第十三話 フィオナの帰る場所
町へと引き返した一行が向かったのは、市場から少し離れた閑静な住宅地であった。
夕暮時を迎えた町の喧騒も今は遠く、庭園に置かれた噴水の水音が、あたりに涼し気に響いている。
「さあ、こちらですわ」
そこは、濃茶の木材に石材の白が良く映える、落ち着きのある邸宅であった。
フィオナが庭へと続く鉄の門扉をひらく。
ちょうどその時であった。
「フィオナ!」
喜びに上ずった声が、勢いよく響いた。
「お父様、お母様。ただいま戻りました」
フィオナは小さく微笑むと、しゃなりと礼をする。
「フィオナ、よく……よく無事で戻ってきてくれたね……!」
父親はまっすぐフィオナに駆け寄ると、娘の手を握ったまま泣き出してしまった。
そんな夫の背をポンポンと叩きながら、母親は苦笑いを浮かべている
「あなた、しっかりしなさいな。仲間のが困っていらっしゃるわよ――あらあら、皆さまも泣いていらっしゃるの?」
「うう、だってさぁ……良かったねぇ、お父さん」
「全くです……何と美しい再会でしょうか」
「グスッ……フィオナよ、この機会にしっかり親孝行するんじゃぞ」
涙ぐんでいるユナたちを前に、フィオナは母親と顔を見合わせると、よく似た顔で笑った。
「ほらほら、お話の続きは、お食事をしながらにしましょう。皆さま、屋敷の中へどうぞ」
***
食卓にずらりと並んで出迎えたのは、あまりにも色鮮やかな野菜料理の数々であった。
ズッキーニとパプリカ、ナッツの炒め物、ほっこりホクホクのマッシュポテト、ブロッコリーと白身魚のとろーりチーズがけ、真っ赤でツヤツヤなトマトのゼリー……
「ううむ、これは旨そうじゃ」
ノインの口から、うっかりこぼれた感嘆の声――皆の視線が集まる。
「……わん」
ごまかすように尻尾を振って見せるノインの前で、ユナは顔を真っ青にし、エイトはやれやれと頭を抱えるのであった。
「まあ、気に入ってもらえて嬉しいわ。素敵な狼さん」
苦い顔をしている燕屋の面々をよそに、フィオナの両親は特に疑問を抱くでもなく、にこにこと笑っている。
「何と賢い狼だろうか。あなた、名は何と?」
「ノインである!」
「ノインさんか、今日はぜひ沢山食べて、ゆっくりしていってください」
「うむ、恩に着るぞ」
「……フィオナ、お父さんとお母さん、大らかなんだね……」
「……まあ、昔から能天気ではありますわ……」
「……ひとまず、騒ぎにならずに済んでよかったですが……」
コソコソと囁き合う三人をよそに、ノインは早速、野菜料理に舌鼓を打つのであった。
***
久々の家族団らん。
見事な料理にお腹も満たされ、夕食の時間は冒険譚に花が咲く。
「本当に驚いたわ。ゴブリンの群れだけでなく、恐ろしい炎蜥蜴を二頭も……自分の娘がそんなことを成し遂げたなんて、今でも信じられない。領主様も驚かれるでしょうね」
「引っ込み思案でおとなしかったカイル様が……ううっ、ご立派になられたものだ」
父親はまた涙ぐんでいる。
「フィオナもすごかったんだから! 口調もいつもと別人みたいに……」
「あーっ、そうだぁ!」
ユナの言葉を遮るように、フィオナがガタンと椅子を鳴らして立ち上がる。
「えっと、えっとですね。ユナさんはすごいんですよ! なんと一級鑑定士の資格をお持ちなのですわ!」
「……そ、そうそう! すごいでしょー」
自体を察したユナがえへへと笑って見せると、両親は「まあ、すごいわ!」と素直に驚いている。
どうやら、フィオナの「口調」のことは聞き流してくれたらしい。
「……真実がバレる日が来ないといいがの」
「ノイン、余計なことは言わないのですよ」
エイトがじろりと睨むと、ノインは無言で耳をぱたぱたと動かした。
「そうだ! フィオナ、あの箱をユナさんに見てもらったらどうだい?」
「あの箱?」
ユナが尋ねると、父親がこくりと頷いた。
「あの箱は、フィオナの姉――エリカの訃報と共に送られてきたものでね」
賑やかだった食卓が、しん、と静まり返る。
「あなた、それは――」
「……いいえ、私も賛成ですわ」
ためらった様子の母を制して、フィオナがきっぱりと言った。
「ユナさんは、私の髪飾りを『姉からの贈り物』と言い当てたお方です。どうか、鑑定をお願いいたしますわ」
フィオナが、ユナの紫色の瞳をじっと見つめる。
その信頼と覚悟を受けて、ユナはゆっくりと頷いた。




