第三話 鑑定します!
翌朝。
雨風は弱まる様子も見せず、さらに激しく暴れ回っている。
皿を並べながら、エイトが困ったようにため息をついた。
「この天気では、外を歩くのも危険ですね」
ノインも外をちらりと眺める。
「うむ、この雨では仕方ない。わらわは一日、ここで暖炉の番をするとしよう」
「ずるいぞノイン、わたしも手伝う!」
「うちの暖炉はお利口ですから、そんなに見張らなくても大丈夫です。さあ、さっさとお仕事なさい! ほら、ユナさん。パンをお皿に置いてってください」
「えー、残念」
ユナは渋々、パンの入った籠を受け取る。
「おはようさん、凄い雨だな」
あくびをしながら、男がひとりで階段を降りてきた。
椅子に座ると、さっそくユナからパンを受け取る。
「おはよー。朝ごはんはポタージュとベーコン、あとは目玉焼きだよ!」
「へぇ、こりゃ旨そうだ!」
そう言いながら、男がパンをふたつにちぎる。
バターの香りがふわりと広がり、ノインはぺろりと舌なめずりをする。
「おはようございます、ドリーさん」
涼しげな声が響き、フィオナが姿を見せた。
「おう、おはよう。見ろよ、すげえ雨だぜ」
「本当ですね……昨日のうちに、ここにたどり着けてよかった」
フィオナも席に座ると、浮かない顔で窓を見つめる。
「皆、おはよう」
そう言って姿を見せたのは、『勇者サマ』と呼ばれていた青年だった。
「おはようございます、カイル様」
立ち上がろうとするフィオナに着席を促しながら、青年――カイルも席につく。
「マーカスがいないが、どうしたのだ?」
「まだ寝てるんじゃないか? 昨日はずいぶんと飲んでたしな」
「……全く」
カイルは顔をしかめ、ため息をつく。
「ドリー、さっさと起こしてこい。食事を終えて、準備ができたら出立だ」
「お前、本気で言ってんのか? こんな雨の中に出ていくなんて、命知らずもいいとこだぞ」
「……これ以上の滞在はできない」
「いやいや、冗談だろ?」
「……できない」
カイルは、眉間に皺を寄せたまま黙っている。
「失礼いたします、お客様」
スープの入った小皿を置きながら、エイトが口を挟む。
「我々もこれほどの悪天候の中、お客様を追い出すようなことはいたしません。ゆっくり滞在していただいて結構ですよ」
「だが……」
カイルはうつむくと、絞り出すような声で呻いた。
「……もう、手持ちが……」
ぱちん、と、暖炉の炎が爆ぜる。
エイトは優しく微笑むと、口を開いた。
「もし、お金が足りないならば、後払いでも結構です。探索に出れば、それなりに得られる素材もあるでしょう。お支払いなら、その後でも……」
「……駄目だ、そんなわけにはいかない」
カイルはぐっと顔を上げると、腰の宝剣を鞘ごと掴み、エイトの前に突きつけた。
「この剣は、私の守り刀……価値のほどは分からぬが、柄についている宝石は本物だろう。この剣を宿代として払う。だから――」
「お待ちください、カイル様」
フィオナは立ち上がると、銀色の髪飾りを外し、エイトの目の前に差し出す。
「宿代なら、こちらの髪飾りを差し上げます。どうかこれで……」
「フィオナ、よせ!」
「でも……!」
気まずい沈黙の中、雷鳴が響く。
「まあまあ、ちょっと落ち着きなよ」
重い空気を振り払ったのは、ユナの明るい声であった。
「ここに着くまでに、鉱石とか薬草とか、拾ってないの?」
「それはもちろん、拾ったが……」
「じゃあ、それを換金すればいいじゃん」
「それができるなら、助かるんだけどな」
ドリーが苦笑いを浮かべる。
「拾った素材を換金するには『鑑定』が必要なんだ。でかい町なら鑑定士がいるだろうが――とにかく町に戻らなきゃ、換金なんてできないのさ」
だが、ユナは不敵に笑ってみせる。
「じゃあさ、『鑑定』してみる? 今、ここで」
「……は?」
ユナが指さした先――そこには、壁に飾られた一枚の書面があった。
「ちょ、ちょっと待て!『第一級ギルド認定鑑定士』だと?」
思わず声を上げたドリーに、ユナは得意げに胸を張る。
「へへっ、びっくりした?」
「ああ、驚いたぜ! まさか嬢ちゃんが鑑定士とは――こいつは恐れ入った!」
「ちなみに鑑定品がよっぽど高額でない限り、うちの宿で換金もできるからね」
「ホントかよ! こりゃ助かるわ……おいカイル! 昨日拾った鉱石、鑑定してもらおうぜ!」
声を上ずらせて、ドリーが振り返る。
だが――。
「お待ちください、ドリー様」
フィオナはそう言って立ち上がると、鑑定書を見つめて口を開いた。
「疑うわけではありませんが、鑑定・換金となると、やはり大きな町のギルドに頼んだほうがよいのでは? 失礼ながら、ここで正しい鑑定ができるのか、少々疑問に思いますが……」
「フィオナ、お前ぜんぜん分かってねえな」
ドリーは呆れた顔でため息をつく。
「『第一級ギルド認定鑑定士』なんて、王都でもそうそういないんだぜ? 鑑定士は信用が命だ。ギルドが資格を与えるってことは、それだけの腕と信頼があるってことだ」
「そう……なのですか」
フィオナは立ち上がると、ユナに向かって深く頭を下げた。
「疑うようなことを言って、申し訳ありませんでした」
「いいよー、気にしてないから。じゃあ、とりあえず鑑定してみよう! 一件につき銅貨五枚だけど、今日は初回特典ってことで、銅貨三枚にまけとくよ」
「はい、よろしくお願いします」
フィオナが頷くと、ユナは嬉しそうに笑った。




