かをするつもりはなく、ほんの少し反応を見るだけでいい。
歩きながら道端に転がっていた小さな石を拾うと、その動きに気づいたのか、かか志が振り返った。
「……?」
「いえ、何でもありません」
何でもない顔で答え、手の中の石へ視線を落とす。
当てるつもりはない。軽く放って反応を見るだけだ。
そう決めて、前を歩くかか志へ向けて腕を動かそうとしたところで、その動きが止まった。
「……え?」
思わず声が漏れた。
石を握った手を横へ動かしてみる。動く。腕にも指にも異常はない。剣に手をかけることだってできる。それなのに、かか志へ石を投げようとすると、その瞬間だけ腕が止まる。
試しにもう一度やってみたが、結果は同じだった。
「どうかしました?」
再び振り返ったかか志に、ヨルは石を握ったまま視線を向ける。
「……いえ。本当に何でもありません」
「そうですか?」
「はい」
これをどう説明しろというのか。
自分でも何が起きたのか分からない以上、かか志に説明できるはずもない。ヨルは何事もなかったように石を道端へ戻した。
だが、その疑問について考える暇はなかった。
森の方から現れた魔物の群れに気づき、反射的に剣へ手を伸ばす。今度は何の問題もなく動いた。そのままかか志を守れる位置へ出ようとしたところで、魔物たちが一斉に足を止める。
その視線の先にいるのは、かか志だった。
次の瞬間、魔物たちは次々とその場へ倒れていった。
「…………」
剣にかけた手をゆっくりと下ろしながら、ヨルは先ほど拾った石を思い出していた。
何が起きたのかは分からない。だが、自分が石を投げようとしたときに感じたあの奇妙な感覚と、目の前で起きたことが、まったく無関係だとは思えなかった。
◇ ◇ ◇
「龍燐草、ですか?」
依頼内容を聞いたヨルは、思わず聞き返していた。
龍燐草。
それがどこに生えているのか、ヨルは知っている。そして、そこへ行くということが何を意味するのかも。
――あそこへ行くのか。
自分も一緒に?
冗談ではない。
胸の奥から、一瞬だけ強い感情が湧き上がった。
こんな場所へ行くのか。
しかも、自分の護衛対象が。
その感情が、ほんのわずかにかか志へ向きかけた。
その瞬間、先ほどと同じ感覚があった。
「…………」
不満に思うことはできる。行きたくないと思うこともできる。だが、その感情をかか志へ向けようとすると、そこから先へ進めない。
石を投げようとしたときと同じだった。
ヨルは黙って息を吐いた。
結局、かか志自身が依頼を受けたのだと聞かされれば、それ以上どうすることもできない。
どうにも調子が狂う。
とはいえ、不安がないわけではないものの、チェッペリンについて聞いている話が確かなら、命の危険性まではないだろう。
それに、ヨルにはもう一つ気になることがあった。
LV:1000という数字が何を意味するのか、未だに分からない。石を投げることはできず、魔物の群れはかか志を前にして倒れた。
ならば、チェッペリンがこの男と対面したとき、どうなるのか。
護衛として危険がないとは言い切れない。それでも、今後もかか志の護衛を続けるのであれば、確かめておきたいことでもあった。
そして龍燐草を求めて向かった先で、二人はエンシェント・ブラックドラゴン――チェッペリンと遭遇した。
ヨルは警戒しながら、その様子を見守った。
戦闘にはならなかった。
かか志が普通に話しかけ、そのまま普通に会話をしてしまったからだ。
「…………」
予想していたどの反応とも違う。
目の前にいるのはエンシェント・ブラックドラゴンのはずなのに、かか志の様子はそれまでと大して変わらない。そしてチェッペリンも、かか志と争おうとはしなかった。
石を投げることすらできなかった相手。
姿を見ただけで魔物の群れが倒れた相手。
そして今度は、エンシェント・ブラックドラゴンと普通に話をしている。
何が普通なのか、ヨルにもだんだん分からなくなってきた。
それでも依頼そのものは無事に終わり、目的だった龍燐草も手に入った。王都へ戻った二人はギルドで報告を済ませた。
◇ ◇ ◇
「……以上の通りです」
王宮へ戻ったヨルが一連の出来事を報告すると、国王はしばらく何も言わなかった。
ヨルも黙って待つ。
自分で報告しておいて何だが、何をどう判断すればいいのか分からない内容だった。魔物の群れが現れたと思えば勝手に倒れ、エンシェント・ブラックドラゴンと遭遇したと思えば会話を始める。報告する側ですら理解できていないのだから、聞かされた側が黙り込むのも無理はない。
やがて国王が腕を組んだまま、ヨルへ視線を向けた。
「それで、ヨル。お前は山田野殿をどう見る?」
「正直に申し上げますと、分かりません」
答えは考えるまでもなかった。
「分からない?」
「はい。……むしろ、私が教えていただきたいくらいです」
ヨルの返答に、国王がわずかに眉を動かす。
「お前は実際に山田野殿と行動していたのだろう?」
「しておりました。ですが、陛下。私は山田野様が戦っているところを一度も見ておりません」
「一度も?」
「はい。最初の依頼では、遭遇した魔物の群れが山田野様を見た途端に倒れました。龍燐草の採取ではエンシェント・ブラックドラゴンと遭遇しましたが、戦うどころか会話をされていました。これで強いか弱いかと問われましても……私には判断できません」
「……なるほどな」
「もちろん、LV:1000の方を弱いと申し上げるつもりはございません。ただ、実際に何ができる方なのかと問われますと、何も見ていないのです」
口にしてみれば、ますます妙な話だった。
魔物の群れに遭遇した。倒れた。
ドラゴンに遭遇した。話をした。
そして、何事もなく帰ってきた。
護衛任務として考えれば理想的な結果である。守るべき相手に傷一つなく、ヨル自身も剣を抜く必要すらなかった。
それなのに、護衛対象について分かったことはほとんどない。
「我々にも分からん」
国王がそう言って息を吐くと、隣に控えていたセバスも静かに頷いた。
「……陛下も、ですか?」
「ああ。だからこそ、お前にも聞いている」
「なるほど……」
それなら仕方がない。
何が仕方ないのか自分でもよく分からなかったが、少なくとも理解できていないのは自分だけではないらしい。その事実に、ヨルはほんの少しだけ安心した。
最初は、ただの護衛任務だと思っていた。
召喚された異世界人を護衛する。それだけなら、これまでの仕事と何も変わらないはずだった。
だが、護衛対象はLV:1000。
石一つ投げることができず、魔物の群れは勝手に倒れ、エンシェント・ブラックドラゴンとは会話をする。どれも、これまでの騎士生活では一度として経験したことがない。
それでも任務は任務だ。
守るべき相手を守り、何事もなく終える。それがヨルの仕事であり、これからも変わらない。
変わらない、はずなのだが。
「……普通って、なんでしたっけ?」
「ん?」
国王に聞き返され、ヨルは一瞬だけ目を伏せたあと、何事もなかったように姿勢を正した。
「いえ。何でもありません」
どうやらこの護衛任務、何も起こらず終わるというわけにはいかなそうだった。
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