第七話 勇者サマの事情
「カイル様が変わってしまった理由は……ご家庭の事情にあるのです」
少しの沈黙の後、フィオナは改めて口を開いた。
「ここから西へと街道を下った先に、アヴァリアという土地があります。カイル様は、その領主様の御子息なのです」
「えーっ! そうなの?」
「ほう、偉そうな態度だと思っておったが、権力者の息子とはのう」
「立ち居振る舞いが優雅な方だとは思っておりましたが、まさか領主様のご令息とは……」
宿屋の三人は、それぞれに目を丸くしている。
「カイル様がまだ幼いころに、母上様が亡くなられました。その後、領主様は新たに奥様を迎えられましたが、奥様は、その……カイル様に冷たく当たられて……」
「やれやれ。人の世はまことに、面倒な事よ」
ノインは呆れたようにつぶやくと、暖炉の前でごろんと横になった。
「そして、弟君がお生まれになりました。弟君――エリック様は社交的で前向きなお方。剣術にも秀でていて、現在は王都の騎士団に仮入団しておられます」
「デキる弟かぁ……」
「だんだん、話が見えてきましたね」
ユナとエイトは顔を見合わせる。
「アヴァリア領は、かつては剣士の町でした。その領主ともなれば、武勲を重視されるのが当然……現在の領主様も、若いころは王都の騎士団で腕を振るったそうですわ」
「じゃあ、もし弟が騎士団で活躍なんかしたら、カイルは跡取りの座を奪われちゃう――ってこと?」
「……はい」
フィオナは目を伏せ、頷いた。
「剣では弟にかなわない。ならば自分は、別の形で父上に認めてもらうしかない――カイル様は、そうおっしゃっていました」
「なるほど。それで、ドラゴン討伐というわけですか」
エイトがポンと手を打った。
「はい。ちょうどその頃に『峠の街道付近で双頭の竜を見た』という噂を耳にしたのです。かの竜を狩り、必ず武勲を手にする――そう決意して、カイル様はアヴァリアを発ったのです」
「そっかぁ……じゃあ、カイルがドラゴンにこだわってるのは――」
「――弟以上の活躍をして『勇者』となり、お父上から認められるため、ですね」
エイトが言うと、フィオナは小さく頷いた。
「うーん、気持ちは分かるけどさぁ」
ユナは少し困ったように眉根を寄せる。
「もし本当にドラゴンがいたとして、カイルは勝てると思う?」
「正直に申し上げれば……難しいと思います」
「不可能、の間違いじゃろ?」
「ノイン、お黙りなさい」
エイトがぴしゃりと言う。
「ツレのふたりはけっこう強そうだったけどね。あのふたりは何者なの?」
ユナの質問に、フィオナが頷く。
「あの方たちとは、町の冒険者ギルドで出会い、傭兵として雇いました。ふたりともBランクの冒険者、かなりの手練れですわ」
「へぇ、Bランクか! すごいね、どうりで旅慣れてるわけだ」
「ええ。ですが、ドリーさんはともかく、マーカスさんはカイル様に対して当たりがきつくて……」
今にも消えてしまいそうに、フィオナの声が沈む。
「『勇者になる』と足掻いているカイル様を、きっと馬鹿にしているのでしょうね……」
そう言って、フィオナはうつむいてしまう。
その瞳には、涙が浮かんで揺れていた。
だが。
「――そうとも限りませんよ」
温かな声が、静かに響いた。
「えっ?」
顔を上げたフィオナの前で、エイトが優しく笑っている。
ノインがゆっくり首をもたげる。
「エイトよ。おぬし、何か聞こえておるのか?」
「ええ。マーカスさんが『勇者サマ』と口にするとき、決まって強い『感情』が聞こえます」
「ふむ……」
ノインが目を細める。
「つまり、あやつらにも事情があるということか」
フィオナは改めてエイトを見る。
そしてノインを、ユナを見る。
「あの……」
戸惑うように、フィオナの瞳が瞬いている。
「話す獣といい、ユナさんの鑑定といい……エイトさんもさっき感情が『聞こえる』と……」
フィオナは改めて、三人に向き直る。
「あなたたちは一体、何者なのですか?」
その問いに、三人は顔を見合わせ、悪戯っぽく笑う。
――その時だった。
勢いよく扉が開き、轟々と雨音が飛び込んでくる。
その人影は、入口でがくりと膝をついた。
「ドリーさん、マーカスさん! どうしたのですか!」
エイトが素早く駆け寄る。
ドリーの背で、マーカスは力なく目を閉じている。
その右肩は、赤黒い血に染まっていた。
「フィオナ、マーカスに癒しの力を頼む! それと、ふもとの町に伝令魔法を!」
「は、はい!」
フィオナは杖を握りしめる。
集まり始めた魔力は、白い光を帯びていた。
「ドリーさん、お水だよ。ゆっくり飲んで」
「ああ、ありがとう……」
ユナから受け取った水を一息に飲み干し、ドリーは大きく息をついた。
「一体、何があったのです?」
エイトが問う。ドリーは鋭い目で、雨の向こうを睨みつけた。
「ゴブリンの群れだ……!」
そのひと言に、全員がぞくりと息を飲む。
「すぐに手を打たなけりゃ、ふもとの町は壊滅だ。フィオナ、急いでくれ!」
「カイルさんは?」
「俺たちを逃がすために、ゴブリンどもの足止めを……」
「そんな……なんて無茶を!」
「とにかく、俺はカイルのところに戻る。お前らはすぐに逃げろ! いいな!」
ドリーは勢いよく立ち上がると、再び雨の向こうへ飛び出していった。
「待て、ドリー。俺も行く……っ!」
「マーカスさん!」
立ち上がろうとしたマーカスを、フィオナの腕が強く掴む。
「まだ駄目です! 傷は癒えても、体にはダメージが残っているのですよ!」
「くそ……ッ!」
マーカスは悔しそうに、拳で自分の膝を打った。
何度も、何度も。まるで自分自身を罰するように。
その拳を、エイトがそっと掴んで止める。
「宿屋……」
「カイルさんを、助けに行きたいのですね」
「当たり前だろ!」
マーカスが叫ぶ。
「こんなところで、あいつを死なせるわけにはいかない! 頼む、行かせてくれ!」
「分かりました――ただし、私も行きます」
「……は?」
顔を上げたマーカスの目の前で、エイトが力強く頷く。
「よし、みんなで行こう!」
ユナとノインも立ち上がる。
「じゃあマーカスさん、ノインに乗って! いいよね、ノイン」
「むむ、致し方あるまい。おい男、光栄に思うがよい」
「……は? お前、今しゃべった……?」
「話はあとです! 今は、ふたりを追わなくては!」
皆は顔を見合わせ、そして駆け出す。
雷鳴の轟く、雨の森へ――。




