# 第14話 転移魔法
王宮を出たかか志は、ヨルと並んで城下町を歩いていた。
これまでにも何度か歩いた道だが、今日は少しだけ違って見える。今までは王宮に部屋を用意してもらい、食事も寝る場所も困ることはなかった。異世界に来たばかりの自分にはありがたい話だったが、それも今日までだ。
これからは自分で宿を決め、自分で生活する。ようやく本当に、この世界で暮らし始めるような気がした。
「ヨルさん。宿って、どこかいいところあります?」
「いくつか知っています。何か希望はありますか?」
「希望……安くて、安全で、長く泊まれて、できれば飯が美味いところ?」
思いつくまま並べてみると、ヨルがなんとも言えない顔をした。
「ずいぶん求めますね」
「……ですよね。自分でも言ってて思いました。こっちの宿事情なんて分からないし、ヨルさんのおすすめでいいです」
「それでしたら、心当たりがあります」
結局そこへ落ち着いた。ヨルは大通りから外れる道へ入り、そのまま迷うことなく歩いていく。
しばらくして辿り着いた宿は、派手さもなく、建物も特別大きいわけではなかった。それでも中はきれいに掃除されていて、大通り沿いから少し離れているためか騒がしさもない。
「ここなら長く滞在しても問題ないと思います。あまり騒がしい場所でもありませんし」
「じゃあ、ここにします」
「まだ部屋を見ていませんよ?」
即答したかか志に、ヨルが少し眉を上げた。
「ヨルさんがおすすめするくらいだから、変な宿じゃないでしょ。それに、王宮みたいな部屋を探してるわけじゃないですし」
「それはそうですが……山田野殿は、思っていたよりそういうところは気にしないんですね」
「寝られれば十分ですよ。贅沢し始めたら、いくら金があっても足りなくなりそうだし」
案内された部屋には、ベッドと机、それに小さな棚があるだけだった。日本のビジネスホテルと比べればずいぶん簡素だが、寝泊まりするには十分だ。長期なら一泊800Gになると聞き、そのまま契約する。
宿の主人との手続きを済ませ、荷物を置いてベッドに腰を下ろす。王宮の部屋より質素ではあるが、必要なものだけが置かれたこの部屋の方が妙に落ち着いた。
「……なんか、普通だな」
「何がですか?」
「異世界での生活ですよ。もっとこう、異世界らしい何かがあるのかと思ってたんですけど……宿を借りて、ここで寝て、仕事に行くわけですよね。やってることだけなら、日本にいた頃とそんなに変わらないなって」
「山田野殿は、それでは不満ですか?」
「いや、むしろ安心してますよ。魔王を倒せとか、世界を救えとか言われるより、こっちの方がずっといいです」
そう言って笑うと、ヨルも小さく笑った。
宿を借り、冒険者として依頼を受け、自分で生活する。今のところは、それで十分だった。
何気なく荷物へ目を向けたところで、別の問題を思い出す。
「そういえばヨルさん。この世界の人って、大金を持ってる時はどうしてるんですか?」
「大金ですか?」
「ギルドからもらった100万Gです。報酬をもらった時はそこまで考えてなかったんですけど、これから宿暮らしするのに、ずっと持ち歩くのも怖いなって」
「普通は金庫屋に預けます。王都にもありますよ」
「金庫屋……銀行みたいなものですかね」
「銀行?」
「ああ、こっちにはないのか。お金を預けて、必要な時に引き出すところです」
「それでしたら、だいたい同じですね」
ヨルの話では、金庫屋は国が管理している施設らしい。現金を預けると金額を確認した上で証書が発行される。ただし、預けた現金そのものを金庫屋で保管しているわけではなく、王宮へ送って管理しているという。
「王宮に送るんですか? 金庫屋なのに?」
「金庫屋は預け入れや引き出しの手続きをする場所です。すべての現金をそこで保管していたら、その方が危険でしょう?」
「ああ……言われてみれば」
預けた金額は証書だけでなく王宮側にも記録され、引き出す時には両方を照合する。証書だけ盗めば金を引き出せるような仕組みでもないらしい。
「でも、それだと王宮にとんでもない額のお金が集まりますよね。逆に狙われたりしないんですか?」
「王宮を襲って、そこからお金を奪うということですか?」
「……そういう話になりますね」
「それができる相手なら、金庫屋に置いていても同じだと思いますが」
あまりにも真っ当な答えが返ってきて、かか志は何も言えなくなった。考えてみればその通りだ。王宮へ押し入って金を奪えるような相手を想定するなら、どこに置いても安全とは言えない。
「……確かに。じゃあ、お金を引き出す時も金庫屋に行けばいいんですよね?」
「はい。証書と引き出す金額を確認して、王宮側の記録と照合します。問題がなければ、必要な現金が王宮から転移されます」
「なるほど。王宮から転移……」
そこで、かか志の思考が止まった。
「ヨルさん。今、転移って言いました?」
「言いましたが」
「……転移魔法って、あるんですか?」
「ありますよ。今説明した金庫屋でも使われています」
ヨルは何を今さら、という顔をしているが、かか志にとっては初耳だった。
「だったら、それで人も運べるんじゃないですか? 王都から別の街まで一瞬で行けるとか。そういう使い方はしないんです?」
ヨルが黙った。少し考えるような間を置いてから、なぜか真っ直ぐかか志を見る。
「生物を転移したら普通に死にます」
「…………」
あまりにも当然のことのように言われ、かか志は言葉を失った。
「……死ぬんですか?」
「はい」
「普通に?」
「普通にです」
人間が転移できないのなら仕方がない。いきなり終わった夢の移動手段は諦めるとして、それでも金を転移できるなら使い道はいくらでもありそうだった。
「じゃあ、物なら大丈夫なんですよね? それなら冒険者の荷物とか、先に送っておけば楽なんじゃないですか。全部持って歩かなくても済むし」
「どこからどこまで転移させるんですか?」
「……え?」
「転移魔法を使うには、特殊な大型の魔道具が必要です。持ち運べるようなものではありませんから、街や施設などに設置されているものを使います」
「ああ……好きなところから好きなところへ飛ばせるわけじゃないのか」
頭の中にあった便利な転移魔法が、また少し現実的なものへ変わっていく。それでも街から街へ荷物を送れるなら十分使い道はある。
「だったら、遠くに荷物を運ぶ時には便利ですよね?」
「転移させる物の大きさや距離によって、必要な魔力量が変わります。大量の荷物を遠くへ送れば、それだけ費用も高くなりますよ」
「つまり、普通に運んだ方が安い?」
「そういうことです」
そこで、ようやく街道を馬車が行き交っている理由にも納得した。大量の荷物となれば、何でも転移させればいいという話ではないらしい。
「……思ったより便利じゃないな」
「十分便利だと思いますが」
「だって転移魔法ですよ? 名前だけ聞いたら、一瞬でどこにでも行けて、荷物も好きな場所に送れて……くらいは期待するじゃないですか」
「私はしませんよ」
「ヨルさんは最初から知ってるからでしょ」
そう返すと、ヨルは少し考えてから「それはそうですね」とあっさり認めた。
それでも、かか志には少しもったいなく思える。せっかく物を一瞬で運べるのだから、費用の問題さえどうにかなれば、もっと色々なことに使えそうなものだ。
「もっと便利に使おうとは思わないんですか? 荷物を運ぶ手間だって減るでしょうし」
「それはそうですが……そうなれば、今度は運搬の仕事をしている人たちが仕事にあぶれますよ? 生活できない者が増えれば、街の治安にも影響が出ます。そうなれば……まあ、私たちの仕事は修羅場になりますね」
「…………」
便利な魔法の話をしていたはずなのに、いつの間にか失業問題と治安悪化、さらには騎士の仕事量増加まで話が進んでいる。
どうやら、便利だから使えばいいというほど単純な話ではないらしい。実際に転移魔法を実用しているのも、金庫屋くらいだという。
人は運べず、使うには大型の魔道具が必要で、大量の荷物を運べば金もかかる。結局、遠くへ行きたければ自分で移動するしかない。
「……まだ昼前ですよね」
「そうですね」
「じゃあ、ギルドへ行きます」
「分かりました」
王宮を出て、自分で選んだ生活の拠点ができた。大金をどうすればいいのかも分かった。
かか志は荷物を手に取ると、ヨルとともに宿を出た。
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