第一話 旅の宿、燕屋
小鳥の群れが、曇り空の下を横切っていく。
ねぐらへ帰る鳥たちは、今夜も夢を見るのだろうか。
カラン、と乾いた音を立て、薪が転がる。
男は軽く息をつくと、斧を立て掛け、空を見上げた。
遠くの山々は白く霞み、街道を吹く風からは雨のにおいがしている。
(そろそろ、降り始めるかもしれませんね……)
無意識に口髭に触れながら、男は低く垂れこめた雨雲を眺める。
その時だった。
「エイトー! 薪割り終わった?」
茂みの向こうから、少女の明るい声がした。
ガサガサと音を立てて顔を出したのは、一頭の白い大狼である。
その背から、小柄な少年――いや、少女がひらりと飛び降りた。
エイトと呼ばれた男は振り返ると、少女に向かってにこりと笑う。
「ええ、ちょうど終わったところですよ。ユナさんのほうは、いかがでしたか?」
「ばっちり豊作! 木の実と……ほら! キノコもこんなに」
得意げに笑う少女――ユナが掲げた籠を覗き込んで、エイトはわずかに眉根を寄せる。
「これ……無毒なキノコなのですか?」
「大丈夫だよ! ぜんぶ鑑定済みだもん」
「ユナさんがそう言うのなら、問題ありませんね」
ホッとした様子のエイトの声に、大狼は不服そうに鼻を鳴らし、口を開く。
「エイトめ、わらわの鼻を疑うか?」
「疑ってはいませんよ、ノイン。ただ、貴方には食べられる物でも、お客様には有毒な場合がありますからね」
「その客の腹が軟弱なだけよ」
白い大狼――ノインは拗ねた様子で、ふんと顔をそむけてしまう。
「ほらほら、ふたりとも喧嘩しないの! ねえエイト、おなかすいたよ。雨も降りそうだし、今日はお客さん来るかもしれないよ。そろそろ戻らない?」
「ええ、確かに」
エイトは再び空を見上げ、小さく笑う。
「旅人には、雨宿りできる場所が必要ですから」
灰色の雲からは、ごろごろと低い音が響いていた。
薪を手早く片付けて、ふたりと一匹は歩き出す。
向かう先は、簡素な丸太作りの小屋である。
「あーもう、お腹ペコペコ! 今日のゴハンは何?」
「せっかく美味しそうなキノコがありますからね。『鬼ウサギとキノコのクリームシチュー』はどうですか?」
「うむ、わらわには肉多めで頼むぞ、エイト」
そんな言葉を交わしながら、一行は丸木小屋の扉をくぐる。
カラン、とドアベルが陽気な音を立てた。
――ぽつ、ぽつ、と。
空から雫が落ちてきた。
ほどなく勢いを増す雨の中、軒下で小さく看板が揺れる。
そこに描かれているのは、一羽の渡り鳥。
そして、異国の文字が彫られている。
この世界の誰も、その名を読むことはできない。
だから旅人は皆、この小屋のことをこう呼ぶのだ。
「旅の宿 燕屋」と。




