# 第11話 冒険者ランク
王都へ戻ったかか志とヨルは、そのまま冒険者ギルドへ向かった。
朝に出発した時は、龍燐草を採って帰ってくるだけの仕事だと思っていた。実際にやったことだけを考えれば、その通りだ。依頼主の屋敷へ行き、庭を案内してもらい、教えられた場所に生えていた龍燐草を一本採った。それを持って帰ってきただけなのだから、依頼としてはずいぶん簡単に終わったことになる。
「……なんか、思ったより早かったですね」
「そうですね……」
隣を歩くヨルの返事は、なぜか歯切れが悪い。かか志が顔を向けると、何か言いたそうにこちらを見ていたヨルが視線を逸らした。
「……何かありました?」
「いえ。何も」
「ならいいんですけど」
早く終わったなら、それに越したことはない。かか志はそれ以上気にすることなく、冒険者ギルドの扉を開けた。
「お疲れさまです。依頼のほうは……」
「はい。これです」
かか志が龍燐草を差し出すと、受付嬢の言葉が途中で止まった。伸ばしかけた手もそのまま止まり、差し出された龍燐草を見てから、ゆっくりとかか志へ視線を移す。
「……こちら、龍燐草ですよね?」
「たぶん。依頼書に載ってたものと同じだと思いますけど……違いました?」
「いえ、違っているというわけでは……」
受付嬢は龍燐草を受け取り、手元で慎重に確認している。その様子を見ているうちに、かか志も少し不安になってきた。場所を間違えた覚えはないし、チェッペリンにも何も言われなかったはずだ。
「……何か問題でも?」
「少々、お待ちください」
「あ、はい」
受付嬢はそれ以上答えず、龍燐草を持って足早に奥へ消えていった。
その背中を見送ってから隣を見ると、ヨルも何とも言えない顔をしている。
「ヨルさん、何か分かります?」
「……いえ」
「ですよね」
どうやら聞く相手を間違えたらしい。
しばらくして戻ってきた受付嬢は、先ほどより少しだけ表情を引き締めていた。
「お待たせしました。ギルドマスターがお話を伺いたいそうです。こちらへお願いします」
「ギルドマスター?」
薬草を一本持って帰ってきただけで、どうしてそこまで話が大きくなるのか。受付嬢を見るが、説明するつもりはないらしく、そのまま奥へ促される。
案内されたのは、ギルドの一角にある小さな部屋だった。
「こちらでお待ちください」
受付嬢が出ていき、扉が閉まる。
「……やっぱり、なんか大事になってません?」
「そうですね」
「ヨルさん、さっきから妙に落ち着いてません?」
「そうでしょうか」
そうでしょうか、と聞かれても困る。少なくともかか志には、自分だけが何も分かっていないように思えてならない。
「何か知ってます?」
「……私からお話しすることではないかと」
「それ、何か知ってる人の返事ですよね?」
ヨルは答えなかった。
余計に気になるが、これ以上聞いても口を開きそうにない。かか志が諦めて椅子へ座り直したところで扉が開き、一人の男が入ってきた。
四十代くらいだろうか。落ち着いた雰囲気の男は二人を一度見てから、そのまま向かいへ腰を下ろす。
「待たせたな。冒険者ギルドのギルドマスター、ギル・マースだ」
「山田野です」
「知っている。昨日登録したばかりだったな」
ギルはそれだけ言うと、机の上に置かれた龍燐草へ目を向けた。
「それで……本当に採ってきたのか」
「はい。……そこから疑われてるんです?」
「そういう意味ではない。チェッペリンのところへ行ったんだな?」
「行きましたよ。屋敷の人に庭を案内してもらって、龍燐草の場所を教えてもらって。それを一本採って帰ってきました」
「……それだけか?」
「それだけですけど」
ギルの表情がわずかに変わった。
「戦闘は?」
「してませんよ。薬草を採りに行ったんですよね?」
「何もなかったのか?」
「何もって……普通に話はしましたけど」
何を確認されているのか分からない。かか志が困ってヨルを見ると、こちらはこちらで視線を合わせようとしなかった。
ギルはそんな二人をしばらく眺めたあと、何かを確かめるように口を開いた。
「チェッペリンは、龍燐草を欲しがる冒険者を相手にする。勝てば採取を許す。負けても、戦い方次第では許されることがあるが、何も見せられなければ手ぶらで帰される」
「…………」
聞かされた話と、今日自分が経験したことがまるで繋がらない。
「……ちょっと待ってください。俺、普通に庭へ案内されましたよ? ここに生えてるからどうぞ、みたいな感じで」
「だから聞いている」
「いや、だからって……」
そこで、そもそもの疑問に行き着いた。
「そのチェッペリンさんって、何者なんです?」
ギルが怪訝そうに眉を寄せる。
「お前、知らずに行ったのか?」
「今日初めて会った人なんで、知るわけないじゃないですか」
その答えを聞いたギルは、今度こそ黙り込んだ。
また何か変なことを言っただろうか。そう思って隣を見れば、ヨルは完全に目を逸らしている。
「……ヨルさん?」
「依頼主について、事前に確認されなかったので……」
「普通、薬草採りに行くのに依頼主の正体まで確認します?」
「普通の依頼であれば、必要はないかと」
「ですよね」
「今回が普通かどうかは別ですが」
「それ先に言ってくださいよ」
思わず返すと、ヨルは困ったように口を閉じた。
そのやり取りを見ていたギルが、低い声で告げる。
「チェッペリンは、エンシェント・ブラックドラゴンだ」
「…………すみません。もう一回お願いします」
「エンシェント・ブラックドラゴンだ」
聞き間違いではなかったらしい。
「……ドラゴン?」
「ああ」
「今日いた、あの人が? 長い黒髪で、細身で……普通に庭いじりしてた人ですよ?」
「人化している時はそう見えるな」
かか志は何も言えず、今日の出来事を頭の中で最初から思い返した。
屋敷へ行って、普通に話をして、庭へ案内され、教えられた場所に生えていた龍燐草を一本採った。
それだけだった。
ただし、そこがドラゴンの庭だったという話を今初めて聞いた。
「……俺、ドラゴンの庭に入って、草採って帰ってきたんですか?」
「許可はされたんだろう?」
「そこじゃないですよ。しかも、さっきの話だと本来はその前に戦うんですよね? その……ドラゴンと」
「そうなるな」
あまりにも平然と答えられて、かか志は思わずヨルを見る。
「ヨルさん、知ってました?」
「……チェッペリン様が何者かは」
「知ってたんですか!?」
「ですが、山田野殿も普通に話されていましたし、何事もなく庭へ案内されていましたので……」
「知らなかったから普通にしてたんですよ!」
ヨルが少し困ったように視線を逸らした。
考えてみれば、彼女の様子がおかしかったのは屋敷へ向かっていた時からだった気がする。あの時は気のせいだと思っていたが、どうやら本当に気のせいではなかったらしい。
「……知らなかったとはいえ、よく無事でしたね」
受付嬢の呟きに、かか志は返す言葉もなく椅子の背へ体を預けた。
「今それ、俺が一番思ってます……」
相手がドラゴンだと知っていたら、あんなに普通に話せたかどうか。少なくとも何の疑問もなく庭へ入って、言われるまま龍燐草を採るような真似はできなかっただろう。
「でも、そんな依頼を普通に出してていいんです? 俺みたいに知らない奴が受ける可能性もあるでしょう」
「……実際に受けた奴が目の前にいるな」
「そうなんですよ」
ギルはわずかに息を吐いた。
「チェッペリンが昔から出している依頼だ。龍燐草を求める者が挑戦する依頼として知られている」
「知られてる……」
そこで、かか志は依頼書に書かれていた内容を思い出した。
参考ランクH。種別は採取。報酬は一本100万G。
「……あれ? これ、Hランクの依頼だったんですよね?」
「ああ」
「やっぱりそうですよね。だから俺、初心者向けの採取依頼だと思ったんですけど……なんでドラゴンと戦う話になってるんです?」
ギルの眉がわずかに動いた。
「……初心者向け?」
「はい。昨日登録したばっかりですし、とりあえず簡単そうなのからやろうかなと」
「待て。お前、自分の冒険者ランクは?」
「★1ですよね。ランクで言えば……H?」
ギルの顔が止まった。
「……Aだ」
「え?」
「お前はAランクだ。Aが一番下で、Hが一番上だ」
「…………」
かか志は一度、頭の中でAからHまでを並べてみた。
「……逆じゃないんですか?」
「何と逆なんだ」
「いや、なんとなくAのほうが上で、Hのほうが下かなって……」
「なぜだ?」
「なぜって言われても……そういうものだと思ってた、としか」
元の世界ではそうだった、とは言えない。かか志が曖昧に誤魔化すと、ギルもそれ以上は聞かなかった。
「つまりお前は、昨日登録した★1のAランクで、参考ランクHの依頼を初心者向けだと思って受けたのか」
「……そういうことになりますね」
改めて口にされると、だいぶ酷い。
「でも、受付で止めてくれてもよかったんじゃないですか?」
かか志が受付嬢へ目を向けると、今度は向こうが呆れたような顔になった。
「確認はしました。本当にこちらでよろしいですか、と」
「……されましたっけ?」
「しました」
言われてみれば、そんなことを聞かれた気がする。
「俺、初心者が採取依頼を選んだから確認されたのかと……」
「なぜ採取依頼を選んだだけで確認するんです?」
「……確かに」
そこまで聞いていたギルが、額へ手を当てた。
「冒険者ランクの仕組みを知らない。依頼の意味も分かっていない。チェッペリンが何者かも知らない。その状態で龍燐草を採りに行って、持って帰ってきた、と」
「そう並べられると、ものすごく何も考えてなかった人みたいになるんですけど」
「違うのか?」
「…………」
何か言い返そうとして、やめた。
少なくとも今回に限っては、否定できる材料が何もない。
「……まあいい」
ギルもこれ以上考えるのをやめたらしく、机の龍燐草へ視線を戻した。
「どういう経緯であれ、依頼を達成したことに変わりはない。報酬については、龍燐草の品質を確認してからになる」
「分かりました」
「それと、もう一つ。お前の冒険者ランクについてだ」
話題が変わり、かか志も姿勢を戻す。
「今回の依頼を含め、昨日からの実績を考えれば、いつまでも★1にしておく理由もない。今日からお前は★2だ」
「……もう上がるんですか?」
「普通は、そう簡単には上がらない。依頼をこなした数だけで決まるものでもないからな。内容や難度、それまでの実績も含めて判断する」
昨日登録したばかりなのだから、早いということくらいはかか志にも分かる。
「昨日の依頼、その後の件。それに今回の依頼。それらを踏まえての判断だ」
「その後の件って?」
「……ギルド側で把握していることだ。お前が気にする必要はない」
「そう言われると気になるんですけど」
「気にするな」
どうやら説明するつもりはないらしい。ギルの顔を見てもそれ以上聞ける雰囲気ではなく、かか志は諦めた。
「それに、今回の依頼を達成したこと自体が、それなりの実績になる」
「でも、実際にやったことって薬草を一本採っただけなんですよね。戦ってもないですし」
ギルが何とも言えない顔でこちらを見る。
「……なんです?」
「いや。お前がそう思っているなら、それでいい」
「なんか今日、それ多くないですか?」
「気のせいだ。冒険者証を出せ」
話を切られてしまった。
かか志が冒険者証を渡すと、ギルは机の端に置かれていた小さな魔道具へ差し込む。淡い光が冒険者証の表面を走り、ほどなくして消えた。
「これでいい。今日からお前は★2、Bランクだ」
返された冒険者証は、大きさも形も昨日と変わらない。違うのは、刻まれている星が一つ増えていることだけだ。
「昨日がAで、今日がB……一日でランクアップか」
「普通ではないと言っただろう」
「そうなんでしょうけど、まだその辺の感覚がよく分からなくて。これで少しは冒険者らしくなったんですかね?」
ギルはかか志を見て、それから小さく息を吐いた。
「ランクだけならな」
「そこは素直に認めてくれてもよくないです?」
「昨日登録したばかりで、ランクの順番すら知らずに参考ランクHの依頼を受けた奴に何を認めろと?」
「……今日の話を聞いたあとだと、何も言えないですね」
「なら覚えておけ。ランクが上がったからといって、無理をしていいわけじゃない」
「はい。それは本当に気をつけます」
今日の件だけでも、知らないまま動く怖さは十分に味わった。かか志は冒険者証をしまうと、ギルへ頭を下げて立ち上がる。
「それじゃあ、俺たちはこれで」
「ああ」
ヨルと二人で部屋を出て、廊下を歩きながら、かか志はもう一度冒険者証を取り出した。
星が一つ増えている。
「一日でランクアップか……嬉しいのは嬉しいんですけど、Aが一番下でHが一番上っていうのは完全に勘違いしてました」
「そうですね」
「ヨルさん、知ってましたよね?」
「はい」
あまりにもあっさり返されて、かか志は足を止めかけた。
「……教えてくれてもよかったんじゃないです?」
「聞かれませんでしたので」
「今日そればっかりじゃないですか」
思わず肩を落とすと、ヨルは少し困ったように笑った。
「ですが、今日知ることができました」
「まあ……そうなんですけどね。知らないまま次の依頼を受けるよりはいいか」
かか志は冒険者証をしまい、再び歩き出した。
ヨルもその隣へ並び、二人はそのままギルドを出ていった。
◇
その後、受付嬢は一枚の依頼書を手に掲示板の前へ立っていた。
今日まで何度も見てきた依頼書。その一番下には、先ほどまでなかった一文が追加されている。
――――――――――――――――――
参考ランク:H
種別:採取
龍燐草を採取し、冒険者ギルドに納品してください。
報酬:1本 100万G~
(品質により変動します)
依頼者:チェッペリン3世
※一度依頼を完了したことのある冒険者は、
再度の受け付けは不可です。
――――――――――――――――――
受付嬢は追加された一文を確認すると、依頼書を元の場所へ戻した。
「……これで、よし」
そして何事もなかったように受付へ戻り、次の仕事を始めた。
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