第五話 髪飾りの記憶
「もー、仲悪ーい」
机を拭きながら、ユナが白けた声で言う。
「確かに、少々ギスギスしておりましたね」
割れた皿を片付ているエイトも、さすがに顔をしかめている。
「少々なものか。最悪、仲間割れで無用な死傷者が出かねぬぞ」
ノインも呆れた様子でため息をついた。
その視線の先には、脚の折れた椅子が転がっている。
「フィオナとかいう娘はどうした?」
「ひとまず、部屋で休まれるようにと申し上げましたよ」
エイトが肩をすくめつつ、窓の外を眺める。
朝よりも幾分落ち着いたとはいえ、雨は相変わらず激しく降り続いていた。
「何を焦ってるんだろうね、あの『勇者サマ』は。この山に竜がいるなんて確証、どこにもないのにさー」
「何やら『時間がない』ともおっしゃっていましたね……」
「あれぇ? エイトも気になっちゃう?」
「ち、違います! 私はただ、お客様の快適なご宿泊のために必要な配慮をですね……」
「ふん。しかしあの様子、ただの名誉欲とも思えぬのう」
「手柄を挙げるなら、別に竜じゃなくてもいいもんね」
「何か事情がありそうですね……」
三人があれやこれやと話していると、ふと、二階から小さな足音がした。
階段を仰ぎ見ると、ちょうどフィオナが降りてくるところであった。
「フィオナさん、もう大丈夫なのですか?」
エイトが慌てて立ち上がる。
フィオナは三人に歩み寄ると、深々と頭を下げた。
「はい、もう平気です。それよりも、仲間がお皿や椅子を壊してしまって……本当に申し訳ありません」
「気にしなくていいって! フィオナが壊したわけじゃないんだし」
「ユナさんの言うとおりです。お客様どうしの喧嘩はたまにありますし、こちらも気にしていませんよ」
ふたりの言葉に、フィオナはやっと顔を上げると、右手を差し出す。
「どうかこれを……受け取ってください」
その手にあるのは、先ほどの髪飾りであった。
「これで、壊したものを弁償させていただきます。恐らく、弁済できる程度の価値はあると思うのですが……」
「――ごめん」
フィオナの言葉を遮って、ユナが静かに口を開いた。
息を飲んだフィオナを見つめ、ユナは続ける。
「これは引き取れないよ」
暖炉の炎が、ぱちんと小さく音を立てた。
「……これには、価値などない……ということですか?」
震える声でフィオナが尋ねると、ユナは困ったように笑って、かぶりを振った。
「逆だよ。これは絶対に、人にあげちゃいけない――お姉さんとの大切な思い出なんでしょ?」
「な……っ!」
フィオナの瞳が、大きく見開かれる。
「この髪飾りは、お姉さんがフィオナの誕生日に送ってくれたんだね」
「な、なぜ……? なぜそんなことを知っているの!」
「見れば分かるよ。物が持ってる性質や記憶を読み取る――それが、わたしの能力だから」
ユナはそっと髪飾りに触れる。
「うん、あったかい――フィオナを大切に思う気持ちにあふれてる。お姉さん、優しい人だったんだね……こんな大切なもの、人に渡しちゃダメだよ」
「……っ」
ぽた、ぽた、と、机に雫が落ちてきた。
フィオナの頬から、いくつもいくつも、涙がこぼれ落ちていく。
「おねえ、ちゃん……」
呟きと共に、ついに激情が堰を切ってあふれ出した。




