第二話 『勇者サマ』
夕刻を過ぎ、雨はさらに勢いを増したようだった。
宿の居間にも、雨音が轟々と響いている。
「すごいねぇ、雨」
暖炉の前で膝を抱えて、ユナがぽつりと言う。
「うむ。これほどの雨では、客も来ぬかもしれんの」
のんびりと床に体を横たえて、ノインも言う。
そんな時だ。
ノインの予想に反して、カラン、とドアベルが音を立てた。
扉をくぐって入って来たのは、四人組の冒険者だった。
使い込まれた皮鎧をまとった男がふたりと、白銀の胸当てを着けたひとりの青年。そして、杖を抱えた若い女性がひとり。
「いらっしゃいませ。この雨の中、お疲れさまでした。おひとり様あたり、一泊で銀貨六枚となっておりますが、いかがいたしましょうか」
出迎えたエイトから拭布を受け取ると、ふたりの男は青年を振り返る。
「銀貨六枚だってよ、『勇者サマ』!」
そう言うと、男たちはゲラゲラと品のない笑い声を上げた。
「『勇者サマ』?」
ユナが不思議そうに首をかしげている。
だが、青年は何も言わずに革袋から銀貨を掴み取ると、静かにカウンターの上に並べた。
「……四名様で、銀貨二十四枚ですね。確かに受け取りました。ユナさん、お客様をお部屋にご案内してください」
「はーい、お部屋はこちらでーす」
ユナはぴょいと立ち上がると、先頭に立って二階へと向かう。
それに続いて、四人の客たちも階段を上がっていった。
「……なにやら妙な連中じゃのぉ」
暖炉の前に寝そべったまま、ノインがぽつりと言う。
エイトも軽くため息をつきながら、カウンターの上の銀貨を眺めるのであった。
***
鍋がくつくつと音を立てるたび、芳ばしい湯気がふわりと広がる。
鬼ウサギの塩漬け肉とキノコをさっと炒め、野菜と一緒にじっくり煮込む。
そこに、特製ホワイトソースとミルク、チーズを加えてかき混ぜる。焦げないようにゆっくりと――木べらが時折、使い込まれた鍋とぶつかり、ことんと小さく音を立てる。
仕上げに塩とスパイスで味を調えたら、エイト特製『鬼ウサギのシチュー』の完成だ。
「うーむ、旨そうじゃの」
ぺろりと舌なめずりをしながら、ノインが鍋をのぞき込んでいる。
「まだ駄目ですよ、ノイン。お客様が先ですからね」
「わかっとるわい」
「あと、お客様の前でおしゃべりしてはいけませんよ。人語を喋る動物なんて、この世界では高位の魔獣くらいなのですから」
「わかっとるというに。お前もしつこい男じゃの」
「用心深い、と言っていただきたいですね」
エイトは軽く肩をすくめる。
そんな中、ドカドカと階段を降りる足音が聞こえてきた。
「おお、こりゃあ旨そうだ!」
「俺ぁもう腹ペコで倒れそうだぜ、早く食わせてくれよ!」
そう言って食堂に飛び込んできたのは、皮鎧を着ていた二人組である。期待に満ちた眼差しで、テーブルに並んだ料理をのぞき込んでいる。
「おい、宿屋の兄さん。酒は何がある?」
「お酒ですか? 葡萄酒ならありますが」
シチューを皿へと盛りながらエイトが答えると、男たちの目が輝く。
「葡萄酒か、いいねぇ! おいフィオナ、お前もたまには飲んだらどうだ?」
ちょうど食堂にやってきた女性――フィオナは、軽くかぶりを振る。
「ダメダメ、フィオナ様は『聖女』になられるお方だぜ? 酒なんて飲めるかよ!」
「がはは! 違いねえ!」
フィオナはうつむいたまま、黙ってテーブルについた。
少し遅れて、青年が姿を見せた。
だが、青年を待つ余裕もなく、男たちはすでに料理に食らいついている。
「カーッ! 旨い、このシチュー最高だぜ」
「こいつは絶対、葡萄酒に合うよな! おい店主、酒くれよ!」
「お酒は別料金になりますが……」
「かまわねぇよ!『勇者サマ』が払ってくれるって! なあ!」
フィオナが一度、ちらりと青年を見やる。
だが、青年は何も言わずに立ち上がると、革袋をエイトの前へと差し出した。
「これで、彼らに酒を出してやってくれないか」
「あの、しかし……」
「……頼む」
エイトは戸惑いつつも、それを受け取る。
手渡された、擦り切れた革袋。
その袋は、思いのほか軽かった。
***
「勇者サマ、ねぇ……」
食事を終えた一行が去った広間で、テーブルを拭きながらユナがため息をついた。
「完全にカモにされてんじゃん、情けないったら」
「確かに、威厳も尊敬もあったものではなかったのぉ」
暖炉の前に寝そべったノインも、呆れた様子で頷いている。
「こらこら。ふたりとも、お客様の内情に踏み込むのはおやめなさい。人にはいろいろな事情があるものですよ」
「そりゃそうだけどさぁ……気になっちゃうじゃん?」
「気になるのは分かりますが、むやみに首を突っ込むべきではありません」
「ふむ……そういえば、娘のほうも『聖女になられるお方』とか言われておったのぉ」
「そうなんだよねぇ、でもあの子って多分……」
「ふーたーりーとーも!」
笑顔で圧をかけるエイトに「分かってまーす」と返事を残し、ユナは洗い桶のほうへと逃げ出した。
窓の外からはまだ、叩きつけるような雨音が響いている。
「荒れてるなぁ……こりゃ明日も続きそうだね」
ユナのひとりごとに応えるように、空から鋭い雷鳴が轟いた。




