# 第13話 王宮を出る
夕食を終え、かか志とヨルは王宮へ戻った。
行きと同じ道を歩きながら、かか志は今日一日のことをぼんやりと思い返していた。
依頼を受けて森へ行き、ドラゴンと話をして、龍燐草を持ち帰った。改めて並べてみると何とも妙な一日だった気がするが、その結果として冒険者ギルドから受け取った報酬は100万G。最初に受けた薬草採取の報酬が3,000Gだったことを考えれば、当面の生活費としては十分すぎる額だろう。
王宮には十分すぎるほど世話になった。召喚されて右も左も分からなかった自分に部屋を用意し、食事まで出してくれて、護衛としてヨルまでつけてもらっている。ありがたい話ではあるのだが、冒険者としてやっていくと決めた以上、いつまでもこの生活に甘えているのも何か違う。
何より、今日の報酬で当面の金には困らなくなった。宿代がどれくらい掛かるのかは知らないが、そろそろ自分で生活してみてもいいだろう。
「……そろそろ、いいよな」
「何がですか?」
隣を歩いていたヨルに聞き返され、かか志は「ああ」と小さく声を漏らした。どうやら口に出ていたらしい。
「王宮のこと。俺、そろそろ出ようかなと思って」
「……王宮を、ですか?」
ヨルの足が僅かに緩んだのを見て、かか志は言葉を足す。
「冒険者にもなったし、今日の報酬もあるからさ。宿を借りて生活するくらいなら何とかなるだろうし、いつまでも王宮で全部面倒見てもらうのも違うかなって」
「そうですか」
それだけ答えると、ヨルは再び前を向いて歩き始めた。反対されるかと思っていたかか志は、その横顔をしばらく眺める。
「……止めないんだ?」
「私が決めることではありません」
「ああ、まあ……そりゃそうか」
いかにもヨルらしい返事に、かか志もそれ以上は聞かなかった。
王宮へ着くと、ヨルはこのまま国王へ今日の報告をすると言う。ならば自分は部屋へ――と言いかけたところで、かか志は足を止めた。
どうせ王宮を出るつもりなら、国王には自分の口から話しておいたほうがいい。ここまで世話になっておいて、ヨルから伝えてもらって終わりというのも何となく違う。
「ヨルさん。俺も一緒に行っていい?」
「陛下のところへ、ですか?」
「うん。ちょうど話したいこともあるし」
ヨルは少しかか志を見たが、何も聞かずに「分かりました」と頷いた。
◇
国王の執務室には、フラグオール10世とセバスがいた。
かか志は邪魔をしないよう少し離れた場所で、ヨルが今日の依頼について報告するのを聞いていた。龍燐草を採取したこと、森でドラゴンと遭遇したこと。自分もその場にいたはずなのだが、こうして改めて報告として聞いていると、ずいぶん大事をやってきたように聞こえる。
やがて報告を終えたヨルが下がると、国王がかか志へ視線を向けた。
「それで、かか志殿。話があると聞いたが?」
「あ、はい。えっと……俺、王宮を出ようと思ってるんです」
言ってしまえば簡単な話なのだが、世話になっている本人を前にすると少し言いづらい。国王は特に表情を変えず、続きを促すようにかか志を見ていた。
「冒険者としてやっていくなら、いつまでもここで世話になってるのも違うかなって。今日の依頼で金も入ったので、宿を借りて生活してみようと思ってます」
「……王宮で何か不自由があったのだろうか?」
「あ、いや、逆です。むしろ良くしてもらいすぎてるというか……部屋も食事も用意してもらって、ヨルさんにもずっと付き添ってもらってますし」
「それであれば、無理に出ていく必要もあるまい」
「まあ、そうなんですけど」
どう説明したものかと考え、かか志は頭を掻いた。
「ここにいたら、何もしなくても生活できちゃうじゃないですか。せっかく冒険者になったんだから、自分で宿を取って、必要な物を買って……そういう普通の生活もしてみたいんですよ」
しばらくかか志を見ていた国王は、ようやく納得したように頷いた。
「なるほど。かか志殿がそう望むのであれば、我々に止める理由はない。元より、貴殿を王宮に閉じ込めておくつもりもないのでな」
「ありがとうございます。明日から宿を探してみます」
「まだ決めてはいないのか?」
「はい。どんな宿があるのかも知らないので、とりあえずそこからですね」
それを聞いた国王は何かを考えるように頷き、それから視線をヨルへ移した。
「ヨル」
「はい」
「かか志殿は王宮を出るそうだが、お前はどうする?」
「私、ですか?」
ヨルが僅かに首を傾げたところで、国王はすぐに続けた。
「引き続き、かか志殿の護衛を命じる」
「承知しました」
間を置かずに返ってきた答えに、かか志だけが目を瞬かせる。
「……え? ちょっと待ってください。俺、王宮を出るんですよ?」
「聞いておる」
「宿に泊まるんですけど……ヨルさんも?」
「護衛ですから」
当然のように答えたのはヨルだった。
「いや、でも王宮じゃなくて普通の宿だよ?」
「分かっています」
「……そう」
そこまで言い切られると、かか志にも返す言葉がない。
普通の冒険者として宿を借りて暮らしてみる。その第一歩のはずだったのだが、王宮から護衛がついてくる冒険者というのは、果たして普通なのだろうか。
かなり違う気がする。
とはいえ、ヨルがいてくれるのは正直なところ助かる。まだこの世界のことをほとんど知らない自分にとって、分からないことを聞ける相手が近くにいるのはありがたいし、今日だってヨルがいなければ依頼を受けるだけでも、もっと苦労していたはずだ。
「まあ……ヨルさんがいいなら、俺はいいけど」
「私は陛下の命令に従います」
「そうですか」
本当にそれだけなのだろうかとも思ったが、聞いたところでヨルなら同じ答えを返してきそうだ。
自分で宿を借りて、自分で生活する。
ただし、護衛つき。
「……普通って、難しいな」
思わず漏れた言葉に、国王とセバスが何とも言えない顔をした。
◇
話を終えて部屋へ戻ると、かか志はベッドに腰を下ろし、明日からのことを考えた。
まずは宿を探さなければならない。長く滞在するなら毎日宿を変えるわけにもいかないし、できれば落ち着いて泊まれるところがいい。服も欲しいし、日用品も必要になる。
100万Gあるとはいえ、この世界で何にどれだけ金が掛かるのかはまだよく分かっていない。王宮にいる間は意識することもなかったが、外で暮らすとなれば自分で考えなければならないことも増えるだろう。
「……まあ、それも含めてか」
王宮を出ると決めたのは自分なのだから仕方がないし、不思議と嫌な感じもしなかった。
召喚されてから、まだそれほど時間は経っていない。
神様に会い、気がつけばこの世界へ送られ、王宮で目を覚ました。冒険者になって初めて依頼を受け、草原では大量のウルフに囲まれたかと思えば、なぜか逃げられた。そして今日は森へ行き、ドラゴンと話をして龍燐草を手に入れている。
こうして振り返ってみると、分からないことばかりだ。
その中でも一番分からないものが、自分自身にある。
「LV:1000……か」
神様から与えられた数字。
かか志にとっては今のところそれ以上でもそれ以下でもないのだが、この世界ではどうもそうではないらしい。王宮の人間は明らかに自分のレベルを警戒していたし、ヨルも最初からどこか慎重だった。
ウルフには逃げられ、今日出会ったドラゴンとは普通に話ができた。
それが全部レベルのせいなのか、それとも何か別の理由があるのか。そもそもLV:1000という数字が、この世界でどういう意味を持っているのかさえ、かか志には分からない。
「……誰に聞けば分かるんだ?」
神様に聞ければ一番早そうだが、次にいつ会えるのかも分からなければ、こちらから会いに行く方法も知らない。
国王なら何か知っているだろうか。しかしLV:1000と分かったときの反応を見る限り、詳しいことまで知っているとも思えない。
冒険者ギルドならレベルについての知識はありそうだが、LV:1000なんて前例があるのかどうか。
ヨルは――。
「……知らなさそうだよな」
少なくとも今まで一緒にいて、LV:1000とはこういうものだと教えてくれたことは一度もない。
冒険者として生活していくのなら、自分のことくらいは知っておきたい。何ができて、何ができないのか。そして、この数字がこの世界で何を意味しているのか。
「……明日、誰かに聞いてみるか」
そこまで考えて、かか志は首を傾げた。
「……誰に?」
しばらく考えてみたものの、結局その答えは出なかった。
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