第九話 双頭の竜
叩きつける雨も、その炎には敵わない。
木々を踏み越えて現れたのは、灼熱をまとった巨大な爬虫類――。
「これは……炎蜥蜴じゃないか!」
「まずいぞ……」
炎蜥蜴がぺろりと舌を出す。
チリ……と、空気が焦げる音がした。
「全員下がれ!」
大盾を構え、ドリーが叫ぶ。
皆が一斉に、盾の後ろに身を隠す。
次の瞬間。
猛烈な熱風が、唸りを上げて吹き付けてきた。
「ぐう……っ!」
ドリーが思わず声を上げる。
灼熱の息が地を焦がし、草木を焼き払う。
盾を支えるドリーの顔が苦痛に歪む。
ふいに、熱風が止む――炎蜥蜴の息が切れたのだ。
「ドリー、大丈夫か!」
「……なんとかな」
「腕を見せてください!」
フィオナが杖を振り、癒しの魔法を繰り出す。
「ひどい火傷……鉄まで溶かすなんて」
魔法を連続でかけながらも、フィオナはぞくりと肩を震わせた。
堅固な鉄の大盾――その表面は、熱で真っ赤に溶けていた。
「シューッ、シューッ」
炎蜥蜴が喉を鳴らしている。
大きく口を開け、息を吸い込む。
「またアレを吐くつもりか?」
「やばいな……」
「そうはさせない!」
カイルが叫び、剣に手をかける。
だが、マーカスがその肩を強く掴んだ。
「落ち着け、カイル。息だけで鉄が溶けるんだぞ。あいつの体が剣で切れると思うのか」
「じゃあ、どうすれば!」
「あの手の魔物には、魔法で対抗するのが定石なんだが……」
マーカスは少し困ったように、ちらりとフィオナを見る。
「……こっちの魔法も炎属性、ダメージを与えるのは難しい」
「ならば、逃げるしか……」
「ああ、そうしたいところだ――だが、そいつも難しいな」
マーカスは忌々しげに崖を見上げる。
「見ろ、ここは崖下だ。しかも隠れる場所もない。あの熱息を凌ぎつつ、崖を登り切るのはまず不可能だ」
カイルの手が、力なく柄を離す。
「くそっ、このままでは皆……やられてしまう」
「ああ、どうしたもんかな……」
雷鳴が轟く。
暗く沈んだ空の下、雨と炎に挟まれて、冒険者たちは立ち尽くすしかなかった。
その時である。
静かな足音が、皆の隣を通り過ぎる。
魔物の前へと歩み出たのは、宿屋の主人――エイトであった。
「皆さん、下がっていてください」
「おい、危ねえぞ!」
「剣も効かず、炎魔法も無効――となると、私の出番でしょう」
「なに……?」
「魔物の側にも都合があるのでしょうが、これ以上お客様を傷つけることは、この私が許しません」
エイトは胸に右手をあて、深く身をかがめる。
そして、大地を踏みしめ、すっくと立つ――同時に『それ』を抜き放った。
それは、白銀の銃。
握把から胸元へと続く長い鎖が、シャラン……と硬い音を立てる。
炎蜥蜴は地面を掴み、大きく口を開く。
白い銃口が、まっすぐに狙いを定める。
「この銃弾は、過去の怨嗟……」
雨が音を立て、蒸気に変わる。
周囲の熱が上がる。
「銃弾の名は――」
炎が来る――誰もがそう思った。
だが、その刹那。
「――『嫉妬』」
銃声が響いた。
蜥蜴は、炎を吐かなかった。
その口の中――弾道に貫かれた体には、大きく穴が空いている。
雨が強く降っている。
赤く燃えていた炎蜥蜴の体は、みるみるうちに黒く焦げ付き、灰になって崩れていった。
***
「やったね、エイト!」
「見事じゃ、褒めてつかわす」
ぱたぱたと、聞きなれた足音が駆け寄ってくる。
エイトはほっと息をつくと、ユナとハイタッチを交わし、ノインの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「おい宿屋、今のは一体……?」
戸惑う冒険者たちに向き直り、エイトはとぼけたように笑ってみせる。
だが、次の瞬間――その目が大きく見開かれる。
「皆、伏せて!」
エイトが叫んだ。
マーカスとドリーが、フィリアとカイルを突き飛ばす。
ノインはユナを咥えると、素早く崖上へ飛ぶ。
それは、まさに間一髪であった。
ごう、と音を立て、熱風が吹き抜ける。
「おい、何だこれ!」
「炎蜥蜴は、さっき仕留めたはず……」
地響きが、近づいてくる。
バチバチと音を立て、大木があっという間に燃え落ちていく。
「嘘だろ……」
森の奥から、やがてそれは姿を現す。
真っ赤に燃える、二匹目の炎蜥蜴が。




