第四話 勇者の目的
机に並べられたのは、様々な色や形の鉱石。
ユナは手を伸ばすと、そのひとつにそっと触れる。
大きな菫色の瞳が、まるで紫水晶のように輝きはじめる。
ひとつ、ひとつと石に触れながら、ユナは鉱石を見定めていく。
フィオナは息を飲んで、その様子を見つめていた。
ユナの瞳のきらめきに、思わず惹き込まれそうになってしまう――どこか懐かしいような、不思議な感情が込み上げる。
耳をすませば、今にも石たちの声が聞こえてくるような……そんな気さえしてしまう。
(凄い――これが、ギルドに認められた鑑定士……)
知らずのうちに、瞳が潤んでくる。
慌てて目尻を拭うフィオナの前で、ユナは「よーし、完了!」と元気に伸びをした。
「じゃあ、鑑定結果ね! こっちのキラキラした石は、草火石。綺麗だけどそんなに価値はないんだ。この黒いのは、鉄鉱石。珍しくはないけど、鍛冶ギルドからの需要は高いよ」
ユナは手際良く石を仕分けつつ、説明していく。
「そっちの黄色い結晶は、金雷晶。これは価値があるよ! 名前の通り、雷の力が閉じ込められてるから、魔道具の加工に使われるんだ」
「へぇー、そりゃ知らなかった」
ドリーは興味深そうな顔で、ユナの話に聞き入っている。
「これ全部換金して、鑑定料を引いて……っと。わあ、金貨八枚と銀貨四枚! すごいじゃん、カイル!」
「ああ、思わぬ収益だよ。換金を頼めるかい?」
カイルはホッとした様子で、やっと笑顔を見せた。
「もちろん! じゃあ、交渉成立だね。ここにサイン書いてね」
カイルが筆を走らせるのを見ながら、ドリーが嬉しそうに口を開いた。
「これでまだ数日は泊まれるな! 今日はもう、ゆっくりしようぜ。おい宿主、酒くれよ!」
だが、カイルは再び冷たい表情に戻ると、かぶりを振った。
「それでも、長居をするつもりはない。見ろ、いくらか雨がおさまってきた。すぐに探索に向かうぞ」
「はぁ?」
ドリーが目を剥いて反論しようとした、その時。
カラン、とドアベルが鳴った。
「無理だ。今日は探索は諦めな」
そう言って玄関から姿を現したのは、もうひとりの冒険者、マーカスであった。
昨晩飲みすぎたという割には、身なりも表情も整っている。
「マーカスさん、外にいたのですか?」
「ああ、早くに目が覚めたんで、そこらへんを見てきた。この雨で視界が悪いし、地盤も緩んでる。今日の探索はやめたほうがいい」
淡々と言うマーカスを、カイルはキッと睨みつけ、語気荒く叫んだ。
「黙れ! 何のためにお前たちを雇ったと思っている! さっさとドラゴンを討伐し、故郷へと凱旋するのだ!」
「ドラゴン?」
「竜など、これまで見たこともないがのう」
皆の視線が、ユナとノインに注がれる。
「あ……えーっとぉ」
ユナは慌ててノインの両頬をわしわしと撫でながら、できるだけ威厳のある声を出す。
「のう、ノインや。お前は竜を見たことがあるかのう? そうかそうか、見たことがないか。わしも同じじゃよ、ほっほっほ」
「なーんだ、嬢ちゃんのひとり遊びかよ。その犬がしゃべったのかと思ったわ」
ドリーが呆れた様子で笑う。
「そ、そんなわけないじゃん! のう、ノインよ」
ユナによる苦し紛れの一人芝居に、ノインはぱたぱたと尻尾を振って応えている。
(ノイン、しゃべらないでって言ったじゃん!)
(うむ、これは失礼)
「し、しかし竜とは驚きですよ! 冒険者ギルドから討伐依頼があったのですか?」
エイトが慌てて話を逸らす。
幸い、ドリーは特に気に留める様子もなく、軽く肩をすくめて言った。
「いいや、このあたりで『双頭の竜を見た』という噂もあるようだが、まだ調査段階らしい」
「ならば、調査の結果を待ってから、探索に出たほうが確実なのでは?」
「それでは遅い!」
エイトの言葉を遮って、カイルの悲痛な叫びが響く。
「もう……もう時間がない! 急がなくてはならんのだ!」
歯を食いしばるカイルの横顔には、はっきりと焦りの色が見て取れた。
「……でもさー、わたしも山に入って食材とか探してるけど、そんなの見たことないよ」
ユナはエイトと顔を見合わせ、首をかしげる。
「ドラゴンがいるのは山奥――そう相場が決まっている。どんなに深い山であろうと、探し出して必ず討伐する!」
カイルは正面を見据えたまま、強い口調で言い放った。
近くで雷鳴が聞こえる。
轟々と音を立て、雨が激しく降っている。
「何を焦ってるのかは知らねえが、逸ってると、思わぬところで死ぬことになるぜ。敵は何も、魔物だけとは限らねえしな」
そう言って、マーカスが冷たく笑った。
カイルが物凄い形相で、その顔を睨みつける。
「……どう言う意味だ? やれるものならやってみろ、金の亡者の傭兵風情が!」
「なんだと? ガキが、もう一度言ってみろ!」
マーカスが飛びかかる。カイルの襟首をつかみ上げ、床に引き倒す。
椅子が倒れ、皿が派手な音を立てて砕ける。
「おい、やめろマーカス!」
「おやめください、ふたりとも!」
ドリーとフィオナが声を上げた、その時であった。
「グルルルル!」
部屋に響く、身の凍るような唸り声。
振り向くと、鼻の上に皺を寄せたノインが、ゆっくりと立ち上がるところであった。
「お客様、乱暴は困ります。宿ギルドの規定では『暴れる者は放り出しても構わない』とされておりますので――どうか、ご注意を」
エイトはにこやかに笑いながら、ノインの首を撫でている。
さすがに分が悪いと見たのか、揉めていたふたりは、気まずそうに身を起こした。
叩きつけるように、雨音が響いている。
暖炉の炎が、ぱちんと爆ぜた。
「……何を言おうが、お前たちの雇い主は私だ。悪天候など関係ない。これから探索に向かう」
カイルは冷たい声でそう告げた。
「はぁ? 無理だってさっきも言っただろ」
「関係ない。それとも、冒険者ギルドに出入りできなくなってもいいのか?」
「……チッ」
マーカスは鋭い舌打ちを残して、二階へと上がっていく。
ドリーもため息をつきながら、マーカスの後に続いた。
ほどなく、ふたりが再び階段を下りてくる。
ドリーの肩には使い込まれた大盾と槍、マーカスの手には巨大な槌《つちが握られていた。
渋々ではあるものの、カイルに従うことにしたらしい。
「……フィオナは来なくていい」
それだけ言うと、カイルは剣を片手に玄関へ向かう。
マーカスたちも苛立ったように足音を立てながら、乱暴に扉を閉め、外へと出て行ってしまった。




